# 28. xǝldɯoɔ
はっと目をひらくと、僕はまた、俺の中にいる。
アムレンがとなりを歩いている。
「コンプレックスの強い弟なんだ」
アムレンは街を歩きながら言った。
――これは前と同じ場面だ。
僕はそう思った。
俺たちはオートマタの修理を待つ傍ら、街の観光をしていた。アムレンの弟は外に出るのを嫌がった。それを受けてのアムレンの発言だった。彼はつづけた。
「オートマタの修理ができるんだから、優秀なんだけどな。それでいいと思っていない。それに多分顔の怪我のせいもあると思うんだ」
ステラは尋ねた。
「顔の怪我、ですか?」アムレンは頷いた。
「昔、親父との訓練中に事故で顔に怪我をしたんだよ。炎系の魔法をもろに喰らってね。回復系のスクロールなんてほとんどなかったからそのままなんだ。あれを治すには、《エリクサー》くらい強力な魔法じゃないとダメだと思う」
「そうか」俺は続けた。「さすがに《エリクサー》は俺の〈記録〉にないな」
「《エリクサー》ほどじゃなくてもいいんだ。あいつの顔の傷が少しでも良くなるような、そんな薬を手に入れたくてね」アムレンはそうつぶやいて微笑んだ。「ようやく手に入れたよ」
彼はバッグからガラスの入れ物を取り出した。それは緑色の液体で、ドロッとしていた。おそらく皮膚に塗布して使うのだろう。
「薬屋のばあさん、腕は確かだっていうから、多分、大丈夫だろう」
アムレンは薬をバッグにしまうと言った。
「どうして昨日渡さなかったんですか?」ステラが尋ねた。アムレンは苦笑いして言った。
「あー、修理の代金として渡したほうがいいと思ったんだ」
彼は歯切れ悪くそう言った。ステラはにこりと微笑んで言った。
「照れくさいんですね?」
アムレンは「うっ」と呻いた。
「プレゼントですもんね。照れくさいですよね」ステラは彼を揶揄った。
「うるせえ」アムレンは顔を赤くしてそう言った。
◇
その夜、工房に戻ると、アムレンの弟が椅子に座って待っていた。彼は相変わらず、ゴーグルのついた仮面をつけていた。彼の前にある大きな作業台の上にはオートマタが乗っていた。
腕も脚もしっかりと付いた、綺麗なオートマタだった。髪はなくつるんとした頭の下には幼い顔が目を閉じていた。
「おかえり、なんとかなったよ」
アムレンの弟はそう言った。彼はオートマタの体に手を置いて、少し長めの詠唱をした。
オートマタが目をひらいた。
口をパクパクと動かしているが、声が聞こえない。
「ああごめん。君にはまだ声を出す部品をつけていないんだ」
アムレンの弟の言葉にオートマタは目をパチクリさせて、そして頷いた。
彼はオートマタの起動を停止すると、アムレンに言った。
「ちゃんと動くようになるまでにはもう少し時間が欲しい」
アムレンは小さく頷いた。
「そうか、わかった」
そのとき、ステラがアムレンの背をつついた。
「ほら、あれを渡さないと」ステラは意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。
アムレンは固まった。しばらくそうしていたが、意を決したのか、彼はバッグから薬を取り出して、弟に手渡した。
「何これ?」弟は尋ねた。
「薬だ。皮膚を治してくれる。その火傷痕だと外に出るとき不便だろ?」
アムレンは照れくさそうに視線をそらして言った。
「ありがとう。使ってみるよ」彼の弟はそう言って、僕らに顔を見せないように向こうを向いて、仮面を外し、薬を顔に塗布した。
「ん?」薬を塗った彼は不思議そうに首をかしげて、頬を触っていた。彼はあたりを見回して、金属片を見つけると、それに自分の顔を映した。彼の呼吸はふるえていた。
「すごい、すごいよ兄さん」
アムレンは笑みを浮かべてステラを見て、それから弟に近づいた。
「どうなった?」
彼の弟は金属片を落とすと、アムレンを制した。
「あ、目の周りだけおかしいままだから見ないで!」アムレンの陰になって俺からは彼の顔が見えない。
弟の顔を見て、アムレンは驚きの声を上げた。
「目以外は元通りじゃないか! それに目だって、少し痕が残ってるだけだ」
俺は少し移動して、アムレンの弟の顔を見た。
俺の中で、僕は、絶句した。
アムレンの弟は、アムレンそっくりだった。
そっくりなんてものではない、全く同じ造形の顔が二つ並んでいる。
ステラが驚いて言った。
「双子だったんですか!?」
アムレンが涙ぐんだまま言った。
「ああ、そうだ。俺たちは双子だよ。言ってなかったか?」
ステラも俺も首を振った。
アムレンは小さく息を吐いて、「良かった」とつぶやいた。
アムレンの弟は髪を縛っていた布をほどいた。長い黒髪が絹のように光ってゆれた。
「目の周りが気になるから布を巻いておくよ」
彼はそう言って、目の周りに布を巻いた。
僕は戦慄した。
アムレンの弟は両手を広げた。
「ありがとう、兄さん」
その右手には「XI」の焼き印がされていた。今見て気づいた。それは焼き印ではなく、工房で金属を加工する時につけた深い火傷の痕だった。目の周りと同じく、薬で治らなかったのだろう。
彼の左手に「I」に見える火傷の痕が同様にあるのに気付いた。
アムレンは弟と抱擁を交わした。
「治ってよかったよ、ロッド」
アンジェラの上司、守護者であるロッドは、アムレンの双子の弟だった。