スキル『記憶改竄』
視界が開ける。洞窟の中から出てくるところだった。
「ふう。今日はらくちんだったにゃ」リンダはそう言うと、スティーヴンに絡みついた。
「仕事早く終わらすにゃ。酒場で待ってるにゃ」
スティーヴンは立ち止まった。リンダは眉間にしわを寄せた。
「どうしたにゃ?」
振り返るとそこは最後に来たダンジョンだった。初心者用ダンジョン。マップの更新に来た場所だ。
ずいぶん前に。
ここがすべての分岐点のような気がする。この直後にドロシーがやってきて、その翌日にマーガレットがやってくる。重要な人たちはここからそろっていく。
スティーヴンはリンダに言った。
「ちょっといいですか?」
そう言って彼はリンダの頭に触れる。
「何にゃ?」
スティーヴンはある可能性を感じていた。
――ユニークスキル『記憶改竄』をセーブしました。
エヴァを殺した時に聞こえたあの声。その意味するところは何なのか。
スティーヴンはスキルを発動しようとした。
――ユニークスキル『記憶改竄』を発動します。
その時、リンダの記憶が流れ込んできた。
スティーヴンに関する直近の記憶が目の前を走っていく。
記憶の海。
様々な記憶の中で、スティーヴンは見つけた。箱が浮かんでいる。厳重に記憶を閉じ込めた箱が。
スティーヴンはその箱に近付いて手を触れた。簡単に箱は開いて、記憶が飛んでいき、元あった場所に張り付いた。
スティーヴンはリンダから手を離した。
「どうですか?」
「どうって……何にゃ?」
「何か思い出すことってありませんか?」
「まだわからないにゃ」
「そうですか……」
スティーヴンはヒューや他のパーティにも同じことをしたが、皆わからないといった。おそらくドロシーがやってくればわかるだろう。
◇
ギルドに戻り、マップを更新する。4回目の作業だったが、いつもと変わらない。
マップを書き終わり賃金をもらうと、スティーヴンはリンダたちのもとへ戻らず、ギルドの入口近くに陣取った。ここからならギルド全体を一望できる。入ってきた人物もすべてわかる。
しばらくたっていると、リンダが近づいてきた。
「なにしてるにゃ、スティーヴン?」
「人を待っているんです」
「誰にゃ?」
「ドロシーです」
「ああ、あのシスターかにゃ」
スティーヴンは目を見開いて、それから安堵のため息をついた。
スキルは発動している!
リンダは自分の言葉に怪訝な顔をした。
「あれ、シスターだったかにゃ?」
そう言って彼女が首を傾げていると、ギルドの入口から一人の女性が入ってきた。
「ヒューという冒険者はどこお!」
ドロシーだ。
ぼさぼさの髪、よれよれのローブ、そばかすのある顔、すべてがあの日のままだった。エルフ特有のとがった耳は髪に隠れている。
スティーヴンは飛び出し、彼女の後頭部に手を当てて、スキルを発動した。
『記憶改竄』
彼女の記憶が閉じ込められている箱から、すべての記憶を取り出す。
ドロシーはひざから崩れ落ちた。
「スティーヴン! なにしたのにゃ!」
リンダがドロシーに駆け寄った。
「記憶をもとに戻したんです」
「記憶?」
「じきに意識も戻ります」
ドロシーが目を覚ました。
「うーん……」
スティーヴンはしゃがみ込むと、彼女と目を合わせる。
「ドロシー」
「あなた誰?」
「ぼくはスティーヴン。君の記憶をもとに戻した」
スティーヴンがそう言った途端、ドロシーは目をかっと開いて後ずさった。
「あなた、魔術師なの!?」
「違う。記憶をたどれば違うと分かるはず」
ドロシーは額に手を当てた。
「わからない……記憶が混濁してて何が正しいのかわからない」
「何をされたのかを思い出せばいい」
「何をされたのか?」
ドロシーは立ち上がったが、ふらついている。
「あなたが魔術師じゃないのはわかったわ。でも……」
ドロシーは目を瞑った。
「ちょっと考えさせてほしい」
彼女はふらふらとギルドを出て行こうとした。
「明日このギルドに来てほしい。必ず」
スティーヴンはドロシーの後ろ姿に声をかけた。
◇
その夜、スティーヴンは皆の誘いをうけ、酒場に向かった。
酒場は冒険者でにぎわっていた。
スティーヴンはリンダたちと一緒の席につき、水を頼んだ。
「明日はこの街にとって重要な日です。Sランク冒険者も加勢してくれます」
「Sランク? そんなつてがあったのかにゃ?」
リンダが尋ねた。
「前のギルドにいたSランク冒険者が来てくれるんです。どうやら彼女はぼくの作ったマップが欲しいようなのです」
「そいつ本当にSランクなのか? 前のギルドはひどいところだったと聞くぞ?」
マリオンは怪訝な顔をして尋ねた。
「前のギルド『グーニー』はひどいところでしたよ、でも彼女がSランクになったのは別のギルドで、ですから」
「なんにせよ、Sランクがいるのは心強いな」
ヒューはそう言って頷いた。
そのとき、エレノアが酒場に現れた。スティーヴンは彼女のもとに向かう。
「約束はどうしたの、スティーヴン」
「エレノアさん、聞いてほしいことがあります」
彼女は何か言おうとしたが、スティーヴンの真剣な表情を見ると、その言葉を飲み込んだ。
「なに?」
スティーヴンはエレノアにあることを言った。
「え?」
「このことは内密にしてください。もちろん家族にも。領主様には明日、ぼくから告げます。とにかく、エレノアさんは安全な場所に隠れていてください、明日どうなるか全くわからないので」
彼女は逡巡したが、頷いた。
「分かったわ。秘密にしておく」
そう言うと彼女は酒場を出て行った。おそらく明日隠れる準備をするのだろう。
彼女を魔術師との戦闘に巻き込みたくない。
いや、それは街の人間も同じだ。
誰も巻き込ませない。
◇
翌日。
「スティーヴンというマップ係を探している!」
マーガレットがやってきた。
スティーヴンはマップ係の仕事をせず、受付の近くで彼女を待っていた。
「お久しぶりです。マーガレットさん」
スティーヴンはそう言った。本当にそんな気がした。この数日、と言っていいのか定かではないが、過ごしてきた時間は濃密で、とても長く感じた。
マーガレットは距離を詰めてきた。頭一つ分高い位置から、視線が下りてくる。
彼女はスティーヴンの手を取ると言った。
「私はマーガレット・ワーズワース。ギルド『グーニー』から君を追いかけてきたんだ。他のギルドも回ってようやく君を見つけたよ」
彼女はそう言うとさらに顔を近付けた。空色の髪がスティーヴンの頬をくすぐった。
「私専属のマップ係になってくれ! 君のマップは素晴らしい。ダンジョンの中で〈テレポート〉を使っても道に迷わないくらいに」
スティーヴンは一歩後ずさると言った。
「マーガレットさん。早急に行いたいことがあるんです」
「なんだ? 協力しよう」
その清々しい解答にスティーヴンは小さく微笑んだ。
「ダンジョンが成長している問題についてです」
「ああ、君も気づいていたのか。そうなんだ。この近くのダンジョンも成長している。なぜかはわからないが……」
「理由はわかっています」
スティーヴンの言葉にマーガレットは驚いた。
「なに?」
「これから領主様のところに行って話をしてきます。一緒についてきてくれませんか?」
「あ……ああ。いいだろう」
そのとき、ドロシーが冒険者の間から現れた。
「ドロシー来たね」
ドロシーはスティーヴンのそばまでくると目をじっと見て言った。
「記憶の整理をした。けど、うん。私はあなたを信じることにする。話は聞いてた。私もついていく」
「お願い」
スティーヴンはリンダたちパーティにも声をかけて、領主のもとへと向かった。
◇
領主の城につくと、ホールで領主夫妻が出迎えてくれた。周りには騎士たちが控えていたが、微動だにしない。
「やあ、スティーヴン。何か用かね?」
領主はそう言って微笑んだ。
スティーヴンは微笑みを返して言った。
「突然すみません、領主様」
そして、スティーヴンは領主の妻を見た。
「それから、エヴァさん、あなたに話したいことがたくさんあります」
領主は怪訝な顔をした。エヴァは不敵な笑みを浮かべた。
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