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魔術師の狙い

 スティーヴンは村人たちを安心させるために教会の前に座ってあたりを見回していた。子供たちは教会の中に入っている。農地を耕していた村人たちは働きながらもちらちらとスティーヴンを見ている。


 村人と視線が合うたび手をあげて挨拶をしていたが徐々に煩わしくなってきてやめた。


 日が暮れてきた。村人たちは家へと戻り、夜の準備を始めた。

 スティーヴンも教会の中に入り、食事の準備をする。

 子供たちはパンとスープにがっついて騒いでいる。


 と、地下室からドロシーが出てきた。〈テレポート〉を使ったのだろう。慌てた様子だったが、子供たちを見ると咳払いをして、言った。


「騒がない!」


 ◇


 子供たちを寝かしつけてから、スティーヴンとドロシーは地下室に降りた。蛍光石のランプでわずかにお互いの顔が見える。


 ドロシーはやっと言えるとでも言いたげに顔を輝かせて言った。


「全部つながった!」


 何の話か全く分からない。スティーヴンは何が? と尋ねる前に今日の報告をした。


「こっちは村にオークキングがやってきて大変だったよ」

「でもあなたが対処したんでしょ……待って、オークキング?」

「近くにダンジョンができていた。もし街の襲撃があったら、この村も危ない」


 ドロシーは下唇を噛んで思案顔をしていた。

「そんな。街まで結構な距離があるのに。でも街に向かうからこの村は安全? いいえそうとも言い切れない」


 ぶつぶつとドロシーが言っている。スティーヴンはまた始まったと呆れた顔をした。


「街を襲うのはわかっているけど、でも街だけを襲っているかはわからない。村も他の街も襲われているかもしれないじゃないか」

「いいえ。襲われるのはあの街だけ」

「どうしてそう言い切れる?」


 スティーヴンが尋ねると、ドロシーはあたりを見回して、何も書いていない羊皮紙を取り出し、台の上に広げた。大きな羊皮紙はマップを書くためのものに似ていた。

 ドロシーは羽ペンをインクに付けると勢いよく書き始めた。


「いい、まず私たちは魔術師が何のためにあの街にいるのか、何をしようとしているのかわからなかった」


 ドロシーはスラスラと文字を書いていく。


「そこで、さらにダンジョンの急成長が始まった」


 次の段落に文字を書く。


「でね、ダンジョンを急成長させる魔法はないんだけど、禁術魔法で、〈時間促進〉ってのがあって、これを使うと、ダンジョン内の時間を早めることができるの! 成長はさせられないけど時間はすすめられる。つまり、ダンジョンを数分で急成長させられる! なんで私忘れてたんだろう」


 ドロシーは文字を書いていく。


「ねえ、ちょっといい?」


 スティーヴンは尋ねた。


「なに今話してるんだけど」

「ぼくは文字が読めない」


 そう言った瞬間、ドロシーは信じられないといった顔をした。


「スクロール読めるんでしょ!?」

「ぼくはスクロールを暗記しているだけだ。それも内容を全部読めてるわけじゃない」


 ドロシーはスティーヴンをにらんだ。

 羊皮紙をぶん投げた。


「じゃあ羊皮紙なしで話を続ける。とにかくね、魔法によってダンジョンは急成長させられる。魔術師がやっているのよ。ここまでいい?」


 スティーヴンは頷いた。ドロシーは羽ペンを置いて、立ち上がった。


「で、問題はそのあと。あなたが未来で見たように、どうして街を襲ったか。どうしてあの街だけを襲うのか」

 ドロシーは深呼吸をしてから言った。


「どうやらあの街、〔魔術王の右腕〕ってものを封印しているらしい。びっくりでしょ?」

「魔術王?」

「そう。伝説にある魔術王」

「何それ聞いたことない」

「はあ?」


 ドロシーはまた驚愕した。


「あなた知ってることと知らないことの差が激しすぎる。よくそれで生きてこれたね」

「うるさいよ」


 無知なのは知っている。黙っててほしい。


「魔術王ってのがいたのよ。よく、その、子供のころに聞かされる物語があるでしょ? 冒険譚よ、冒険譚。勇者がいて、魔術王を倒すの。知らない?」

「しらない」


 ドロシーは小さく舌打ちした。少しだけ軽蔑の色が浮かんでいた。スティーヴンは眉間にしわを寄せた。

 ドロシーはため息をつくと言った。


「まあいいわ。とにかく重要なのは、魔術師はこれを狙っているってこと。手に入れるだけで相当な力を手に入れられるって話。魔物を使って街を耕して見つけるつもりみたい」

「だからさっき村は襲われない、街だけを襲うって言ったのか」

「そう。これで、ダンジョンの成長が人為的だった理由も、街が襲われる理由もわかった。街にいる魔術師が何をしようとしているか、もね。全部つながった!」


 スティーヴンはようやく理解した。


「じゃあ、魔術師を止めれば」

「襲撃は止められる!」


 ドロシーは目を爛々と輝かせて言った。

 スティーヴンはしかし、表情を曇らせて言った。


「でも誰が魔術師かわからないじゃないか」

「そうなんだけど、ねえ、何かヒントになりそうな人とかものとか思い出せない?」


 スティーヴンは記録を見返した。しかし何も思い出せなかった。

 いや。


「赤い髪の男?」

「誰それ?」

「低い声で目に傷のある騎士。この教会を襲うときに扉を粉砕した男で、街の襲撃後に毒をばらまいた奴でもある」

「そいつが魔術師かどうかは怪しいけど、でも糸口にはなりそう」


 ドロシーはそう言うと、にっこりと笑った。


「そいつ、この教会を襲ってくるって言ってたよね?」


 スティーヴンは頷いた。


「捕まえて尋問しないとね」


 彼女は深い笑みを浮かべた。スティーヴンはぞっとすると同時に何か懐かしい感覚に襲われた。


「騎士たちは話せばわかるんじゃない?」

「本当にそう思う? 私は、騎士たちは魔術師に記憶を書き換えられていると思うけど?」

「それでも心の芯は騎士じゃないか」


 ドロシーは鼻で笑って首をふった。


「もしも愛する人を殺した相手って記憶に書き換えられたら、騎士でも自分を忘れるはずよ。いい? 人間ってのはね、感情の動物なんだよ。記憶を操作して、感情を操作したら、人間なんて簡単に動かせる。騎士道なんてうわべなんかすぐに取っ払えてしまうんだよ」

「もっと人間は強いものだと思う。騎士ならなおさら」

「脆いよ。脆い。誰だって」


 そう言ってドロシーは寂し気に微笑んだ。


「私だって」


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