# 1. オリビア
第二章開始です。
王都。国の中心地にして巨大な街。
活発に人々が行きかい、商売、学問、産業、どれをとっても最先端のこの街には薄暗い地区がある。
多くの人間はその場所がただのスラム街としか知らない。スラムを抜けて、いくつかある扉から地下に下りると、そこには別世界が広がっている。
それは一つの街。
アンヌヴンと呼ばれるその場所は高い天井が鉄筋で補強されていて、疑似的な太陽がいつも輝いている。表世界と同じように店が並んで、道を作っている。魔石で動く機械、オートマタ、怪しい液体などなど市場で流通できない盗品やら、危険なものがゴロゴロ売っている。
通りの一つ。何やらカラフルな色遣いの蛍光石に、ピカピカと飾られた店がある。
『トッド・リックマンの盗品店』
『迷惑かけるのはお互い様』
『文字通り【掘り出し物】販売』
看板にはそう書かれている。
店番をしているのは中年のヤギの獣人――トッド・リックマンで、最近背中に白髪が生えてきているのを気にしている。彼は椅子に深く腰掛けて、キセルをふかしている。ときおり通りかかる客を睨みつけては、鼻にしわを寄せている。何か理由があるわけではない。癖である。
店の奥ではつばの広いとんがり帽子をかぶった背の低いハーフエルフが機械を使って何か作業をしている。彼女はスキルもちで、かつて魔術学校に通っていた。専攻は術式。スクロールの成績はトップだった。
が、とある理由で退学になった。
◇
オリビア。
彼女のスキルは『魔術論理可視化』。
スクロールを見るだけで論理が破綻しているかどうかを見つけられる。要するに、そのスクロールが使用できるかどうか見るだけでわかる。ただそれだけだと思われていた。
成績も悪かった当時は同級生にいじめられ、悔しい思いをした。
ある時、彼女は、《マジックボックス》のスクロールを目にした。それは全くの偶然だった。《マジックボックス》は高価なスクロールではあるが、上級の冒険者には人気があるものだった。
売りに出されているときは一部が空欄になっていて、そこに独自のパスワードを書きこんでから発動する決まりになっていた。そうしなければ、皆が同じ《マジックボックス》を使うことになり、荷物が混同する危険があるためだった。
オリビアは学校の帰り道、冒険者ギルドによった。小銭を稼ぐためにポーションを売ったり、スクロールを売ったりしていたのだ。
ギルドでSランクとみられる男がスクロールを開いた。オリビアには何が書かれているのかはっきり見えた。そこにはまだパスワードが書いていなかった。
オリビアのスキルが発動して、そのスクロールの論理構造が見えた。論理回路の最後には「0」と書かれていた。
Sランク冒険者はパスワードがないことに気づいて、オリビアの隣に来て受付から羽ペンを借り、パスワードを書き込んだ。
オリビアには見えてしまった。
パスワードをかきこんだ瞬間、論理構造が変化して、回路の最後の数字が切り替わるのが見えた。
Sランク冒険者がオリビアを見た。オリビアの目はスクロールにくぎ付けになっていた。
「ああ、まずいことをしたな。パスワード変えないと」
冒険者の男は苦笑して、そう言った。
オリビアは気づいた。気づいてしまった。
――私はパスワードを解読できる。
オリビアはすぐさま家に帰ると勉強を始めた。《マジックボックス》のスクロールを買う金はない。自分で書くしかなかった。彼女は学び、ついにスクロールが書けるようになった。
オリビアは羊皮紙より安いパピルスにいくつもパスワードをかきこみ、小さく切ると、一つずつ、《マジックボックス》のスクロールに貼り付けてはスキルを発動した。
はじめはうまくいかなかった。どれを試しても「0」が表示されるだけだった。
街の名前、川の名前、人の名前を試していった。
魔法学校の教師の名前を書いてスクロールに貼り付けたとき、回路の最後の文字が変わった。
オリビアの心臓が強く打った。
「ア……アクティベイト」
彼女はスクロールを発動した。
《マジックボックス》には、高価なスクロールがいくつも入っていた……。
◇
オリビアは機械を操作している。ボタンを押すと壁に打ち込んだ文字が投影される。
壁には大きな《マジックボックス》のスクロールが貼り付けられており、パスワードを書く場所に文字が投影されている。オリビアは文字が更新されるたびにスキルを発動して、その回路の最後が「0」かどうかを見ている。
彼女の仕事は、いわば、窃盗である。
パスワードを総当たりで検証し、見つけたら、中身をくすねる。
くすねた商品は店で売る。
『文字通り【掘り出し物】販売』
《マジックボックス》のパスワードを忘れてしまった人や、パスワードを誰にも話さず死んでしまった人は多くいる。そういった人の荷物は、《マジックボックス》の中で永遠に眠り続けることになる。
それはいわば埋蔵金。オリビアはそれを掘り起こしているにすぎない。
ときどき生きている人の《マジックボックス》を開いてしまうこともあるがそれはご愛敬。
『迷惑かけるのはお互い様』
「発見」
オリビアはパスワードを書きとめる。今日見つけたのは五つ。まあ悪くない。
彼女は机に移動すると、『転写』スキルを使ってスクロールを書いた。《マジックボックス》を『転写』できる人間は王都でもそうはいない。彼女はスクロールを冒険者ギルドに卸す傍らこうやって博打的な仕事をしていた。
スクロールを書き上げるとオリビアはパスワードを書き込んでいく。
「なんだ、しょぼいなあ」
数枚の金貨、肉、美術品、一張羅などなど、一般人からすれば高価なものだが、オリビアにとってそれはよく見るものだ。ありふれている。
四つ目のパスワードまではそんないつもの商品が出てきただけだった。
五つ目。
「ouroboros」オリビアは文字を書き込む。「activate」
彼女は《マジックボックス》からものを取り出す。
コップ、よくわからない棒、普通の剣、金貨が何枚か、それに大きな赤白リボン。
そして……
「なんだこれ」
オリビアが最後に取りだしたのは真っ黒な鎧のようなものだった。人の左脚の形をしていた。膝まですっぽり収まりそうな形をしている。仄かに光っている。いくつか傷が入っていた。
鎧にしては、左脚だけでは足りなすぎる。売れはしないだろう。ただ素材はよさそうだった。
オリビアは自分の《マジックボックス》にそれをしまった。売れないもので、気に入ったものがあれば自分のものにしていい決まりになっていた。
その左脚の鎧が、魔術師たちがティンバーグから奪い去った〔魔術王の左脚〕だとオリビアは知らない。