新しい街
そうだ、あの少女は?
スティーヴンは彼女のもとに駆け寄った。腕が切り裂かれて大量の血があふれていた。もしかしたら回復系のスクロールが使えるかもしれない。一番高価なスクロールを思い出し『空間転写』する。オレンジ色のスクロールが目の前に現れ、今度は緑色の〈対象の選択〉が現れる。スティーヴンは少女の腕を選択した。
「アクティベイト」
オレンジ色のスクロールの影が消える。と同時に、少女の腕はきれいに治っていった。
これは自分の力なのだろうか、スティーヴンは一瞬そう思ったが、すぐに思い直した。おそらく騎士の誰かがスクロールを持っていたに違いない。そうでなければおかしい。どうして転写もしていないスクロールが効果を発揮する?
そんなわけはない。
騎士たちは予想通りすでに死んでしまっていた。少女は小さく息をしていたが意識は戻っていなかった。スティーヴンは少女を背負うと森を抜け、一番近い街へと向かった。
幸い、森の中でほかの魔物に遭遇することはなく、スティーヴンは一安心して歩みを進めた。
街に着くなり門番が少女の顔を見て慌て始めた。
「この方は、領主様の……。森へ魔物を狩りに行っていたはずですが他の騎士たちは?」
スティーヴンは首を横に振って言った。
「ブラッドタイガーに襲われて……それで、彼女だけが」
「ブラッドタイガー? と、とにかく領主様に知らせなければ」
スティーヴンは門番の一人に連れられて街の中に入った。通行料はいいのだろうか? と思ったが緊急事態だ、関係ないだろう。領主の城とみられる場所に通されて少女を預けた。領主はひどく取り乱していたが、医師が異常はないと判断するとほっと安堵の息を漏らした。
「君が助けてくれたんだね。ありがとう」領主はそう言った。
「いいえ、偶然近くにスクロールがあっただけです」きっと、そのはずだ。
「そうか、いや、それにしても命の恩人であることに変わりはない。どうかお礼をさせてほしい」
「いえ、そんな……」断ろうとすると領主の妻とみられる女性が言った。
「私からもお願いします。娘を助けてくれてありがとうございます。どうかお礼をさせてください」
スティーヴンは結局折れて、肯いた。
◇
すぐに騎士が派遣され、ブラッドタイガーが死んでいるのが確認された。近くに騎士たちの死体もあった。ただ、ブラッドタイガーを倒せるスクロールを持っていたという情報はなく、どうやってファイアストームが発動されたのか、どうやって回復魔法が発動されたのか、理由はわからなかった。
「君がやったのでは?」
「いいえ。ぼくは何も……。ダヴィト文字は読めませんし書けません」できるのは書き写すことだけだ。
「ふうむ」領主はうなった。
「まあいいじゃないの。料理を食べましょう」領主の妻がそう言った。
料理はとてもおいしかった。5年ぶりにまともな食事にありつけたような気がして、なんとなくほっとした。
「ところでどこかに行く途中でしたの?」
領主の妻は口を拭くと尋ねた。
「ええ。生まれ故郷の村に戻ろうかと思いまして」
「それは何か理由があって?」
「ええ」
スティーヴンは自分の身の上を話した。領主と彼の妻はいたく同情してくれた。
「それはひどい。よし。この街のギルドに紹介状を出そう。何、大したことはない。働き口を用意してあげよう」
「本当ですか!」
スティーヴンは立ち上がってしまった。
「あ、すみません」
「いやいやいいんだよ。娘を助けてくれた恩人だ。このくらいのことでは足りない。他に何かしてほしいことがあったらいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます!」スティーヴンは頭を下げた。
その日は宿を用意してもらった。カビ臭く無いベッドで眠るのも5年ぶりのことだった。