ドロシーの行動理由
スティーヴンは驚いてドロシーを見た。一瞬騙されたのかと思った。
「ぼくがここにいることがばれても大丈夫なの?」
「だって、私に誘拐するように言ったのはこの二人だから」
スティーヴンは頭が回らなかった。
だとしたら二度目のループの説明がつかない。あの時誘拐されなかった理由はなんだ?
「ドロシー、ギルドに来てから酒場に来るまでの間に何をしていたか話してくれない?」
「え? あの後騎士たちに話を聞いて回って、そのあとこの二人に話を聞いたら誘拐するように言われたの」
そうか、ドロシーが領主に話したのか。領主はそこで初めて行動した。だから二度目の出口のないループでは誘拐されなかったんだ。あの後Sランク冒険者マーガレットとずっと行動を共にしていたのも理由だろう。ギルドマスターが言っていた。
――マーガレットと言ったな。スティーヴンをたのむ。
さらにあの時すでに街は緊急事態にあった。スティーヴンの力が必要だった。
領主は苦笑いをしてから言った。
「誘拐とは人聞きが悪い。ただ、話を聞くとどうやら君ひとりでいるのは魔術師を相手と考えると危険だと思ってね。ドロシーに匿ってもらうことにしたんだよ。君が魔術師の手に渡るのは非常にまずい」
「でも、ドロシーはぼくのことを幽閉してスクロールを書かせようとした!」
領主はため息をついて、ドロシーに非難の視線を送った。
「ドロシー……」
「匿っているだけじゃお金がかかるの! その分働いてもらわないと!」
「何も幽閉することないだろう」
「私は誰も信用していなかった。あなたたち二人を除いては」
領主夫妻はまた、ため息をついた。
スティーヴンは尋ねた。
「ドロシー。どうして二人は信用できる?」
「話は長くなるんだけど、まずね、もともとこの教会は街の中にあったの。でもある夜、大きな火事があって教会は崩れてしまった。仕方なく、ここに移ったの。でもその時問題が発生した」
「なに?」
領主が言葉を継いだ。
「ドロシーの記憶が改ざんされたんだ。ドロシーだけじゃない教会内にいた全員、それに教会のそばにいた人物が記憶を変えられていた」
「火事はね、本当は昼にあったの」
スティーヴンは眉間にしわを寄せた。
「え? それだけ? 記憶を変えられたのはそれだけ?」
「私も最初そう思った。けど違かった。孤児の一人が私の日記の一部を火事の中で持ち出していたんだけどね、私には日記をつけていた記憶がないの! その存在を知らないの!」
「日記?」
「私の日記には様々な街のことが書いてあった。多分、その日記が、記憶を改ざんするうえで邪魔だったんだとおもう。日記と記憶の食い違いに私は気付いたんだと思う。だから日記を燃やされて、記憶を書き替えられた」
ドロシーは続ける。
「私は途方に暮れた。どうしたらいいのかわからなかった。だから二人に助けを求めたの。日記に書いてあって、この街の領主とその妻だとはっきりわかる二人に」
領主はスティーヴンを見て言った。
「私たちは教会をこの場所に移し、魔術師の目から遠ざけた。子供たちもね。そして君もだ、スティーヴン。この場所は安全だよ。今日は君の姿を見に来たんだ。エレノアは寂しがっているよ」
それを聞いた瞬間、スティーヴンはあのシーンを思い出した。エレノアが首を切られる瞬間だ。
「領主様。街に危険が迫っています!」
「ああ。ギルドマスターから報告を受けたよ。Sランク冒険者のマーガレットさんがやってきてその事実を伝えたと。それに今ドロシーからも話を聞いた。何とかしなければ」
◇
領主たちが帰った後、ドロシーは用事があるからと転移魔法で村を出て行った。
スティーヴンは教会から出て村の様子を眺めていた。
子供たちが遊んでいる。
村人たちは額に汗して働いている。
と、突然、森の方から咆哮が上がった。
スティーヴンは身構えた。目を凝らすと、何か軍勢が、森の方から村にやってくる。
村人たちは悲鳴を上げて、教会に駆け込んできた。
スティーヴンは人の流れに逆らって、森の方へ向かう。
軍勢の先頭にはオークキングがいた。奴はオークたちを連れて、村に襲撃を仕掛けてきている。
以前にもこんなことがあったのか? わからない。
もしかするとオークを狩ったために起こったことかもしれない。
スティーヴンは魔法壁を展開した。
オークキングもろとも、オークの軍勢は壁にぶつかり跳ね返った。
スティーヴンは追い打ちをかける。
〈ファイアストーム〉を何度もうち、オークの体力を削る。
オークたちは真っ黒な塊になって死んだ。
スティーヴンは教会の扉を開いた。
一瞬悲鳴が上がったが、スティーヴンの姿を認めた村人たちはほっと息を吐いた。
「大丈夫です。オークたちは倒しました。もう危険はありません」
村人たちは立ち上がり、スティーヴンをたたえた。
「ありがとう」
「村の恩人だ」
子供たちが足にまとわりついてきた。
村の危機はこうして去ったが、スティーヴンには気がかりなことがあった。彼は森に向かい、そして、それを見つけた。
村から遠く離れていない場所にダンジョンが作られていた。
もし、街への襲撃があった時、ここからも魔物があふれてくるのではないか?
……村が魔物に飲まれてしまう!!
スティーヴンはその場所を記録した。
◇
そのころ、ドロシーは『シャングリラ』のある街とは別の街に来ていた。彼女は図書館に向かい、調べものをしていた。
「何か見つかったかい?」
店主は小太りの老人で、白い口髭を生やしていた。頭はつるりとハゲていた。
ドロシーはちょうどその部分を見ていた。
重要な部分を。
「ええ。ありがとう」
ドロシーはそう言うと本も閉じず慌てて、店を出て行こうとした。
と、店に入ろうとしていたローブの人物に肩をぶつけてしまう。
「ごめんなさいい」
ドロシーはぺこぺこと頭を下げるとそそくさと立ち去った。
ローブを着てフードを目深にかぶったその人物は店に入ると店主に尋ねた。
「今の女性が見ていた本は?」
「ああ、その本だよ」
ローブの人物は開いてあるそのページを見ると、舌打ちをした。
その人物は店主に近付き、片手を店主のハゲた頭に置いた。
「おい、なにを……」
店主は気を失った。
ローブの人物は本のそのページを破るとくしゃりと丸め、懐に入れた。
その人物は店を後にした。
しばらくして、店主は目を覚ました。
「ああ、眠ってしまった」
彼は店じまいをした。
「今日は誰も来なかったな」
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