# 16. マーガレット/デイジー
マーガレットは王都の中を歩き回っていた。はっきり言えば彼女は道に迷っていた。王立図書館にむかっているはずだったが、今どこにいるのかわからなかった。
「すまない、王立図書館はどこにある?」マーガレットは道行く人に尋ねた。
「ボールス通りをまっすぐだよ」彼はそう言って忙しそうに去っていった。
「待ってくれ」彼女は言ったが、彼は振り返りもしない。
マーガレットにはここが何通りなのかすらわかっていなかった。彼女はため息をついて、とにかく王都の中心にある城の方角を目指そうと決めた。そちらに行けば何かわかるかもしれない。
そう思っていたのだが、いつの間にか、彼女は治安の悪い地区に来ていた。そこはどう考えても城から遠い場所でどうしてこんな場所に来てしまったのか彼女には見当もつかなかった。
もと来た道を戻ろう。
マーガレットが振り返ると、どこかから、歌が聞こえた。少女の声だった。
「デイジー、デイジー、答えてーくれー」
声の方を見ると、瑠璃色の髪をした女の子が治安の悪い地区のさらに奥のほうへ入ろうとしていた。少女は赤と白の大きなリボンを頭につけていて、全身ローブに包まれていた。この地区に住んでいる子どもにしては服がいいものに見えたし、髪がさらさらと流れていて、清潔そうだった。
少女は間違ってこの地区に迷い込んでしまったのだろう。マーガレットはそう思って、リボンの少女に近づいた。
「そっちは危ない」
マーガレットは瑠璃色の少女に声をかけた。少女は振り返るとマーガレットを見上げた。かわいらしい少女だった。目が大きく澄んでいた。長い髪が光に反射してわずかに色を変えた。
「どうして?」少女は尋ねた。
「それは……とにかく危険なんだ。攫われるかもしれないし、怪我をするかもしれない」
マーガレットはなんとか少女に伝わるように言った。少女は「うーん」と悩んでから言った。
「でもあっちの方楽しそうだよ。キラキラしてるし」
マーガレットは少女が指さす方向を見た。確かにそちらには薄暗い中で輝く光が見えた。しかしそれは怪しい店の看板だったり、装飾だったりした。マーガレットは少女に手を差し伸べた。
「ここよりもっといいところはいっぱいある……たぶん。危険じゃないところまで私が連れて行ってあげよう」マーガレットは自信なさげに言った。
「じゃあ、お姉ちゃん、私と遊んでくれる?」少女は目をキラキラさせて言った。
どうしてそうなったんだ?
マーガレットは苦笑いしたが、遊ぶと言わないと彼女はキラキラした怪しい店の方に行ってしまいそうだった。
マーガレットは言った。
「わかった。ちょっとの間だけど遊んでやろう」
少女はにっこりと笑って、マーガレットの手をとった。
「私、デイジー、よろしくね。ええと……」
「マーガレットだ」
「よろしく、マーガレットお姉ちゃん。おんなじ花の名前だね」デイジーは微笑んでそう言った。
「それに、ふたつはよく似た花だ」マーガレットがいうとデイジーはびっくりして言った。
「そうなの?」
「おんなじ花だと思っている人もいるくらいだ」マーガレットはデイジーの手を引いて、歩き出した。
◇
マーガレットはなんとか治安の悪い地区を抜けて表通りに出てきた。
デイジーはルンルンとリボンを揺らしてマーガレットに尋ねた。
「ねえ、何して遊ぶ?」
「え? あ、そ、そうだな」
何も考えていなかった。表通りに連れてきたら別れるつもりだったなんて言えない。マーガレットは尋ねた。
「デイジー、誰かと一緒にいたんじゃないのか?」それを聞くとデイジーは唇を尖らせた。
「一緒にいたけど、置いていかれた。私も一緒に行きたかったのに」デイジーはさらに頬を膨らませた。
「そ、そうか」
子供を連れていけないような店に行ったのだろうか、とマーガレットは邪推した。とにかくデイジーは一人で、保護者、もしくはそれに準ずる何ものかに置いていかれていて、目を離せば怪しい場所に平気で入っていってしまう危ない子だということだ。
面倒な子を拾ってしまったと後悔したがふと、マーガレットは思いついて尋ねた。
「デイジー、ここら辺は詳しいのか?」デイジーは頷いた。
「うん! よく遊んでるから」マーガレットは尋ねた。
「ボールス通りがどこにあるか知ってるか? 王立図書館に行きたいんだ」
デイジーはにっこりと笑って言った。
「知ってる! 連れてってあげる!」デイジーに手を引かれて、マーガレットは歩き出した。