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# 4. アンジェラ

「突然呼び出してすまないね」


 僕の向かいに座る領主がそう言った。領主の城の応接間には他にエレノアと領主の妻がいた。エレノアは両手をテーブルの下に隠してもじもじとしている。


「いえいえ。それでお話とは何でしょう?」僕は背筋をピンと伸ばして尋ねた。


 領主は執事から一枚の手紙を受け取った。蝋で封がされていたが、すでに開封済みだった。封の印は剣の上に鞘がクロスしてのせられている模様だった。鞘のほうがシンボルの主体であるかのように見えた。


 領主は手紙を開くと机に置いた。


「このシンボルに見覚えは?」領主は封の印を指さした。

「いえ。ありません」領主は「そうか」と頷いた。

「これは守護者のシンボルだ。〔魔術王〕の一部が魔術師に奪われないよう守る役目を担っている。本来ならそのはずだ」


 僕は一瞬、エヴァの顔を思い出した。この街に封印される〔魔術王の右腕〕を奪おうとした魔術師の姿を。


 領主の妻が続きを話し始めた。


「本来ならば私の家系が守護者としてこの地を守るべきでした。しかし、私は、私自身が守護者の家系だということを知らなかったのです。私より何代か前に守護者の継承は止まっていたようです。すでに魔術師の存在も忘れられ、『守護者』の役目も形だけのものになっていたのでしょう」


 領主の妻は深くため息をついた。


「守護者として、責務を全うすべきでした。これは私の家系の罪です。あなたには大変な思いをさせてしまいました。申し訳ありません」


 領主たちが頭を下げた。僕は少し慌てて、彼らに頭をあげさせた。


 領主の妻が守護者を真に引き継ぐべき存在だということは知っていた。エヴァがすべて教えてくれた。僕が記憶を消され、エヴァの世話係になっていたときに。


 僕は手紙を見た。


「それは守護者からの手紙なのですね?」尋ねると領主が答えた。

「そうだ。妻の家系宛に届いている」


 内容は以下の通り。


 守護者の存在は各地で形だけになっていた。

 守護者が積極的に活動しているのは一部の地域に限られていた。

 最近は〔魔術王の左脚〕が奪われたティンバーグの調査で忙しかった。


「最後に魔術師から〔魔術王の右腕〕を守ったことを詳しく知りたい、近いうちにそちらに向かうと書いてある」領主はそう締めくくった。

「守護者がこの街に来るんですか?」僕が尋ねると領主は頷いた。

「ああ。その時にはどうか同席してほしい。君が一番このことについて詳しいだろうから」


 僕は頷いた。


「わかりました」


 ◇


 王都のとある建物で男がいびきをかいて寝ている。四十代も後半のおっさんで、目の下のくまが深く、疲れて見える。日はまだ高いのに、彼はローブを毛布代わりにして、ごろりと横になっている。部屋には物がない。テーブルと椅子だけが立派な家具だ。


 窓から差し込む光が地面を照らしている。


「ご主人様―――――――――――!!!!!!」


 静寂を破る少女の声。おっさんは驚いて目を開け、体を起こしたが、そこに小さな体が突っ込んできた。おっさんは体勢を崩して、また倒れこむ。


「なんだ! デイジー!」おっさんは叫んだ。デイジーはおっさんと同じようにローブに身を包んでいた。瑠璃色の髪は長く腰まで伸びていた。大きな目をウルウルと動かして小さな鼻をすんすんと鳴らしていた。


 彼女は叫んだ。


「私のリボンがどっかいったあ!」

「そんなことで起こしたのか」


 おっさんは大きなあくびをして言った。デイジーはおっさんの胸に額をぐりぐりと押しつけた。


「ご主人様が買ってくれたリボンーーーーー! 《マジックボックス》に入れといたのに!!!! うわあああああ!!」

「また買ってやるから」頼むから寝かせてくれ。おっさんはポンポンとデイジーの頭をなでた。

「盗まれたんだあ!! 《マジックボックス》の中身全部盗まれたあ!!」


 おっさんはデイジーをなでる手を止めた。彼はデイジーごと体を起こして彼女に尋ねた。


「今なんて言った?」

「リボン盗まれた」デイジーはウサギのようにすんすんと鼻を動かして言った。

「違うそのあと。《マジックボックス》の中身が全部盗まれたって言ったな?」


 デイジーはこくんと頷いた。


「〔魔術王の左脚〕もか?」


 デイジーはこくんと頷いた。


 おっさんは顔面が蒼白になった。彼は頭を抱えてうなった。


「ああ、ちくしょう! 【墓荒らし】か!」おっさんは立ち上がると、そばに置いていた荷物を持ち、デイジーの手を引いた。


「〔魔術王の左脚〕を取り戻すぞ。他の魔術師に気づかれる前に」


 おっさんは建物から出ようとしたが、デイジーが立ち止まり手をはなした。


「どうした?」デイジーはうつむいて言った。

「ご主人様、ごめんなさい」


 おっさんは振り返ると肩を落として、デイジーの頭をくしゃくしゃとなでた。


「お前は悪くないよ」


 デイジーはおっさんにひしと抱き着いた。


 ◇


 トッド・リックマンの店で働いていたオリビアは月に一度、王都のある店に品物を卸していた。それは地下で売れずにたまり続ける在庫の一部。《マジックボックス》に入れておいてもいいのだが、金になるならしておきたいというのがトッドの考えだった。


 オリビアはいくつかの店を回って品物を卸した。


「全部でこのくらいだね」恰幅のいい親父が銀貨を数枚出した。オリビアは眉間にしわを寄せた。

「もう少し」

「仕方ないなあ」親父は銀貨を一枚足した。オリビアは「ありがとう」といって、銀貨を受け取った。


 ◇


 オリビアが店を出てからしばらくして、長い髪をポニーテールにした女性が現れた。彼女は店を物色して、いくつか商品を購入した。


 その中に、オリビアが魔術師の《マジックボックス》から取り出したリボンが入っていた。赤と白の布で作られていた。


 ポニーテールの女性は、髪留めを外すとリボンを使ってまた髪をまとめなおした。ポケットから小さな鏡を出して自分の姿を確かめる。


「悪くないんじゃないですか?」


 彼女が微笑んで店を出ると、一人の男が立っていた。白い服を着て、髪をきっちりとなでつけていた。服はしっかりと皺を伸ばしてあり、ほつれなどは一つもない。


 店から出てきたポニーテールの女性を見ると彼は目を細めた。


「アンジェラ。またそのようなものを……」

「なんでですか? いいじゃないですか。似合ってませんか?」


 彼は小さく息を吐いた。店に入るのも嫌がっていた。どこから流れてきて、誰が使ったものかわからないものを売る店になど入りたくないというのが彼の言い分だった。


「そのリボンも汚れているかもしれませんよ」

「ええ? そうですかあ?」


 アンジェラはリボンを外して男に突き出した。彼は一歩後ずさった。


「せめて洗浄してください」


 男は小さく呪文を唱えると、リボンに魔法を施した。一瞬アンジェラの手から離れたリボンは現れた水の球体の中に納まり、たくさんの気泡に包まれた。水の球体が消えると、次いで、暖かい空気の中にリボンは踊り、乾燥されてアンジェラの手に戻ってきた。


「ありがとうございます」アンジェラはリボンで髪を結びなおした。

「行きますよ。早くしないとロッドさんに怒られます」

「はーい」


 アンジェラたちは王都を出て、ある乗り物に乗った。

 それは馬車を改造して作った自走式の車で、魔石で動くようになっていた。


「このような乗り物に乗らなければならないなんて」男はポケットから布を取り出して座席に敷くとその上に座った。

「いいじゃないですか便利で。それに《テレポート》使えませんし」


 アンジェラは運転席に乗り込んでニコニコして言った。


「それはそうですが……。まあ、馬よりはいいです」

「でしょ!」


 男は首から下げたペンダントを服から取り出した。ペンダントには剣の鞘を模したデザインが施されていた。彼はペンダントにキスをすると服の中にしまった。


「ご加護を」

「事故なんて起こしませんよ。さて行きますか、ソムニウムに」


 アンジェラはアクセルを踏んだ。

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