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# 3. マーガレット

 エヴァを倒し、街に平和が訪れたあの日、スティーヴンは街中の人間の記憶を整理した。エヴァによって書き換えられた記憶をもとに戻すためだ。それはドロシーの存在を思い出させ、エヴァが敵だったと思いださせるためだ。


 もちろん、マーガレットも記憶の整理をしてもらった。エヴァに記憶を改ざんされたかは定かではなかったが、念のための処置だった。



 それが、ある記憶を呼び覚ました。



 遠い昔。まだ、マーガレットが子供で、何も知らなかったころの記憶だ。


 マーガレットは貴族の出だった。彼女の家が治めていたのは自然に囲まれた街で、田舎だった。貴族ではあったがそれほど裕福ではなかった。家族で畑を耕していた。その記憶が思い出される。


 父はいなかった。祖父が実権を握っていた。祖父は厳格で戦うことの中にこそ生きる意味を見出せると考えていた。マーガレットは幼いころから戦う術を学ばされた。マーガレットは祖父が好きだった。厳しかったが愛があった。何かができるようになるたびに、祖父はマーガレットを抱きしめた。


 ここまではもともとあった記憶。

 呼び覚まされたのはここからだ。




 ある日、街に火の手が上がった。夜だった。火は見る見るうちに家々を焼いていった。マーガレットは母に起こされて、城の外に出た。火はすでに近くまで迫っていた。


 騎士たちが倒れている。血が流れている。


 マーガレットは母にせかされるようにして、必死になって走った。


 彼女たちの目の前に、一人の男が立ちはだかった。プレートアーマーを着ていた。装飾はなく、白い鎧だった。


 彼が兜を外したとき、母が息をのむのが聞こえた。母がマーガレットの肩をつかむ力が強まった。マーガレットはその男の顔を見た。


 紫色の瞳が冷たく刺すようにこちらを見ていた。

 彼の後ろに倒れている人物を見て、マーガレットは目を見開いて叫んだ。


「お爺様!」


 祖父がひどく怪我をして倒れていた。城から上がる火の手であたりは照らされていた。石造りの地面は祖父の血で濡れていた。

 祖父は声に反応して、力を振り絞って顔をあげた。


「逃げろ! マーガレット!」彼は血を吹きながら叫んだ。


 プレートアーマーの男が、剣を振り上げた。


「やめて!!」マーガレットは叫んだが、剣は無情にも振り下ろされ、祖父の首が飛んだ。


 マーガレットは叫び、母の腕の中で暴れた。

 プレートアーマーの男は剣を振って血を飛ばすと、こちらを睨んだ。


 母が、マーガレットの腕をつかんで走りだした。が、男の速度は異常だった。彼は一瞬で母の前に現れて、逃げ場をなくした。


 母はマーガレットを突き飛ばした。


「逃げなさい!」


 母が、プレートアーマーの男に何かを言った。その瞬間、城で大きな爆発があった。

 光に目をそらし、もう一度母を見た。

 母は、胸を突かれて血を吐いていた。



 この男を殺さなければいけない。

 戦わなければ死ぬ。



 マーガレットはそう悟った。彼女は祖父の倒れていた場所まで走り、祖父の手から剣をとった。彼女はプレートアーマーの男と向かい合った。


 母が倒れた。目が合った。口が逃げなさいと動いた。


 マーガレットはうなり声をあげて、駆け出した。その瞬間、体が浮くような感覚を初めて味わった。体は加速して、プレートアーマーの男に迫った。


 彼は少しだけ驚いていたが、剣を軽く振っただけでマーガレットをいなした。マーガレットは地面に突っ伏した。


 プレートアーマーの男はマーガレットの手を蹴って剣を飛ばすと、彼女の首をつかんで持ち上げた。

 マーガレットは腕に爪を立ててもがいた。鎧に引っかかった爪がはがれる。

 プレートアーマーの男はマーガレットを観察すると、言った。


「俺の名はアムレン。生きて俺を探しに来い。次に会うときは敵か味方かわからないが」


 アムレンは彼女の額に手をおいた。

 マーガレットは意識を失った。


 マーガレットはソムニウムから少し離れたある街に来ていた。すでに日は暮れかけている。喧嘩をする声が聞こえる。子供がじっとこちらを睨んでいる。店の前で酒を飲み、中年男性が、にやにやとこちらを見て笑っている。


 この街までは馬車に乗ってやってきたので迷うことはなかった。スティーヴンに付き添いを頼んだが忙しいと断られてしまった。マーガレットは紙を取り出してじっと見た。それは赤髪の男――ブラムウェル・ワーズワースから渡されたものだった。


 ――本当にここであっているのだろうか。


 マーガレットは不審がりながら、中年のおっさんがにやにやしている酒場に入った。


 薄暗い酒場は、娼館でもあって、露出度の高い服を着た女たちが客を探してうろついていた。マーガレットは一瞬眉間にしわを寄せて、それから、酒場に足を踏み入れてあたりを見回した。


 店の奥に、入り口からは見えないようになっている席がある。ブラムウェルはそこに一人座って酒を飲んでいた。


 マーガレットは何も言わず、向かいに座った。

 ブラムウェルは一瞬驚いたような顔をして、それから微笑んだ。


「こんなところに何をしに来た、マーガレット? エヴァは死んで、街には平和が訪れたはずだろ? 俺に何の用だ?」

「聞きたいことがある」


 彼は笑みをひそめるとじっとマーガレットを見た。


「それは『ワーズワースの家系』に関係する話か?」


 マーガレットは頷いた。

 店員がやってきて、ブラムウェルの注文した料理をテーブルに置いた。店員はマーガレットに注文をするように言った。彼女は店員の方を見ずにエールを注文した。店員は「あいよ」といってその場を離れた。

 ブラムウェルはナイフをとると言った。


「悪いが俺はそれほど多くを知らない。他を当たってくれ」肉を切り、ナイフで突き刺すと口に運ぶ。マーガレットは言った。


「アムレンという男を知っているか? 白い……おそらくミスリルでできた鎧を着た奴だ」


 その名を聞くとブラムウェルは肉を切る手を止めた。


「知ってるんだな?」


 マーガレットが尋ねると彼はナイフを置いた。


「その男がワーズワースに関連してるのか?」

「わからない。ただ、私の家族を殺したのは確かだ」

「復讐か」


 ブラムウェルは腕を組んだ。

 店員がエールを持ってきた。マーガレットは手を付けない。彼女はブラムウェルをじっと見ていた。


「探しに来いと言われた。あいつは何かを知っているはずだ」


 ブラムウェルは彼女のエールを手に取った。


「本当なら金をもらうんだが、まあ、同じファミリーネームのよしみだ、これで我慢してやる」


 彼はエールを一気に飲み干すと、カップをテーブルに置いて言った。


「王都に行ってエレインという女を探せ。王立図書館で働いているはずだ。彼女が教えてくれるだろう」

「その女性は何者だ?」


 ブラムウェルは赤髪をかき上げて言った。


「自分で聞きな」


 彼はにやりと笑った。


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