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エヴァ

 広い庭に東屋ガゼボがある。あたりには花が咲き乱れている。

 近くに大きな建物があって、窓からメイド達がせかせかと働いているのが見える。

 東屋ガゼボに備え付けられたテーブルとベンチ。そこに一人の女性が座っていた。

 ここは彼女の家で、庭も何もかもが彼女の所有物だった。


「エヴァさん」


 スティーヴンはそう言って女性に近付いた。彼は手にトレイをもっていて、その上に紅茶が乗っていた。エヴァと呼ばれた女性は本から目をあげると彼を見た。


「ああ、ありがとうございます」


 彼女はスティーヴンがテーブルに置いたカップを手に取ると口をつけた。


「そこに座ってください、スティーヴン」


 彼女は言って、向かいの席を指さした。スティーヴンは言われるがまま座る。


「ある街で起きた事件について知っていますか? 街が魔物の軍勢に覆いつくされたのです」

「いいえ、知りません」


 スティーヴンはぼうっとして、そう答えた。本当に知らなかった。記憶は完全に消されていた。


「仕方のない事件でした。近くにある村は難を逃れたのですが、街は完全に耕されてしまいました」


 そう言って、彼女は微笑む。


「私が起こしたのです」


 スティーヴンは一度驚いたが、頭を下げた。


「お見事です、エヴァさん」

「どうして、私が街を襲ったのか、聞きたくありませんか?」


 スティーヴンにとってはどうでもよかったのだが、命の恩人の言うことだ、聞いておこうと彼は頷いた。スティーヴンの記憶は書き換えられていた。エヴァが命の恩人だと思い込むように。


「これです」エヴァは言った。


 箱に入ったその右腕は、真っ黒だったが、ほのかに光っていた。腕にはいくつもの傷が入っている。筒のようになっていて腕が入れられそうだった。


「なんですかそれは」

「〔魔術王の右腕〕です。私はずっとこれを探していたのです」


 スティーヴンはそれが何なのか聞かない方がいい気がした。その代わりに尋ねた。


「街を破壊しなければ手にできなかったのですか?」


 エヴァはため息をついた。


「本当は破壊するつもりなどありませんでした。初めは領主夫妻に、次にその娘に尋ねましたが、彼らは全く知らなかったのです。存在すら知りませんでした。あの土地に封印されていたのは確かなのに。私にとっても街を破壊するのは苦肉の策だったのです」


 彼女は続けた。


「これを聞いて、何か思い出すことはありませんか?」


 唐突な質問に、スティーヴンは面食らって一瞬口を閉じたが、首を振ってこたえた。


「いいえ。何も」

「そう」


 それはよかった、スティーヴンにはそう聞こえた。


 ◇


 スティーヴンは庭の手入れをしていた。花は彼の懸命な仕事により美しく咲き誇った。

 エヴァはものを捨てられない性格で、家の中は彼女が言うコレクションであふれかえっていた。魔術用具やスクロールがたくさんあった。それを整理するのもスティーヴンの仕事だった。

 彼は仕事を終えると、エヴァと話し、自分の部屋に戻って眠った。



 そんな日々が何日か続いていた。

 スティーヴンは夜眠れなかった。何かが引っ掛かっていたがそれが何なのかわからなかった。過去はすべて改ざんされていた。幼少期からどこかの村で育ち、近くの子供と遊び育った。大きくなって、村が襲われ、そこにエヴァが現れ救われた。


 そういうストーリーになっていた。


 記憶に欠落はない。細かい部分までも作りこまれていた。

 例えば隣に住んでいたおばさんの名前とか、畑に植えた作物の種類とか、魔物が襲ってきたとき誰が村で対処していたとか。


 記憶の欠落はない、なのに心がそれを否定していた。何かを思い出そうとしていた。思い出さなければいけないという焦燥感にとらわれていた。


 しかし何を?


 もやもやとした思いが頭をめぐり、眠れない。

 そんなある日。


「おい、起きてるか?」


 スティーヴンは、ばっ、と体を起こした。窓の方を見るとひとりの男が立っていた。


「久しぶりだな、スティーヴン」


 そこには赤髪の男が立っていた。



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