決戦3
騎士がスティーヴンを囲む。
彼らは剣を構える。
スティーヴンは目を閉じた。記録を参照する。
エヴァの住んでいたあの場所を正確に思い出す。
そこに『空間転写』する。
剣を振る音がする。
〈テレポート〉。
目をあける。スティーヴンは花畑の中に立っている。近くには大きな屋敷がある。囚われていた屋敷だ。
エヴァが屋敷に向かって歩いている。
「エヴァ!」
呼びかけると彼女は振り返り、スティーヴンの姿を認め、驚愕した。
「どうしてここがわかったのですか?」
「お前に連れてこられたからだ。未来にね」
エヴァは剣を抜いた。
「あなたが現れてから不運続きですよ。ええ。全く本当に。最初はエレノアでした。あの子はブラッドタイガーに殺されるはずだったのですよ。そうです。あなたが助けてしまったのです」
◇
城の外に出るとドロシーは走り出した。
魔族と戦っている間に騎士たちは臨戦態勢に入っていた。
彼らの包囲網は徐々に迫っている。
冒険者たちは騎士と戦闘をしている、が徐々に押されているのは明白だった。
騎士の数が多すぎる。まるで街にいるすべての騎士がここにいるかのように。いや、実際そうとしか思えない。魔術師のすることだ。エヴァは徹底している。
ドロシーは腰の袋からスクロールを取り出し封を開く。
〈対象の選択〉で、包囲網の薄い部分を選択する。
「アクティベイト」
光の輪ができると、騎士たちは逃げ惑う。
一瞬ののち、そこは炎に包まれた。
ドロシーは次のスクロールを開く。
消火する。
「そこから逃げて!」
ドロシーは叫ぶ。
ヒューが巨大な盾を持ったまま走り、包囲網の開けた場所に突っ込む。ほころびがさらに広がる。冒険者たちはそこを目指す。戦闘が激化する。
徐々に包囲網から逃げ出す冒険者が増える。
ドロシーもそこから走り出た。包囲網の穴を支えるのはAランク冒険者たちだ。
「全員出た! あなたたちも逃げて!」
ドロシーは叫ぶ。
ヒューや黒髪の剣士マリオン、リンダたちが戦闘をやめ、走りだす。包囲網のほころびが徐々に小さくなっていく。
「走るにゃ!」
リンダが叫ぶ。
Aランク冒険者たちが走る。向かう先は石でできた橋。
「#######」
テリーがその橋で騒いでいる。
見ると橋の上で冒険者たちが一塊になっていた。
騎士たちが橋の先に陣取っている。
橋の下は深い川が流れている。
後ろから追ってきた騎士たちが橋のもう一方をふさいだ。
冒険者たちは完全に四方を囲まれてしまった。
「まずいぞこれは」
ラルフはそう言った。
◇
スティーヴンはエヴァの方へと歩みを進めながら尋ねた。
「どうしてそんなことを?」
「あの子が邪魔だったのです。あの子は母親にべったりでしたから。記憶を書き換えようとも思いましたが、母親という立場は面倒なものです。いっそ殺してしまおうと思ったのです」
スティーヴンは彼女から少し離れた場所で立ち止まった。両手を強く握りしめた。
「そこにあなたが現れました。私は〈エリクサー〉を使うことができるあなたを手に入れようとしたのですよ。エレノアを使ってね。彼女の記憶を書き換え、あなたを心の底から手に入れようとする娘に変えました。たとえ身体をつかっても、ね。大胆だったでしょう。あの子はもともと静かな子だったのですけど、私の目的のために変わってもらいました」
心臓が早く打った。
許せなかった。
「どうしてそんなことができる! 人間をなんだと思っている!」
「私は目的のためなら何でもしますよ。何でも利用します。ドロシーのこともね」
スティーヴンは雷撃魔法を放った。
エヴァは剣で受け止める。
「危ないじゃないですか」
「ドロシーはお前を信用していた。なぜ彼女はお前なんかを」
「私がそう仕向けたのです。彼女が領主と私を信用するに至った経緯を知っていますか?」
――孤児の一人が私の日記の一部を火事の中で持ち出していたんだけどね
――日記に書いてあって、この街の領主とその妻だとはっきりわかる二人に
「日記を、書き換えたのか?」
「そう。正解です。そして記憶を書き換えた孤児の腕に日記をもたせたのです」
「どうしてそこまでする?」
「言ったでしょう? 利用できるものはなんでも利用する。ドロシーは洞察力の高さが面倒だったので根本から書き換えました。殺してもよかったのですけど彼女には利用価値がありました。面倒な洞察力が後々役に立つかもしれないと思ったのです。役には立ちませんでしたけど」
エヴァは笑った。
「私、物を捨てられない性格なのです」
「どうして街を破壊しようとする? 〔魔術王の右腕〕を手に入れるためだけに! 他の方法だってあったはずだ!」
「そこまで知っていたのですか。本当に何でも知っているのですね。ええ。初めはそんなつもりではありませんでした。領主とその妻、どちらかがその在処を知っていると思ったのです。しかし、どちらも知りませんでした。何代か前にその記憶は失われてしまったようなのです。伝承が途絶えてしまっていました」
エヴァは悔しそうに下唇を噛んだ。
「私は何度も領主の妻の記憶を見ました。彼女が正当な後継者だったからです。しかし、彼女は何も知りませんでした。私は怒り、彼女の記憶を消して部屋に幽閉しました。毎日わめいていてそれはそれはうるさかったですよ。エレノアが部屋に入ると黙りましたが。やっぱり記憶を失っても自分の子供だと分かるのでしょうか」
彼女は本当にわからないと言ったように首を傾げた。狂っていると、スティーヴンは思った。この女は狂っている。
「おまえ、人間じゃないだろ」
「いいえ。私は人間ですよ。れっきとした。どうしても〔魔術王の右腕〕がほしいだけのただの人間です。私はそれを手に入れるために領主の妻に成り代わりました。街の人間すべての記憶を書き換えました。大変でしたよ。でもおかげで私は領主の妻になり、街の隅から隅まで調べることができました。騎士たちを使って。私の命令だけを聞くように騎士たちの記憶を書き換えました。しかし、見つからなかった」
エヴァは剣に触れた。真っ黒な剣が太陽の光を反射した。
「だから、街を掘り返そうと思ったのです。そうすれば愛しい〔魔術王の右腕〕が見つかる。そう思ったのです。他のものが失われるのはもったいなかったですが、〔魔術王の右腕〕に比べれば些細なものです」
些細だと?
スティーヴンはエヴァをにらんだ。
「あの街はぼくがぼくを見つけられた初めての場所だった!」
スティーヴンは氷結魔法を使う。エヴァは剣でしのぐ。
「ぼくがぼくでいいと思えた初めての場所だった!」
スティーヴンは雷撃魔法を撃つ。防がれる。
「お前に壊されてたまるか!!!」
スティーヴンは駆け出す。
エヴァはぎょっとして、剣を構えた。
何度も死んで来た。
自分を殺したこともあった。
痛みなんて、街を守ることに比べたらなんでもない。
スティーヴンは腕を振り上げた。
エヴァは恐怖に顔をゆがめて剣を振った。
腹が裂かれる。
血が噴き出して花を染める。ぼたぼたと落ち、地面が真っ赤になる。
「さようなら、エヴァ」
スティーヴンはエヴァの頭をつかんだ。
スキル『記憶改竄』
エヴァの記憶をすべて抹消した。
エヴァは倒れた。
スティーヴンはしゃがみ込み血を吐き出す。
「ア、アクティベイト」
〈エリクサー〉が発動して、傷がふさがる。痛みが消える。
口の中が血であふれている。何度もせき込んで吐き出した。
まだ仕事は残っている。
スティーヴンはドラゴンの剣を手に取った。彼女が目を覚ます前に。
スティーヴンはエヴァの胸に剣を突き立てた。
◇
同じ頃、冒険者を追い、橋を包囲していた騎士たちが倒れた。冒険者たちは呆然とその様子を見ていた。
騎士たちは目を覚ますと、頭を押さえ、首を振った。
「どうして俺たちは冒険者を追い詰めようとしていたんだ?」
彼らは皆自分の行動がどうして起きたかよくわかっていなかった。
ドロシーがへたり込んだ。彼女はすべてを理解した。
「やったのね、スティーヴン」
冒険者たちは橋の上で勝利に喜び合った。
◇
剣の交わる音がする。
エントランスホールで戦い続けていたマーガレットと赤髪の男は、地面に降り立った。
静寂の向こうで冒険者たちの歓声が聞こえる。
「どうやら騎士たちが記憶を取り戻したらしい」
マーガレットが言うと、赤髪の男は剣を下した。
「あ? じゃあ俺の雇い主が死んだってことじゃねえか」
彼は「ふざけんじゃねえよ」と言って剣を鞘に戻した。
「これ以上戦う理由はねえな。俺はお暇させてもらうよ」
「お前は何なんだ?」
「ただの傭兵だよ」
「どうしてそれほどの腕がありながら傭兵なんかやっているんだ? お前なら騎士にだってSランク冒険者にだってなれただろう」
赤髪の男は笑った。
「腕があるから傭兵をやってんだよ。名誉なんてクソくらえだな。それに……」
「それに?」
彼は言った。
「それに、俺にそんな資格はねえ」
赤髪の男はスクロールを開いた。
マーガレットは尋ねた。
「お前、名前は?」
赤髪の男は答える。
「ブラムウェル・ワーズワース」
「なに!?」
「アクティベイト」
ブラムウェルはスクロールを発動させた。
彼は転移した。
マーガレットだけが、その場に残った。
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