# 10. ロッド
レンドールの遺体はアンジェラが呼んできた人々によって丁重に運ばれていった。彼の荷物はすべてアンジェラが引き継いだ。彼女はレンドールの姿を見送ると目元を拭いて、僕に言った。
「ついてきてください。守護者たちのもとへ案内します」
アンジェラは歩き出した。
路地裏を進む。何人かの物乞いのそばを通り過ぎる。この場所は衛生的とは言えない。アンジェラは気にせず先に進む。
日が暮れかけていた。
たどり着いたのは小さな家だった。まわりにも同じような小さな家が密集していた。
体の細い子供が走り回っている。女が道に洗濯した後の水を流す。水は坂を下っていく。
「ここで生活している人たちは私たちに興味がないんです」
アンジェラはそう言って家のドアを開けた。
確かに、僕ははじめてここに来たよそ者なのに、まわりの人々は見向きもしない。
「彼らは自分のことで精いっぱいなんです。毎日生きるのに必死で、まわりのことなんて気にしていられないんです。誰がこの家に入ろうが、誰が出て行こうが、誰が道で倒れていようが彼らには関係ありません」
アンジェラは僕を家の中に導いた。彼女は扉を閉める。
「だから、私たちには好都合だったんです。人に存在を知られてはならない、守護者たちには」
家の中はがらんとしていた。机と一組の椅子。それにロウソクが一本だけあった。そのほかには何もない。全く生活感が感じられない。
アンジェラは部屋の奥に向かって行き、地面にある両開きの扉にしゃがみ込んだ。どちらの扉も取っ手近くに剣と鞘がクロスしたマークが描かれている。
彼女はレンドールのバッグから鍵を取り出して、鍵穴に差し込み、回した。
扉を開くと地下に続く階段が続いている。アンジェラはバッグからランプを取り出して、階段を照らした。
「この先です」僕はまた彼女の後に続いて行った。
扉を閉めて内側から鍵をかけ、階段を降りると、細く長い通路が続いていた。まっすぐではなく曲がりくねっている。僕は無意識にバッグから距離計を取り出して、道の長さを測っていた。
そう、この場所はダンジョンに似ている。
ときどき壁に四角い跡があった。もしかしたら位置番号がかかれた板が貼ってあったのかもしれない。
かなり長い距離を歩いた。道はときどきわかれていて、僕はそちらを探索したい欲求にかられた。
しばらくすると一つの扉の前に来た。その扉には大きく剣と鞘のマークが描かれていた。
アンジェラが扉を開く。
そこは小さな礼拝堂のような場所だった。四脚の長椅子の前に祭壇があって、そこには剣が横たわっていた。壁には光を発する石が埋まっている。礼拝堂の中は仄かな光で満たされている。
祭壇の前に1人の若い男が立っていた。目には布を巻いていた。白い服を来ていた。その服はレンドールが着ていたものによく似ていた。髪は長くまっすぐで黒かった。僕たちに気づくと彼はゆっくりとこちらを見た。
絹の束のように髪がゆれる。
「お帰りなさい、アンジェラ。話は聞きました。レンドールのことは残念でした」黒髪の男性は僕を見た。「その方は?」
僕は驚いた。目に布を巻いているのに見えているのだろうか?
アンジェラは言った。
「ソムニウムで〔魔術王の右腕〕を守ってくれた方です」
僕は彼に名乗った。
「私はロッドと言います。よろしくスティーヴン」
ロッドは右の手のひらを上に向けて僕に差し出した。彼の手のひらには焼き印が押されていた。僕の方からは「IX」と見えた。もしかしたら「XI」かもしれない。皮がひきつっていた。
僕はロッドの手を取って握手した。その瞬間、彼は少しだけ表情を暗くした。
「ああ、辛い想いをされましたね」
僕はぎょっとして手を離した。ロッドは申し訳なさそうに言った。
「すみません。あなたの記憶を読ませてもらいました。私のスキルは『記憶の閲覧』です。と言っても現在から五年前までしか読み取ることができませんが。……私たちは誰でも疑わなければならないのです。それはあなたもご存じでしょう?」
僕は彼から目をそらした。
「アンジェラ、この方が言っていることは本当ですよ。彼は魔術師ではありません。魔術師を倒し、ソムニウムを守った功労者です」
アンジェラは安堵したように息を吐いた。
僕は彼女に尋ねた。
「疑っていたんですか?」
「いえ……、ええ、完全に信じていたというと嘘になります。ただ、ロッドさんのスキルは本物なので、確証が得られて安心したんです。すみません」
彼女は僕に頭を下げた。
ロッドは僕に言った。
「すぐにソムニウムに守護者を送ることはできません。ただ、アンジェラの言った通り〔魔術王の左脚〕を取り返せば、守護者を手配できます」
アンジェラはロッドに尋ねた。
「私たちが会った少女に見覚えはありませんか?」
ロッドは首を振った。
「いえ。初めて見る魔術師です。それに王都で転移魔法を使える者など見たことがありません。転移魔法に特化した魔術師なのでしょうか、わかりません。とにかく彼女が手掛かりです。何としても見つけ出してください」
アンジェラは頷いた。
「今日はもう遅いので、ここで休んで行ってください。明日からお願いします」
ロッドはそう言うと、礼拝堂を出て行った。
◇
瑠璃色の少女――デイジーとわかれた後、【墓荒らし】について調べていたローブ姿のおっさんはいくつかの店をまわったが思うような収穫がなかった。そもそも【墓荒らし】自体が魔術師や守護者のような「忘れられた存在」だった。そうそう簡単に見つかるはずもない。
「運が悪すぎるよなあ」おっさんは酒場でワインを飲みながらテーブルに突っ伏した。
そのとき、彼の向かいに黒い影が座った。同じくローブで身を隠した男だった。顔はよく見えない。
王都には魔法学校があり、研究所がある。そこに通う生徒や職員はこぞってローブを着ている。だから、おかしいってわけではないが、それにしたってフードまで目深にかぶっているのは珍しい。
おっさんは顔をあげて尋ねた。
「なんだ?」
顔を隠したローブの男は言った。
「アレを、受け取りに来た。ティンバーグの、アレだ」
おっさんは「ついに来たか」と思った。彼は誤魔化すためにワインを飲み一息ついた。
ヤバい、本当にヤバい。
おっさんはローブの男から目をそらして言った。
「いやあ、今、手元になくてね」
「なに?」ローブの男は声を低くして言った。
「すぐに取り戻すつもりだ。何、簡単なことだ」
おっさんは声が震えるのを隠して言った。ローブの男は目深にかぶったフードの向こうからじっとこちらを睨んでいたが、しばらくすると立ち上がって言った。
「すぐに取り戻せ。期限は二週間だ」
「いや、もう少し待ってくれ」おっさんは慌てたが、ローブの男は譲歩しなかった。
「二週間だ」彼は言って酒場を出て行った。
「くっそお」おっさんはまたテーブルに突っ伏した。
そのとき、ポケットからオルゴールの音がした。彼はローブを手で叩いてその音源を探し、取り出した。それは手のひらに収まる小さな機械だった。
「デイジーか」
おっさんは呟くと酒場を出て、人通りの少ない路地裏に入った。彼はそこでスクロールを取り出し、開くと、言った。
「アクティベイト」
デイジーが転移してきた。おっさんは彼女を抱きとめた。
「ただいま!」デイジーは地面におろされると、そう言って手をあげた。
おっさんは微笑んだが、彼女の頭を見て目を見張った。
デイジーの瑠璃色の髪にはリボンがついていた。
「おい、デイジー。そのリボンどこで見つけた?」
「すごいでしょ! 取り戻したんだよ!」デイジーは得意げに言った。
「いや、そうじゃなくて、そのリボンを持っていた奴は、〔魔術王の左脚〕を持ってるだろ? 持ってなかったのか?」
デイジーは頷いた。
「持ってなかった。ぜんぜん知らないみたいだった」
おっさんはうなだれた。
「そうか。でも、手掛かりだな」
「うん!」デイジーは満面の笑みで言った。
「手掛かりが何もないよりはいい。もう一回リボンを持っていた人に会いに行くか」おっさんはため息をついて、デイジーの頭をなでた。