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# 9. 無詠唱

 レンドールは舌打ちをした。腰にぶら下げていた細い剣を抜くと切っ先を少女に向けた。


「〔魔術王の左脚〕を奪ったのはあなたで間違いありませんか?」レンドールはふるえる声で言った。


 少女はレンドールを睨んで言った。


「うん。ご主人様と一緒に奪った」


 レンドールはカッと目を開くと、少女に向かって突進した。瑠璃色の少女はくるりと回転して、どこから取り出したのだろう、剣を片手に振り返った。


 彼女は地面を蹴って跳び上がり、レンドールの細く鋭い斬撃を剣で跳ね上げ、彼の胸を蹴った。


 レンドールは大きく後ろによろけた。少女はレンドールの胸を蹴った反動で後ろ宙がえりをして着地すると、すぐに屈伸して、レンドールの開いた懐に入った。


 レンドールは体勢を保てない。彼はなんとか少女に反応して剣を構えるが、その守りは貧弱そのもの。少女の斬撃が細い剣の上からレンドールを襲う。

 彼は腹を裂かれて地面に倒れ込んだ。血液がぱっと散った後、ドロドロと石造りの地面に流れていく。


 広場に悲鳴が上がる。人々が逃げる。


 アンジェラがスクロールを取り出して、開き、起動呪文を唱えた。


「アクティベイト」


 少女はまた腕を振って魔法を消す。が、アンジェラが続けざまにバッグからスクロールを取り出して発動する。魔法は効かなくとも牽制にはなる。


 僕ははっと気づいて、レンドールが地面に投げ捨てた鍵の束を手に取った。どれが僕の首輪の鍵かわからないが一つずつ試していくしかない。


 レンドールが腹を押さえて立ち上がる。

 彼は咆哮をあげて、少女に突撃する。

 少女はレンドールに右手を向けた。彼女の手の周りに光の輪ができる。


 まさか。そんな。




 魔法が、発動する。


 無詠唱で。




 瑠璃色の少女の右手から氷の矢が螺旋を描いて発射される。

 矢はレンドールの左肩に突き刺さる。一瞬で半身が足まで凍結した。


 レンドールはしばらくわめいていたが、すぐに動かなくなった。


 少女が彼から目をそらして、アンジェラの方をむく。アンジェラはすでにスクロールを消費しつくしている。


 少女が剣を構える。


 僕の首輪が、外れる。


 僕は首輪を投げ捨てると、土魔法のスクロールを複数『空間転写』した。


「アクティベイト」


 少女の周囲にいくつもの光の輪が出現する。


 彼女は目を見開いて、そのいくつかを消去したが、すべてを処理しきれたわけではない。

 魔法が発動する。地面が隆起して少女を捕らえようとする。

 が、少女は高く飛び上がり、ひらりとその魔法をよける。着地と同時に一瞬で僕の方へと突進してくる。


 その速度は赤髪の男に劣らない。目で追える速度ではない。


 僕は事前に魔法壁を大量に体の前に出現させていた。突進してきた少女が魔法壁に気付く。彼女の剣は寸前でびたりと止まり、反射されない。

 彼女は僕に尋ねた。


「あなた、エヴァを殺したスティーヴンね?」


 僕はぎょっとした。


「どうして名前を!?」

「ご主人様が言っていたから知ってるの。魔術師はみんな知ってるよ」


 その事実は僕を動揺させるのに十分だった。

 彼女はふっと視線をそらした。どこからか騎士が数人駆けつけてきた。冒険者もちらほら混じっている。

 少女はアンジェラの方を見ていった。


「絶対とりもどすから」そう言うと、少女はとんと後ろに飛んだ。彼女の周りに光の輪ができる。


 ――王都でテレポートは使えません。


 レンドールはそう言っていた。だから僕は彼女が何をするのかわからなかった。動揺していた僕は《アンチマジック》も使わずただ彼女を見ていた。


「じゃあね」少女はそう言って、



 消えた。



「そんな」アンジェラが目を見張った。





 レンドールの遺体を氷から取り出し、騎士たちに話を聞かれた。それは主に少女についての話で、どうして《テレポート》が使えるのかということがほとんどだった。

 僕はその間ずっと瑠璃色の少女の言葉が気にかかっていた。


 ――魔術師はみんな知ってるよ。


 途端に街のことが心配になった。僕の存在を知られているということは、エヴァの復讐のために僕を狙い、街を襲う存在が現れる可能性があるということだった。

 僕が居ても、居なくても、街は危険にさらされている。

 どうしようもない不安に襲われて、僕は《テレポート》を使った。

 しかし、確かにその魔法は発動せず、消えた。

 僕は掻きむしるように胸をつかんだ。




 アンジェラはレンドールの遺体のそばで泣いていた。


「すみません、すみません。私のせいです!」


 彼女はうなだれてレンドールの腕をさすっていた。僕がもう少し早く首輪を外していれば、あるいは彼を助けられたかもしれない。ただ、彼のあの様子からするとどちらにせよ死ぬまで戦い続けていたように思う。それがどうしてなのか僕は知らない。


 僕はアンジェラに近づいた。


「あなたのせいではありませんよ」


 彼女は顔をあげた。


「でも……でも私があのリボンを持っていたから……魔術師に見つけられて……」アンジェラは顔をゆがめて泣いた。


 彼女は涙声でつづけた。


「ティンバーグはレンドールさんの故郷だったんです。だからあんなに無理をして……それで……。あなたに強く当たっていたのもそのせいなんです」

「そう……ですか」


 故郷。守るべき場所。焦りばかりが募っていく。


 アンジェラは涙を拭くとレンドールの首からペンダントを外して言った。


「私は〔魔術王の左脚〕を取り戻して、あの魔術師を倒します。それがレンドールさんの魂を鎮めてくれるでしょう」


 彼女は立ち上がり、ペンダントをつけると、ポケットから布を取り出して髪を結んだ。ポニーテールが揺れる。


「その為に、スティーヴンさん、私に協力してください。勝手なお願いだということは分かっています。無理にここまで連れてきて、その上、協力しろなんてあまりに恥知らずだと思います。けれど、私には、私たちにはあなたの力が必要なんです! お願いします!」


 彼女は深く頭を下げた。僕は戸惑った。そして迷った。

 街に戻りたいという気持ちが強かった。それは郷愁でもなんでもなくて、ただ、あの場所が今にもおそわれるのではないかと心配だった。

 ただ、同時に、僕はあそこにいてはいけないという気持ちもあった。


 僕は『記憶改ざん』を持っていて、それ故に、誰の信用も得ることができない。今回みたいに、守護者やそれに似た何者かに疑われる危険もあった。つまり、それは僕が魔術師だと疑われるということで、同時に、街すらも疑われるということだった。


 さらに悪いことに、僕は魔術師に存在を知られている。エヴァを殺したということを知られている。


 要するに、僕は魔術師にも、魔術師に対抗する勢力にも、敵対視される可能性が高いということで、僕が街にいるだけで、街は危険な状態になる。


 僕は迷った。


「僕は……街が心配です。あの街には〔魔術王の右腕〕があります。いくら封印を強化したからと言ってそれを突破される危険は十分にあります。現に、あの魔術師の少女は《テレポート》をつかえないはずのこの場所で、目の前で転移して、いなくなりました。魔術師たちには常識が通じない。僕はただ、いつ街がまた瓦礫の山になってしまうか心配なんです」

「また……? ああそうでした。あなたは何度もやり直してきたんでしたね」


 僕は頷いた。アンジェラがそれを信じているかどうかはわからなかった。

 彼女は少し考えてから言った。


「もし、〔魔術王の左脚〕をとりもどすことができれば、捜索に当たっている守護者を街に回すことができます。ソムニウムにも守護者を何人か送ります。昔のように、常に守護者がいる状態にします。それでどうですか?」

「魔術師を見破れる人が欲しいです。あなたのような」僕が言うと、アンジェラは一瞬迷ったが、言った。


「分かりました。私がソムニウムに行きます。あの街を守ります。だからどうか、お願いします」


 アンジェラは頭を下げた。僕は手を差し出した。


「分かりました。協力します」



 アンジェラは笑みを浮かべて僕の手を取った。


「ありがとうございます!!」

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