# 24. 金貨五〇枚
エレベーターでアンヌヴンに下る。二度目だがまだ慣れず、僕は扉に貼り付いている。
アンジェラはまだ、訝し気に僕を見ている。
彼女は言いにくそうに言った。
「あなたが〈記録と読み取り〉というスキルを持っていることは知っています。それに、過去に戻れることも知っています。でも、私は、同時にあなたが『記憶改竄』スキルを持っていることも知っています」
「協力してほしいと言ったのはあなたですよ」
僕は手すりをつかんでそう言った。関節が真っ白になるくらい強く握りしめていた。
「ええ、それは……そうです。でも……私はまだ、……ああ……あなたを信じ切れていない」
僕は思いだした。そうだ。本当であれば、ロッドに僕の記憶を見てもらって、その正当性を担保してもらう必要があったのだった。僕はその手順をすっ飛ばした。だから、アンジェラは僕を完全には信用しきれていない。
僕は首を振った。いまさらどうすることもできない。僕が〔魔術王の左脚〕を手に入れて、それをアンジェラに渡せばそれでいいはずだ。守護者が持っていれば安全だろう。
エレベーターはアンヌヴンの中に降りていく。
外の世界はもう暗く、夜のベールに包まれているのに、アンヌヴンでは煌々と疑似的な太陽が光っていて、ここが別の世界なのだと意識させられる。
エレベーターを降りると、ホーンド・ヘアの串焼き屋の露店を通り過ぎる。アンジェラはそちらをちらりと見て立ち止まったが、すぐに僕についてきた。
「あそこの店おいしいんですよ」アンジェラは言った。
「前回食べましたよ」僕はすたすたと目的の場所に歩いていく。アンジェラは不満そうに唇を尖らせている。
『ティモシー・ハウエルの車輪』にむかう必要もない。僕は八-三区画に直行し、『トッド・リックマンの盗品店』を探す。すぐにカラフルな蛍光石で彩られた店が見えてくる。
店主のトッドは変わらず、キセルをふかして、僕たちの方を睨んでいる。僕は物おじせず彼に尋ねた。
「オリビアはいますか?」
トッドは顔を背けて煙を吐くと、「中にいるよ」そう言った。
僕はアンジェラを振り返らずに店に入っていく。店の中は相変わらず煩雑にものが置かれている。僕は店の奥に進んだ。
オリビアはとんがり帽子をかぶって、壁に貼られた巨大な《マジックボックス》のスクロールに機械でパスワードを投影していた。
「これも違う。これも違う」オリビアはぶつぶつとつぶやいている。
僕は彼女に声をかけた。
「オリビアさん?」
「何?」彼女は作業を続けながら答えた。「今忙しいの」
「僕も急いでいるんです。あなたが持っているある商品が欲しい」
オリビアは機械を動かす手を止めて、僕を見た。
「何?」
「最近、真っ黒な鎧の左脚を手に入れましたよね? 仄かに光っている質のよさそうなものです」
オリビアは目を細めた。
「ええ、確かに仕入れたけど、どうしてそれを知っているの?」
僕はこの際、嘘を吐くことにした。
「僕の持ち物だからです。返してもらえませんか?」
そのとき、アンジェラが叫んだ。
「やっぱり、あなた!!」僕はアンジェラの口を塞いだ。今騒がれるのは面倒だった。
オリビアはアンジェラを見て、さらに僕を怪訝そうな顔で見て、それから言った。
「私が手に取った時点で私のもの。返さない。お金を出すっていうなら話は別だけど」
オリビアは意地悪そうに笑って言った。僕は尋ねた。
「いくらですか? 言い値で買いましょう」
オリビアは「ふうん」と言って腕を組むと僕の身なりを観察した。多分値踏みしているんだろう。
彼女は言った。
「金貨五〇枚」
アンジェラの口から手を離すと彼女はまた叫んだ。
「家が買えますよ!!」
ぼったくるのは知っていた。多分オリビアは僕の身なりを見て、払えないであろう金額を提示した。オリビアは鼻で笑って、作業に戻った。
僕は言った。
「金貨五〇枚ですね?」
オリビアは壁に貼られた巨大なスクロールを見ながら言う。
「払えるならね」
僕は《マジックボックス》を『空間転写』して、発動した。
僕は金貨五〇枚を取り出すと、オリビアの前にあるテーブルに積み上げた。
アンジェラは驚愕した。
オリビアも目をむいて、それから僕を見た。
「あんた、何者?」
僕の《マジックボックス》には大量の金貨と白金貨が入っていた。
なぜか。
まず前提として、僕は《マジックボックス》のスクロールを『グーニー』で盗み見た。すべてのスクロールはそうやって〈記録〉したものだ。
『グーニー』で〈記録〉した《マジックボックス》のスクロールには、実は、パスワードが書き込まれていた。これは『グーニー』のギルドマスター、アレックのものだった。彼はいちいちパスワードを書くのを面倒がって、初めからパスワードを書いていたようだ。
要するにあほであった。
僕はそれを知らずに、パスワードごと、スクロールを〈記録〉した。
つまり、僕の《マジックボックス》には初めからアレックのものが大量に入っていたことになる。
それに気づいた後、僕はドロシーに新しく《マジックボックス》のスクロールを書いてもらい、自分でパスワードを記入して(僕は文字をかけないので、文字票をドロシーに作ってもらいそこからランダムに数百の文字を選んで書き込んだ)、新しい《マジックボックス》を作った。
アレックの《マジックボックス》から今までの給与分と迷惑料としてかなりの額を移したのは秘密だ。
僕はそこから金貨五〇枚を引き出した。自分の命がかかっていると考えれば安いものだった。
「これでいいでしょう。早く渡してください」
オリビアは悔しがって小声で毒づいていた。
「何こいつのパスワード!! 長すぎて暗記できなかった!!」
そこで僕は思いだした。そう言えばオリビアは人が《マジックボックス》を発動した瞬間を見ればパスワードを読み取れるのだった。
――【墓荒らし】!? 聞き捨てならない! 私は【トレジャー・ハンター】! それも一流のね! 総当たりでパスワードを探し出すだけじゃない。《マジックボックス》が発動された瞬間を見れば、術式からその人のパスワードを盗みとれるんだから! 訂正して!
こんなことを言っていた。
オリビアはさらに小声で言った。
「こんなポンと出すなんて!! もっと高くすれば良かった!!」
僕は彼女を白い目で見た。盗人たけだけしいとはまさにこのことだった。そもそもお前のものではないのだ。金を払うだけましだと思え。
……僕のものでもないけど。
「早く出してください」
オリビアは僕を悔しそうに睨んでいた。
そこにトッドが現れた。
「商売人なら筋を通せ」
あまりに突然現れたので僕はびくっとして振り返った。アンジェラは悲鳴を上げていた。
トッドはそれだけ言うと、定位置である店の前の椅子に座って、キセルをふかした。
オリビアはテーブルを叩いた。
「ああ! もう! わかった!!」
彼女は羊皮紙を一枚取り出して、《マジックボックス》を『転写』すると僕たちに見えないようにパスワードを書き込んで、発動した。
オリビアは〔魔術王の左脚〕を取り出した。それは本物に間違いないように見えた。エヴァが持っていた〔魔術王の右腕〕にひどくよく似ていた。
僕はそれを受け取ると、《マジックボックス》から大きな布を取り出して巻き、外から見えないようにした。
「ありがとうございます」僕はそう言って、布の塊を脇に抱えて、アンジェラとともに店を出た。
「もってけドロボー!!」盗品店から、らしからぬ叫びが聞こえた。
「迷惑かけるのはお互い様、でしょ」
僕は呟いた。