# 33. 白と黒2
「アムレンは魔術師じゃないの? 『記憶改竄』スキルを持っているし〔魔術王の左脚〕を装着していた」
僕が言うと、ドロシーは思案顔をしてから言った。
「まずね、『記憶改竄』スキルを持っているならば魔術師だ、とは言えないのよ。だって、スティーヴンだって持ってるじゃない? 同じようにアムレンが何らかの方法で『記憶改竄』を得た可能性がある。もしくは〔魔術王〕の血を色濃く受け継いでいて『記憶改竄』を得た、とかね。たぶん後者じゃないかしら」
失念していた。マーガレットだけではない。アムレンも〔魔術王〕の血族なのだった。
僕が頷いていると、ドロシーはつづけた。
「それに、〔魔術王の左脚〕を装着していたのは、本当にアムレンなのかしら?」
僕は眉間にしわを寄せた。
「だって、顔を見たんだ。あれはアムレンだ」
ドロシーは首を横に振る。
「ロッドだって同じ顔でしょ?」
僕は「うっ」と口ごもってから言った。
「ロッドは目の周りに火傷の跡があったはずだ。見ればわかる……」
ドロシーは苦笑した。
「スティーヴン、忘れたの? あなたらしくない。エヴァは、首を斬られたとき、〔魔術王の右腕〕で傷を治していたんでしょ? 傷跡ひとつ残さずに」
「あ」僕は小さく頷いた。「確かにそうだ」
「〔魔術王〕の一部がどんな能力を持っているのかはわからない。エヴァのときは《アンチマジック》が効いて、今回は効かなかったのは選ばれしものがつけたからかもしれないし。ただ、回復系の魔法が使えるのは確かで、傷跡を残さないのも確かよ」
ロッドの可能性がある。彼が装着し、目と、両手の傷を治した。
でも……、
「可能性があるというだけで、どちらかは分からない」僕は言った。
ドロシーは羊皮紙を入れ替えた。
「私は、ロッドだと思うのよ」
「どうして?」僕が尋ねるとドロシーはマーガレットを見た。
「それにはマーガレットが関係してくる」今まで話を聞いていただけだったマーガレットは突然話に入れられて驚いていた。
「私が?」
ドロシーは頷いた。
「スティーヴン。〔魔術王の左脚〕を装着した男が現れたときのことを思いだしてほしい。第一ループではマーガレットはどうなってた? 第二ループでは?」
僕は考えて言った。
「第一ループでは、マーガレットの信号が消えた。第二ループでは……あの男に殺されそうになった。それを僕が止めようとしたんだ。あの男はマーガレットに怒りの表情を向けていた」
ドロシーは頷く。
「ええ、そう。おそらく第一ループでもマーガレットは死んでいる。第二ループではあの男に殺されそうになっている。……これ、おかしいのよ」
マーガレットが眉間に皺を寄せて言った。
「なぜだ? アムレンは私の家族を殺した。私も同様に殺そうとしてもおかしくない」
ドロシーは首を横に振るとマーガレットに微笑みかけた。
「だって、アムレンは、あなたのことを愛しているから。溺愛と言ってもいいかもしれない」
マーガレットは面食らったように口を開けて、固まった。
「どうしてわかるの?」僕が尋ねると、ドロシーは笑みを浮かべたまま言った。
「だって、〈記録〉でもマーガレットを大切にしているように見えたし、それに、デイジーを見ればわかるでしょ?」
「デイジー?」僕は首を傾げた。「なんでデイジー?」
「デイジーは花の名前よ。マーガレットといっしょ。そして似た花でもある。それに、初めは黒かったデイジーの髪を、ロッドに空色に変えてくれって言ったんでしょ?」
それは昨日の夜ドロシーに詳しく話してくれと言われた部分だった。僕はどうしてそんなことを聞きたがるのかわからなかったが今ようやくわかった。
僕は頷いた。
「思うに、アムレンはデイジーをマーガレットの妹、もしくは代わりとしてそばに置くことに決めたんじゃないかしら。初めはどうだったかわからないけど、でも、マーガレットの家族を殺して、マーガレットを安全な場所にうつし、もう二度と会えないとわかったときそうしようと決めたのだと思う。少なくとも、愛してなければそんな名前つけないし、空色にしてくれなんて言わない。これは確かよ」
「そうかもしれない」僕はつぶやいて、マーガレットを見た。彼女は複雑そうな表情をしていた。
「私は……わからない」彼女はそう言ってうつむいた。
ドロシーは羊皮紙に目を落とした。
「アムレンはマーガレットを愛していて、今もデイジーをそばに置いていることから、現在も愛していると考えていい。そうすると、〔魔術王の左脚〕を装着したのはロッドということになる。アムレンなら、マーガレットを見た瞬間に怒りをもって殺すなんてことはしないから」
僕は頷いた。
ドロシーは言った。
「これをもって、ロッドは完全に黒よ。魔術師陣営という言葉を使ったのはこういうこと。ロッドは『記憶改竄』を持っていないけれど、魔術師に加担している人間だから」