救出
目を覚ますと、ギルドのそばにある路地裏だった。そばには物乞いが座っていて、心配そうにスティーヴンを見ていた。
「大丈夫かい若いの」
「いてて、大丈夫そうに見えますか?」
スティーヴンはあごに触れた。少しだけ腫れている。骨が折れていないといいが。彼はそのまま空を見上げた。路地裏からの空は狭かった。
仕事を失ってしまった。しかもこんな形で。いつかスクロール係になれると思っていたのに。新しいマップ係? ふざけるな! スティーヴンはうなだれた。
「この先どうしたらいい」
「ギルドをクビになった若者は大概、自分の村に帰るだろうな。もしくは私のようにこの街に寄生するかだが」ひゃひゃと物乞いは笑った。
村に戻る、か。
村に戻れば牛の世話だったり作物の栽培だったり何かしら仕事をもらえるだろう。冒険者としてやっていけなかったと言おう。うまくランクが上がらなかったと。嘘を吐くのは嫌だったが背に腹は代えられない。
スティーヴンは立ち上がると物乞いの男に礼を言った。この人の顔を記録しておこう。いつか助言をくれた恩を返せるかもしれない。スティーヴンはユニークスキルを発動して、彼の顔を心に焼き付けた。
宿に戻り荷物をまとめるとスティーヴンは食料を買い、街を出た。ここから村までは歩いて一週間かかる。地道に行こう。
二日間歩き続けた。野宿をして、魔物よけの草を撒き、木に背をもたせかけて眠った。村に戻るには森を抜ける必要があった。森の中は魔物が多く危険だったのでなるべく早く通り過ぎたかった。5年前街に来た時は冒険者を雇ったが今の彼にそんな金はない。
駆け足で坂を上っている最中に女性の悲鳴が聞こえた。スティーヴンはびくっと体を縮ませた。声は坂の上の方から聞こえてきた。近くで魔物に襲われている人がいる。彼は心ばかりのナイフを手にし、走って悲鳴の方へと向かっていった。
見えた。
女性が一人腕から血を流して倒れていた。その周りには三人の騎士が倒れている。皆首を鋭利な刃物で切り付けられたようで死んでいる。悲鳴を上げているのは少女で、その視線の先で巨大な魔物が威嚇している。ブラッドタイガー、確かそんな名前だ。体長は大人二人分を超す。しなやかな体で俊敏に動いてはその両手についた鋭利な爪で人を襲う。
ブラッドタイガーは様子をうかがっているようだった。どこからどう切り裂いてやろうか考えているようなそんな動きをしている。
そうだ。
スティーヴンはユニークスキル〈記録と読み取り〉を使い、攻撃系魔法の棚で最上段にあったスクロールを思い出す。その後、スキル『空間転写』で表示したスクロールを地面に書こうとした。
しかし『空間転写』を発動した瞬間、目の前が真っ赤になり、〈対象の選択〉が発動した。スティーヴンはこの感覚を知っていた。初めてギルド『グーニー』の写本係の部屋で攻撃系魔法のスクロールを開いたときと同じだ。
スクロールが発動しようとしている?
まだ書いていないのにどうして?
騎士の誰かがスクロールを開いたまま死んでいるのか?
疑問だったが時間がない。
〈対象の選択〉で、ブラッドタイガーを選択。
後は禁断の言葉を叫べばいい。
写本係の部屋では禁句だった言葉。これを言ってしまえば、すべてのスクロールが発動してしまう。だから言うなと何度も上司のフレデリックに言われていた。
その言葉は
「アクティベイト!」
瞬間、ブラッドタイガーを炎の渦が包み込んだ。奴は恐れおののき、身を焼かれる苦痛で地面を転がった。ブラッドタイガーはしばらくそうして炎に逆らっていたがついに動かなくなった。
「やったのか?」
スティーヴンはただ茫然としていた。