# 8. 瑠璃色の少女
数日後、僕たちはとある場所にたどり着いた。
そこはとても高い壁に覆われていた。ソムニウムとは比にならない大きさで、壁の途中にはいくつかの塔があり、兵が常駐しているようだった。守護者たちは車を壁の外にある馬車置き場においた。僕はすでに猿ぐつわを外されていた。叫ぶ様子もなかったからだろう。
レンドールが僕の腕を縛る縄をほどいた。
「ここはどこですか?」僕が尋ねるとアンジェラが答えた。
「王都ですよ」
レンドールに睨まれてアンジェラはしゅんとした。彼らは僕を連れて王都に入った。
僕はこの数日間ずっとうなだれていたが、王都に入るとその喧騒に圧倒された。道は人であふれていた。店には見たことのない商品が並び、建物は高かった。
僕が立ち止まって呆けていると、レンドールが僕の背中を押した。
「ほら、歩いてください」僕は慌てて歩き出した。
人の間を潜り抜けて僕たちは進んでいく。多くの人にぶつかり、僕はよろけた。
しばらく歩いていると広場に出た。そこでようやく人の密集地帯を抜けられて僕はほっとした。
守護者たちは慣れた様子で歩いていく。
僕たちは、瑠璃色の髪の少女とすれ違った。
その少女は大きな目をさらに大きく開いて、僕たちを見ていた。ローブで体全体を包んでいて、裾から僅かに細い脚が見えた。
僕はその少女が気になった。あまりにも僕たちを凝視しすぎている。
いや、彼女が凝視していたのは、アンジェラの頭の上だ。
瑠璃色の少女は振り返り、アンジェラの服をつかんだ。
アンジェラは驚いて立ち止まった。
「うわ! 何ですかいきなり!」
アンジェラは少女を見た。少女は言った。
「見つけた」
その瞬間、アンジェラはかッと目を見開いて、少女の手を払い、距離をとった。
「あなた、魔術師ですか?」
レンドールは僕を見た。
「いつ仲間を呼んだのですか?」僕は首をふった。
「僕は魔術師じゃありません」
レンドールは舌打ちをすると、ナイフを取り出して、僕の髪をつかみ僕の首にナイフを当てた。
彼は僕を少女に向けて、言う。
「仲間を助けにきたのでしょう! 少しでも動けばこいつの命はありませんよ」
そんなことをしても意味がないと僕は分かっていたが、レンドールは僕を魔術師と完全に決め込んだらしかった。
瑠璃色の少女は僕を見て、言った。
「誰それ。知らない。興味ない」
「は?」レンドールはあっけに取られたような声を出した。
少女は僕のことなど全く気にせず、アンジェラの方へと歩き出した。アンジェラは「ひっ」と言って一歩下がった。
少女はアンジェラに手を差し出して言った。
「私のリボン、返して」
「え? あ、リボン? これのことですか?」
アンジェラはポニーテールを結んでいる赤と白のリボンを指さした。少女は頷いた。
アンジェラはすぐにリボンを外して、少女に手渡した。瑠璃色の少女はリボンを受け取ると、安堵のため息をついて微笑んだ。
「よかったあ」少女はリボンを頭につけて、生地を引っ張り形を整えた。
レンドールは僕の首からナイフを外し、僕の髪から手を離した。
僕は少女を見た。彼女は本当に魔術師なんだろうか。ただの少女にしか見えなかった。瑠璃色の少女は大事そうにリボンに触れて、それから、尋ねた。
「それで、〔魔術王の左脚〕はどこ?」
僕と同様に少女がただの少女だと油断していたのだろう。アンジェラはその意味を理解するまで数秒固まっていた。
「え?」
「このリボンと一緒に盗んだでしょ? 〔魔術王の左脚〕はどこ?」
瑠璃色の少女は大きな目でアンジェラをじっと見つめた。
「わ……私は……知りません」アンジェラはなんとか言葉を紡ぐ。「あれはティンバーグから魔術師たちが奪ったじゃないですか?」
「そうよ。私が持ってたのに盗んだでしょ? 返して」
少女は冷たくアンジェラを見ていた。
レンドールが呟いた。
「あの魔術師が……ティンバーグを……つぶした?」
レンドールの顔が紅潮していく。彼の目は少女に釘付けになる。歯ぎしりをして呼吸が荒くなる。
彼はつぶやいた。
「こんなに早く見つけることができるとは思ってもみませんでした」
レンドールは僕から手を離して言った。
「逃げようとしても無駄ですからね。ドラゴンの輪で魔法は使えませんし、もしつかえたとしても王都でテレポートは使えません」
僕は言われなくてもその場にいるつもりだった。鍵がなければ首輪は外せない。魔法なしでソムニウムまでどう帰ればいいのかわからない。
レンドールはアンジェラを責める少女に近づいた。その手にはもう一つのドラゴンの輪があった。
彼は少女に触れようとした。が、一瞬早く少女はレンドールに気が付いた。
「触らないで!」
少女は叫び、レンドールを突き飛ばした。
彼の体は浮き、地面に投げ飛ばされて転がった。僕の近くまで飛ばされた彼は苦しそうにうめいた。
アンジェラはそのすきに少女から距離をとった。
レンドールはなんとか立ち上がると、持っていたいくつかのドラゴンの輪と鍵の束を地面に投げ捨てた。彼の顔は真っ赤に染まり、目は充血していた。呼吸は荒く、冷静であるとは言えなかった。
明らかに様子がおかしかった。
レンドールはスクロールを取り出した。彼の開いたそのスクロールには見覚えがあった。
《ファイアストーム》。
「ちょっと! それはやりすぎじゃないですか!?」僕は叫んだがレンドールの耳には聞こえていない。
「アクティベイト」
彼はスクロールを発動した。
少女のまわりに光の輪が現れる。
「逃げてください」僕はアンジェラに向かって叫んだ。
光の輪が拡大する。広場の真ん中で巨大な魔法が発動してしまう。
そのとき、少女が腕を振った。
何かを振り払うようなそんな仕草だった。
その瞬間、光が、消える。
魔法が、消滅する。
その魔法の消え方はまるで《アンチマジック》を使った瞬間のようだった。