# 36. デイジー
僕たちは王都にたどり着いた。以前と違うのは僕の首にドラゴンの首輪がついていないことと、それから、リンダたちがいること。準備が整っていること。
ドロシーが言った。
「言った通り、ここから二手に別れるわ。オリビアを回収するグループと、デイジーに会いに行くグループにね。テリー、発信機をマーガレットに渡して」
テリーは背負っていた大きなバッグをおろすと、発信機を取り出した。マーガレットが受け取って自分のバッグに入れる。
「オリビアを回収したら、発信機をたどって合流するわ」ドロシーはそう言うと、アンジェラたちを見た。
「アンジェラは私たちをアンヌヴンに案内して。で、レンドールはどうする?」
そう言われて、レンドールは僕たちの方を見た。
「アムレンとやらに会いにいきましょう。ティンバーグを襲ったのか、はっきりさせないと気がすみません」
ドロシーは小さく頷いた。
僕はドロシーに言った。
「発信機の反応が消えたら、逃げて欲しい」
ドロシーは息を吐いて言った。
「ええ。そうならないことを祈るわ」
◇
王都の門をくぐると僕たちは二手に分かれた。リンダとテリーが冒険者特有のサインを僕たちに送った。片手を自分の額に当てて言う。
「幸運を」
僕とマーガレットは頷いた。
レンドールを連れて、僕たちは広場に向かう。人の間を潜り抜けて進んでいく。多くの人にぶつかるが、僕はよろけることはない。
しばらく歩いていると広場に出た。そこでようやく人の密集地帯を抜けられた。
ここに、デイジーがいるはずだ。
僕は歩きながらあたりを見回した。
人の間にふっと頭が見えた。小さな体。長い髪はまとめられていない。
彼女はあたりをきょろきょろと見回している。
「見つけました」僕は言って、デイジーのそばに近づいた。
デイジーは僕を見上げて、首を傾げた。
「なあに?」
僕はポケットから赤と白のリボンを取り出した。デイジーは大きな目をさらに大きくした。
「アムレンのところに連れて行ってほしいんだ、デイジー。このリボンは返してあげる。〔魔術王の左脚〕について話したいことがあるんだ」
デイジーは話が終わる前に僕の手からリボンをひったくった。
彼女はすぐに髪を結んで、リボンを整えて、僕たちを見た。
「あなたたちが盗んだの?」デイジーは心なしか僕たちを睨んでいるように見えた。
マーガレットが彼女の前にしゃがみ込んだ。デイジーは少し驚いたようにマーガレットを見た。
「私たちじゃない。ただ、誰が盗んだか知ってるんだ。盗んだ奴もつれていくよ。詳しくお話したいだけなんだ。連れてってほしい」
デイジーは唇を尖らせて少し考えていたが、こっくりと頷いて、マーガレットの手を取った。
「ついてきて」
デイジーはそう言って歩き出した。
王都を歩いていると、突然、レンドールがデイジーに尋ねた。
「あなたたちがティンバーグから、〔魔術王の左脚〕を奪ったのですか?」
僕は驚いてレンドールを見た。この場所で戦闘を起こしたくなかった。広場よりも人が密集したこの場所で戦闘を起こせばけが人が出るのは目に見えていた。
僕が会話を遮る前に、デイジーが答えた。
「ううん。違うよ」
僕ははっとデイジーをみた。前と答えが違う?
「ちょっと待って。デイジー。君たちは〔魔術王の左脚〕を奪っていないのか?」
デイジーはまた首を振った。
「ううん。奪ったよ」
僕とレンドールは顔を見合わせた。レンドールはデイジーに尋ねた。
「どっちですか?」
「こっちー」
デイジーはマーガレットの手を引いて、路地裏のほうへと向かった。
どうも何かがおかしいように思えた。
レンドールはしばらく眉間にしわを寄せて、デイジーの後を追っていたがふいに「あ」と声を出して、尋ねた。
「デイジー、質問です」
デイジーが振り返って言った。
「なにー?」
「あなたたちはティンバーグから、〔魔術王の左脚〕を奪いましたか?」
「ううん」デイジーは首を横に振った。
「では、何者かから〔魔術王の左脚〕を奪いましたか?」
「うん!」デイジーは首を縦に振った。
レンドールは「そういうことですか」とつぶやいて首を縦に振って僕たちに言った。
「アムレンとデイジーはティンバーグから〔魔術王の左脚〕を奪っていません。奪ったのは魔術師の誰かです。デイジーたちはその魔術師から、〔魔術王の左脚〕を奪ったのですね」
「そうだよ!」デイジーはニコニコして言った。
僕は第一ループのアンジェラとデイジーの会話を思いだした。
――このリボンと一緒に盗んだでしょ? 〔魔術王の左脚〕はどこ?
――わ……私は……知りません。あれはティンバーグから魔術師たちが奪ったじゃないですか?
――そうよ。私が持ってたのに盗んだでしょ? 返して。
そしてレンドールとデイジーの会話も。
――〔魔術王の左脚〕を奪ったのはあなたで間違いありませんか?
――うん。ご主人様と一緒に奪った。
全部言葉の行き違いから起こっている。デイジーの言葉は嘘ではない。が言葉が足りない。
僕はああ、とため息をついて、考えをまとめた。
ドロシーはここが引っかかると言っていた。それが今外れた。
アムレンは、限りなく白い。
あとはロッドとの協力関係を説明できればいい。