# 26. ほころび
ソムニウムに戻った翌日。僕は教会に来ていた。
ドロシーにあることを聞きたかったからだ。彼女は昼にも関わらず僕を迎えてくれた。子どもたちはドロシーと遊びたがっていたが、彼女は他のシスターにお願いをして、僕をいつものように屋根裏に連れて行った。僕は椅子に座り、彼女に言った。
「王都で《テレポート》ができる魔術師に会ったんだ」
ドロシーは僕の前に座ると、コツコツと机を叩いてから言った。
「それは王都で死ぬ前? それとも死んだ後?」
僕ははっとしてドロシーを見た。彼女は僕の反応を見て、ため息をついた。
「ねえ、なんで言わないの? どうして私たちに相談してくれないの?」
「別に黙ってるつもりじゃなかったよ」
「嘘ばっかり」ドロシーは僕をじっと見た。彼女は椅子を僕に近づけると僕の手を取った。
「相談してくれれば力になってあげられる。でも何も言われなきゃ、何もできないのよ?」
僕はドロシーから視線をそらした。
そんなことはわかっていた。
そして、何もしてくれなくてよかった。
僕はただ、ドロシーに、そしてリンダに、街の人たちに安心してほしいだけだった。
ドロシーは僕の手を強く握った。
「私たちのことが信じられないの? 信用できないの?」彼女の声はふるえていた。
「違う!!」僕は強く否定した。
そうじゃないんだ。そうじゃなくて……。
僕はうまくすべてを説明できなかった。どう話しても、どの道を通っても、必ず、彼女たちを不安にさせる種が植わっていて、それが芽吹く可能性があった。
僕は黙り込んだ。
ドロシーは僕が話し出すのを待っていたが、しびれを切らしたのか、首を振って、僕から手を放した。
彼女は言った。
「王都で《テレポート》は使えないわ。それは魔術師でも、王都の一級の魔法使いでも不可能よ」
「どうしてそこまで言えるの?」
ドロシーは少し考えてから言った。
「なんて言ったらいいんだろう。《テレポート》ってのは橋を渡るような魔法なのよ。A地点からB地点までかかる橋があって、そこを通ることで一瞬で移動できる。それが《テレポート》」彼女は手で放物線を描いた。
「で、王都の周辺ではその橋が壁で塞がれていて、通れなくなってるの。壁は遥か高く、ドーム型に王都を覆っていて、橋を渡って中に入ることを妨げている。で、王都の中には橋が存在しないって感じかな」
ドロシーは小さく頷いて「この説明であってるわね」とつぶやいた。
「新しく橋を作ることはできないの?」僕は尋ねた。
「その技術は失われたわ。よくよく見るといろんな技術が失われているのよ。ドラゴンの時代があって、〔魔術王〕の時代があって、オートマタの時代があって、そのたびに多くの人が死んで、種族が絶滅して、技術が滅んできたのよね。アンヌヴンではかなり発達した技術がたくさんあるけど、多分その多くは未解明のまま使われていると思うわ」
ドロシーは首を横に振った。
「ああ、話がそれたわね。うん。だから結論から言うと、そうなのよ。王都で《テレポート》は使えない」
「じゃあ、どうやって……」
ドロシーは呆れたように言った。
「さあ、わからないわ。あなた、未来のことについて話してくれなそうだし。情報がすくなすぎるもの」
僕は「うっ」と口ごもってうなだれた。
◇
ギルドに戻るとマーガレットに呼び出された。彼女は王都から戻ってきた昨日よりずっと気分が沈んでいるように見えた。
「大丈夫ですか?」僕が声をかけると彼女は黙ってうなずいた。
「少し場所を移したい。いいか?」
僕は頷いた。
僕たちはギルドを出て、街の外にむかった。マーガレットはずっと黙っていた。下唇を噛んで、苦しそうに地面を見つめていた。
街の外に出てしばらく歩くと彼女は立ち止まった。そこは僕がレンドールとアンジェラの二人にドラゴンの首輪をつけられた場所だった。
「どうかしたんですか?」僕はマーガレットに尋ねた。彼女はしばらく黙っていたが、ふいに口をひらいた。
「私はこの街にいることができない。ここから出て行かなければならない」
「え?」
僕は混乱した。そして困惑した。彼女に出て行かれるのは困る。
僕が出て行くんだから。
守護者がこの街を守ってくれるとは言え、それだけでは心もとないのはわかっていた。現にティンバーグは守護者の守りがあっても、破壊されてしまった。
僕が出て行けるのは、マーガレットの存在があってこそだった。
「ちょっと待ってください! どうして!?」
「それは……」彼女は口ごもった。が、大きく深呼吸して、言った。
「私が〔魔術王〕の血族で、魔術師だからだ」
彼女が何を言っているのか理解できなかった。僕は言った。
「詳しく話してもらえますか?」
マーガレットは大きく息を吐いていった。
「初めは、君に記憶を整理してもらったときだった。私はある記憶を思いだした。それは私の家族が殺される記憶で、殺した人間はアムレンといった」
アムレンという名前に僕は反応したが、もしかしたら同名かもしれないと聞き流した。彼女はつづけた。
「私はその記憶が気になった。どうして私の家族が殺されなければならないのか。アムレンとは何ものなのか知りたかった。私はブラムウェルに会いに行き、彼から王都にいる女性に会えと言われた。私は躊躇した。王都に行くか迷った。そこで君が王都にさらわれた」
マーガレットは僕の目を見た。
「君を真剣に探すつもりだった。ただ、王都に向かう途中に夢を見たんだ。それは忘れていた記憶だった。私は、祖父や母親に、魔術師として立派になるように、と言われていた。私が私が信じられなくなった。私の記憶は本物ではないと思いたかった。ただ、それはありえないとわかっていた。君に記憶を整理してもらったのだから」
マーガレットは下唇を噛んでうつむいた。
「私は真実を知る必要があった。この夢がただの夢だと思いたかった。それまで君には会えないと思った。私は王都でブラムウェルに紹介された女性に会った。彼女から、アムレンは守護者だったと教えられた。そこで私の見た夢はますます真実味を帯びてきた」
マーガレットはうつろな目で笑った。
「その女性はアムレンのいる場所を知らなかった。だが私は運よく彼のいる場所を知る少女を見つけることができた。彼女に連れられて、私は王都でアムレンと会った。私は彼に尋ねた。どうして私の家族を殺したのか。それは私の家族が、私が、魔術師だからか、と。彼は言った。『ワーズワース家は、〔魔術王〕の血族だ』と。私が見た夢はもっとひどい形で真実になってしまった」
マーガレットは両手で顔を覆い、すすり泣いた。彼女はしばらくそうしていたが、涙をぬぐい、言った。
「すまない。……だから、私はこの街にいることができない。私は、……君たちの敵だ」
彼女は目を赤くして僕を見た。僕は混乱していた。尋ねなければならないことがあった。
「ひとつ確認していいですか?」
「なんだ?」マーガレットは怯えたように言った。
「その少女は、瑠璃色の髪で、赤白のリボンをつけていましたか?」
マーガレットは眉間にしわを寄せた。予想に反した質問だったからだろう。
「ああ、そうだ。デイジーという子だが、どうしてそれを?」
僕は髪をかき上げた。そしてそのままぐしゃぐしゃにした。
「え? ……え?」
どういうことだ?
彼女の言っているアムレンは僕の知っているアムレンと同一人物だ。
つまり、
「アムレンは、魔術師ですよね!?」僕はマーガレットに尋ねた。
「違う、守護者だ。誤解している」
マーガレットは言った。彼女は何を言っているんだといった顔をした。
何かがおかしい。
すべては順調にいっているように見えた。
だが、どこかにほころびがあるようにも見えた。
すべては些細なことだ。
アンジェラが僕を信用しないままアンヌヴンに下りたことも、
オリビアが僕をドロボーと呼んだことも、
そして、僕がリンダたちと合流したときにアムレンが現れなかったことも。
すべては些細なことだと思っていた。
……どうしてアムレンは現れなかった?
同じ時間に、同じ場所にいるはずだった。
現に、リンダも、ドロシーも、テリーも、オリビアも、同じ時間に現れた。
そこにアムレンは現れなかった。
何かがおかしい。
そのときだった。街の方から大きな音がした。見ると土煙が上がっている。
僕はマーガレットと視線を合わせた。
彼女の手を取って、僕は、街に転移した。