# 22. spooʍ
何が起きているのか理解できなかった。僕は別の誰かの体の中で意識だけ存在していた。僕は生きているのだろうか。ここはまだあの選択の場なのではないかと思った。これはただのイメージで、すべて終われば選択の場に戻れるのではないかと思った。
しかし、もどったところで何ができるわけでもないのは分かっていた。
状況を整理したかった。
髭の生えた僕は水を汲むと《マジックボックス》に革袋をしまった。湖の向こうには女性がいた。彼女の体は透き通って見えた。僕は立ち上がると、彼女に頭を下げた。女性は小さく頷き返した。僕は来た道を戻りパーティとみられる人びとと合流した。女性と男性が一人ずつ。男は向こうを見ていて顔が見えない。
女性の一人は長い杖を持っていて、先には丸い魔石のようなものがついていた。街にいるときのドロシーのような恰好をしている。ローブ姿で、いろいろな薬草が入っていそうなカバンを持っている。大きな眼鏡をかけている。彼女が言った。
「湖の水は手に入りましたか?」
「ああ。後は戻るだけだ」
僕は頷いてそう言った。
「じゃあ村に戻ろう」
男が振り返って言った。彼の顔を見て、僕は唖然とした。
その男はまぎれもない、オリビアを連れ去ったあの男だった。短く刈り上げた黒髪、紫色の目。真っ白なプレートアーマーを着ていた。かなり若く見えた。これが過去の出来事だからだろう。
これは彼の記憶か?
〔魔術王の左腕〕の力を受けることで僕に彼の記憶が流れ込んできたのか?
わからない。わからない。
僕は今魔術師の一人になって、彼の行動を見ているのかもしれない。
僕の思考が渦を巻き、混濁していこうとも、状況は進む。僕たちは共に歩き出した。
「クエストが終わったら、俺はすぐに村を出て家に戻る」プレートアーマーの男は言った。
「娘さんはかわいいですか?」ローブ姿の女性が言った。彼女はにっこりと微笑んでいた。
「ああ」男は照れくさそうにそう言った。
「お前らしくないな、アムレン」僕がそう言って笑った。
オリビアを連れ去った男はアムレンというのか。僕は彼の名前を憶えておこうと思った。
「お前も時期にそうなる」アムレンは僕に言った。
「俺が? 信じられないな」俺はそう言った。
森の中を進む。どうして《テレポート》を使わないのだろうと思ったが、もしかしたら、王都と同じように、《テレポート》を使えない場所なのかもしれないかった。
突然、悲鳴が聞こえた。
「俺が、先に」アムレンはそう言って、消えるような速度で駆け出して、悲鳴の方へと向かった。
俺たちも彼に続いた。
「迷いの森に、その名の通り迷い込んだのか?」俺は呟いた。
「そうかもしれません。でも村の人は近づかないはずですが……」
女性はそう言って思案顔をした。
俺たちはアムレンに追いついた。悲鳴の主は白猫の獣人で、まだ幼かった。彼女は恐怖からか頭を抱えるようにしてうずくまっていた。母親と見られる女性は怪我をして倒れていた。アムレンはすでに魔物と戦闘を行っていた。といっても、その魔物は危険ではあるがそれほど厄介な相手ではない。アムレンは剣をふって、魔物の首を切り落とした。
俺は母親の治療をした。スクロールを『空間転写』して、発動する。母親の傷が癒えていく。わずかに傷跡が残っていた。
「ありがとうございます」母親はほっとした顔をしていった。
「ううう、こわかったああ」少女は母親に抱き着いた。母親は彼女の頭をなでた。
そのとき、突然、茂みの中から蛇の魔物が現れて、首をもたげた。奴は牙をむいて、少女を睨んだ。
少女がまた悲鳴を上げる。俺は彼女に背を向けて、魔物と相対する。
スクロールを『空間転写』する。
「アクティベイト」
地面から岩の槍が出現して、蛇の体を突き刺した。
「ここは魔物が多いな」俺は言って振り返った。
「〔勇者〕様?」白猫の少女は俺にそう言った。
「どうして俺じゃなくてこいつなんだ?」アムレンが不服そうに言うとパーティの女性が笑った。
「笑うな、ステラ」アムレンが女性をムッとした顔で見た。
俺も笑って、それから言った。
「違うよ。俺はただの冒険者だ」そう言って、俺は少女の頭をなでた。
「村から来たんですか?」ステラは母親に尋ねた。母親は頷いた。
「ええ。いつもなら追い払える魔物なのですが、不意をつかれてしまって」
母親は腰にナイフをつけていた。魔物よけの薬草も一緒にベルトに挟まれていた。
どうやら、薬草を取りに森に入ったらしい。
「今度から冒険者をつけるといいですよ」ステラは言った。
「はい。すみません」母親はひどく反省したようでそう言った。
俺は少女を肩車した。白猫の少女はキャッキャと笑った。
「名前はなんていうんですか?」ステラは少女に尋ねた。
少女は言った。
「リンダ」
――リンダさん?
僕ははっとした。確かに母親はリンダにとても良く似ていた。腰につけているナイフも、リンダがつけているものと同じだった。
それに気付いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
ぐるぐると回転して、落ちていく感覚。
俺の体から僕は引きはがされる。
選択の場に戻れるのではないかと思った。
が、そうはうまく行かなかった。
僕は落下して、どこかにたどり着いた。
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