# 31. 信頼
ドロシーは食事を持ってきて僕の前に置くと、向かいの席に座った。僕はドロシーをじっと見た。
失敗したあのループを思いだしていた。僕の悪夢。エヴァによって街を破壊されたあのループだ。ドロシーは死にに行く僕に縋りついて、泣いて、キスをした。
今でも彼女の泣く声が耳に残っている。
「なに? 恥ずかしいじゃない」ドロシーは小さく笑って、少し顔を赤くしたが、目はそらさなかった。
僕は恐れている。彼女を巻き込むことを、街を巻き込むことを恐れている。
だからそれを伝える。
もう一人で勝手に抱え込んで、勝手に終わらせないように。
僕は言った。
「ドロシー、聞いてほしいことがあるんだ」
僕はドロシーにすべてを話した。
王都で死んだことも、〔魔術王の左脚〕についても、どうなるかも、すべてを話した。
そして言った。
「僕は怖かったんだ。またドロシーたちを巻き込むのが怖かった。できることなら僕だけで始末してしまいたかった」
僕はため息をついた。ドロシーは小さく頷いていた。
「そうでしょうね。あなた、ここのところずっと思い詰めているように見えたから。どうしてなのかはわからなかったけど」
ドロシーは僕の手を取って、親指でさすった。
「無理しないで。あなたがいればそれでいいのよ。だからなんでも話してほしい。いくらでもあなたの力になるから。迷惑だなんて思わないから」
僕は頷いた。
「ありがとう。ドロシー」
彼女は微笑んだ。
ドロシーは僕にいくつかの質問をして、それを羊皮紙に書き留めた。彼女はあらかた聞き終えると言った。
「今すぐには答えられないわ。情報も多いし、前と同じように、かなり入り組んでいるから。明日、また来てほしい。それまでに考えを整理しておくわ」
僕はドロシーに礼を言って、教会を出ようとした。
ドロシーは僕の服を引っ張った。
「なに?」僕は振り返って言った。
「マーガレットも明日一緒に連れてきてほしい。これは彼女に深く関わっていることだから。話しておいた方がいいと思うし、それに、きっとこの先、助けになってくれる」
僕は少しためらった。僕の言葉にマーガレットはショックを受ける。それは第二ループで彼女が僕に語ったことから明らかだ。
うまく伝えられるだろうか。
「頑張って」ドロシーが僕の手を握った。
僕は頷いた。
◇
翌日。僕はマーガレットに声をかけた。彼女はギルドの隅の方で、腕を組んで天井を見上げていた。僕が近づくと、彼女は笑みを浮かべた。
「やあ、スティーヴン」
僕は彼女の向かいに座った。マーガレットは首を傾げた。
「どうしたんだ? そんな神妙な顔をして」彼女は笑みを浮かべたままそう言った。
「マーガレットさん。話があるんです。重要な話です」
彼女は一瞬目を細めて、それから言った。
「未来から、戻ってきたのか?」
彼女にしては勘がよかった。僕は頷いた。
「ここで話すのは少し……。外に出ませんか?」
彼女は頷いた。
僕はグレッグに許可を取って、マーガレットと共にギルドの外に出た。
歩きながら、僕はいつ言おうか考えていた。状況的には第二ループで、マーガレットが僕に話してくれたあの場面と全く逆の立場になっていた。彼女もこんなふうに不安だったのだろうか。
と、歩きながらマーガレットが口をひらいた。
「どんな未来が待っているか、私にはわからない。ただ、今の私の状況を話しておこうと思う」
彼女はそう前置きして言った。
「私はブラムウェルに会いに行こうか考えていたんだ。奴に聞きたいことがあったんだよ。……ファミリーネームについてだ」
僕たちは街の外に出ていた。空気が乾燥し始めていた。マーガレットは続けた。
「スティーヴン、君に記憶を整理してもらってから、私は思いだしたことがあるんだ。私にとって、それは衝撃的な事件だった。君が話そうとしているのは、それに関係があるのか?」
僕は頷いた。
「マーガレットさん。記憶っていうのは、お母様とおじい様を亡くされた事件のことですよね?」
「ああ、そうだ」彼女は小さく頷いた。「アムレンという男に殺された。彼について、何かしっているのか?」
僕は大きく息を吸って、吐き出した。
言わなければならない。
「他に思いだした記憶があるはずです。それが深く関わっています。おじいさまや、お母様に、どのように育てられたか、憶えていますか?」
マーガレットは首を傾げた。
「どんなふうに育てられたか? どんなふうに……」
マーガレットは思案した。
「私は城で育った。多分貴族か何かだったのだと思う。私は女だが昔から剣術をならっていた。……いつも繰り返し何か言われていた。そうだ、私は立派な……」
徐々に彼女の目が見開かれる。僕はマーガレットの言葉を継いだ。
「立派な魔術師になるように言われていた?」
マーガレットは頭を抱えた。
「ああ、そうだ。……私は……」
彼女は視線を彷徨わせて、あちこちを見て、そして、最後に僕を見た。その目はまるで救いを求めているように見えた。
「この記憶は本物なのか? スティーヴン、私は、魔術師なのか?」
マーガレットは僕の肩をつかんだ。僕は彼女の腕に触れて言った。
「落ち着いて聞いてください。マーガレットさん」
彼女は目に涙をためていた。
僕は、言った。
「ワーズワースは、〔魔術王〕の血族です」
マーガレットはひゅっと息を吸い込んだ。
「そんな……冗談、だよな?」
僕は小さく首を横に振った。
彼女は僕から手を離し、そして顔を覆った。
「私は……、私は……」彼女は小さくつぶやいて、顔から手を離した。彼女は涙を流していた。顔は赤かった。
マーガレットは言った。
「私は、独りだ」
僕は、マーガレットの手を取った。彼女の手を強く握りしめた。
「いいえ。そうじゃない。独りではありません」
マーガレットは首を横に振った。
「私は君の敵だ、スティーヴン! 一緒にいることはできない!!」
僕はマーガレットの手をつかんだまま言った。
「いいですか。僕はマーガレットさんが〔魔術王〕の血族であろうと、あなたを否定したりしません。僕はあなたを知っている。あなたという人間を信じているんです。それはきっと、ギルドの人たちも街の人たちも同じです」
マーガレットは涙を流した。彼女はうつむいた。
彼女は多分誰かを頼ることができない。
それはダンジョンでの戦い方を見ても、第二ループでの街の外に出て行くという決断を見ても明らかだ。彼女は僕に似ている。自分勝手にすべてを理解した気になって、自分勝手に推し進めてしまう。
僕は小さく息を吐いてから、マーガレットを抱きしめた。彼女はびくっと驚いて身を固めた。
「僕はあなたの味方です。例え、〔魔術王〕の血族であろうとそれは変わりません。僕のことを頼ってください。みんなのことを頼ってください。力になります」
マーガレットは嗚咽を漏らして、僕を抱き返し、言った。
「ありがとう、スティーヴン」