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# 14. アンヌヴン

 僕はアンジェラとともに薄暗い道を進む。そこは王都の北に位置する地区で、またもや衛生的ではない場所だった。僕は布で口元を覆いながらアンジェラの後を歩く。


「本当にこの先なんですか?」

「そうですよ」アンジェラは明るく言う。


 露店で売られているものは、表通りの店と対して変わらないが、値段が安すぎる。おそらく状態が悪いのだろう。食品のうえを虫がぶんぶん飛んでいる。売っている人たちもあまり人相が良くない。視線がどこか空をさまよっている。ひどく痩せているか異常に太っているかのどちらかで、血液なのか体液なのかわからないシミが服についている。


 僕はあまり彼らを見ないようにして、アンジェラの後ろに隠れるようにして歩いていく。


 道端に座り込んでいる男が突然怒鳴りだす。真っ黒な歯茎には歯が数本しか生えていない。残りの歯も小さく、欠けている。僕は驚いてアンジェラの服を引っ張った。


「襲って来ないですよ。……あまり」

「あまりって何ですか!」僕はますます萎縮して猫背になって歩いた。


 アンジェラはとある店の前で立ち止まった。他の店とあまり変わらなかった。

 武器屋だった。ひさしに使っている布はやぶれているのか虫に食われたのかそこかしこに穴が開いていた。売っている商品はさび付いていた。


 店番の男は髪を剃り上げて坊主にしていた。右の頬には五芒星のタトゥーが入っていた。

 彼はちらりとこちらを見たが、すぐにうつむいてしまった。


「使わせてもらいますね」アンジェラは男の前に銀貨二枚を置いた。男が小さく頷いた。

「こっちです」僕はアンジェラに続いて店の奥へと入っていった。


 すぐに壁があるのではと思ったら店はかなり奥まで続いていた。階段を下る。徐々に光が届かなくなる。階段を下りきると小さな扉があった。僕でも屈まないと入れないような大きさだ。


 アンジェラは扉をコツコツと叩いた。扉には小さな引き戸の窓がついていて、勢いよくがらりと開いた。


「ああ、アンジェラか。そっちのはなんだ? ボーイフレンドか?」しわがれた女性の声がした。

「いいえ。ちょっと探し物をしに来ました」

「面倒起こすんじゃないよ」女性は言って窓を閉じると鍵を開け、扉を開いた。


 腰の曲がった老婆だった。手の甲には、坊主の店番と同じく五芒星のタトゥーが入っていた。彼女は扉を開くと杖で早く入るように催促した。僕たちは扉をくぐった。


 アンジェラは老婆から魔石を受け取った。老婆は扉の鍵を閉めてすぐそばにある椅子に座った。


 老婆を見ていた僕は振り返ると、そこにあるものを見て立ち止まった。


「なんですか、これ?」


 それは大きな箱だった。箱には丈夫そうなロープがつないであり、天井にある滑車を通って地面に下ろされていた。僕はその装置を見たことがなかった。


 アンジェラは言った。


「エレベーターです。見るのは初めてですか?」

「え、ええ。あの、何に使うものですか?」


 アンジェラは微笑んで、エレベーターの扉を開けた。


「乗り物ですよ」


 彼女がエレベーターに乗り込むと、箱がぐらりと揺れた、気がした。僕はロープを見上げた。さっき頑丈そうだと思ったが、撤回することにした。こんなロープで大丈夫なんだろうか。


「早く乗ってくださいよお」アンジェラは箱の中にあった機械に魔石を入れた。ランプが点灯する。


 僕は恐る恐る箱に乗り込んだ。グラグラとゆれる、気がする。


「扉閉めてくださいね。鍵もかけてください」僕は震える手で、扉を引いて閉めた。

「じゃあ、行きますね」

「ちょっと気持ちの準備を……」


 アンジェラはスイッチを入れた。一瞬かすかな浮遊感がある。箱が落下している。

 僕は扉に張り付いた。


「王都は《テレポート》が使えないのでこういう移動手段が発達しているんですよ」アンジェラがニコニコしながら語る。

「そ……そうなんですねえ」僕は足を踏ん張る。箱の壁は一部が柵だけになっていて外が見える。突然大きな錘みたいなものが上昇していって僕は驚いて扉に頭をぶつけた。


 アンジェラが愉快そうに笑った。

 そのとき、壁ばかり続いていた景色が一瞬で変わった。閉じられた幕が突然開いたかのようだった。柵の向こうには信じられない光景が広がっていた。


 そこは大きな街だった。天井は大きな梁でドーム型に支えられていた。いくつものライトがあたりを照らしていて、まるで太陽が出ているかのように明るかった。


 アンジェラが言った。


「ここがアンヌヴンです。地下なのに大きな街ですよね」アンジェラはワクワクした様子でそう言った。


 エレベーターはゆっくりと止まった。内臓が浮くような感覚があって僕は吐くかと思った。


「じゃあ行きましょうか」アンジェラは平気そうで、扉の鍵を開けるとすたすたと歩いていく。


 僕は深呼吸をしてから彼女についていった。

 アンヌヴンはもう一つの王都だった。がそこは王都ではなかった。

 人々が密集し、がやがやとにぎわっている。ちかちかと瞬く色とりどりのライトが目に痛い。

 アンジェラは露店の一つに入った。


「二つください」


 串に刺した肉を焼いたものを二つ受け取ると、店員の女性に銅貨を渡す。


「まいど」女性は言ってアンジェラに笑顔を向けた。


 アンジェラは一つに噛り付きながらもう一つを僕に差し出した。


「どうぞ。おいしいですよ」

「あ、ありがとうございます」僕は受け取って、じっとその肉を見た。


 確かにいい匂いがした。何の肉かはわからなかった。

 意を決して噛り付く。

 口の中で肉がほどけて、うまみがじわっとあふれる。ピリッとした味付けがされていて、噛むほどあふれる甘い肉汁にいいアクセントがついている。おそらく上品な味付けではない。どちらかというと酒場で出される味付けに近い。ただ、口の中に残る余韻は、くどくなくさっぱりしていて、いくらでも食べられそうな気さえする。


「あ」


 僕はいつの間にか串に刺さっていた肉を全部食べてしまっていた。


「おいしかったですか?」アンジェラは笑みを浮かべてそう言った。

「ええ、とても」

「何の肉かわかりましたか?」


 僕は首を振った。全く分からなかった。


「ホーンド・ヘアですよ」

「あの角の生えたウサギですか!?」


 僕は驚いた。あのウサギは肉が硬くて食べられたものじゃなかったはずだ。

 アンジェラは持っていた串を振った。


「ちなみにこれも食べられますよ」彼女はパキパキと串を噛んで飲み込んだ。


 食べてみると何かを揚げたもののようだった。


「さて、行きますか」アンジェラは口を拭うとそう言って歩き出した。




 アンジェラが立ち止まったのは『ティモシー・ハウエルの車輪』という店で、どうやら改造馬車を作っている場所のようだった。おそらく僕が乗せられた馬車はここで作られたものだろう。似たような馬車が並んでいる。


 店主のティモシーは大柄で筋肉質な男だった。体は人間だったが頭は牛だった。僕は彼を見上げて面食らった。


「こんにちは」アンジェラは彼を見上げて言った。

「ああ、アンジェラか。調子はどうだ?」男は響く低い声で言った。

「病気もなく元気ですよ」

「ちげーよ。俺の車の調子はどうかって聞いたんだよ」

「ああ……元気ですよ」


 アンジェラは頬を人差し指で掻きながら言った。


「そいつは良かった」ティモシーはそう言うと満足したのか、馬車の改造を再開した。

「てんちょー」店の奥から人影が現れた。その姿を見て僕はまた面食らった。

「なんですかアレ」僕はアンジェラに尋ねた。


 人影は人のかたちをしていたが人ではなかった。金属でできていた。肩やひじやひざには丸いパーツがつかわれていて、背中に巨大な箱を背負っていた。顔はお面のように目と口の場所に穴が空いているだけ。

 アンジェラはその機械の人型を見て、僕の質問に答えた。

「ああ、オートマタのアンナちゃんですよ。こんにちはーアンナちゃん」アンジェラはオートマタに手を振った。オートマタはアンジェラを見て、言った。

「こんにちは」


 ティモシーはアンナが持ってきたパーツを受け取って言った。


「で、今日は何の用だ? 車は壊れてないんだろ?」


 アンジェラは思いだしたように言った。


「オリビアって子知りませんか? ハーフエルフで、魔法学校に通っていた子です」


 ティモシーはしばらくガチャガチャと機械をいじっていたが、顔をあげると言った。


「ああ、知ってるさ。『トッド・リックマンの盗品店』で働いてるガキのことだろ」

「その店どこにありますか!?」アンジェラは興奮して言った。

「八-三区画だ」

「ありがとうございます!!」アンジェラは頭を下げて言った。




 ◇




 スティーヴンとアンジェラがアンヌヴンにむかう途中、スラム街を歩いているとき、後ろから近づく陰があった。


 デイジーとおっさんだった。おっさんはデイジーに尋ねた。


「あの二人で間違いないか?」

「うん」デイジーは頷いた。頭のリボンが揺れた。


 おっさんは【墓荒らし】について調べていた。彼はオリビアについて知り、ちょうど、アンヌヴンに向かおうとしていたところだった。


 おっさんはデイジーに言った。


「地上で待ってろ。俺一人で行く」

「ええ、なんでえ?」デイジーは唇を尖らせた。

「こそこそするのにアンヌヴンは二人じゃダメだ」おっさんはそう言うとフードを深くかぶった。

「わかったあ」デイジーはふてくされたような顔をして、おっさんから離れて、表通りの方に歩いていった。



 おっさんはスティーヴンたちを追ってアンヌヴンに潜った。

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