改竄
翌日、スティーヴンはドロシーに連れられて外に出た。
階段を上り、扉をくぐりぬけて地下室から地上に出る。
崩れ落ちていない教会内部は初めて見る。大きな像などはない。石造りの建物で、窓から光が注いでいる。椅子ではなくベッドが何台もある。いくつかは使われていて、けが人や病人が臥せっている。
ドロシーが言った。
「彼らを〈エリクサー〉で治して」
スティーヴンは言われた通り、一人ひとり〈エリクサー〉をかけていった。病人もけが人もみるみる体調がよくなり、起き上がれるようになった。目を失ったものも光を取り戻した。
「神の奇跡だ」
「ありがとう! ありがとう!」
病人たちは口々にそう言ってドロシーとスティーヴンに礼を言った。スティーヴンは騎士たちを思い出した。ちょうどこの教会で怪我をした騎士を助けたのだった。その元凶は今隣にいるドロシーだ。スティーヴンは彼女を見た。
「これでいい?」
ドロシーは首を振った。
「まだよ」
ドロシーは教会の外に出た。いくつかの家と畑が広がっている。働いている人は皆貧相で、食事をろくにとっていないように見えた。遠くに森が見える。緑がかすかにざわめいている。
「作農がうまくいっていないの。食事が十分にとれないのよ」
「作物を生やせっていうの?」
「ちがう。魔物の肉を取ってきてほしい。あなたならできるでしょ? 無詠唱魔法使えるんだから」
スティーヴンは、これはただの使い走りではないかと感じていたが、ドロシーについて知るためだと腹をくくって、森へと向かった。
森に入ってしばらく歩くと、オークの群れに出遭った。豚の頭にでっぷりとした体がついている。斧を持っていた。どこかの村から盗んだのだろうか。
スティーヴンはスクロールを『空間転写』した。
◇
スティーヴンは村の中心に向かった。そこにはドロシーが立っていた。
「早かったね。それで、魔物は?」
「マジックボックスに入ってる」
スティーヴンは、マジックボックスから三体のオークの死体を取り出した。
「さすがね。それに、逃げずに戻ってきてくれてありがとう」
「もし逃げてたらどうするつもりだったの?」
「逃げても行く先なんてあの街以外にないでしょ?」
その通りだったので、スティーヴンは苦笑した。
その夜、村はお祭り騒ぎになった。オークの肉なんてそうそう食べる機会がなかったのだろう。倒せる人間もいなかったように見える。
村の真ん中で大きな火を焚いて、肉を焼いている。香ばしいにおいがあたりに漂う。
村人たちは皆、肉汁のしたたるオークの肉にかじりついていた。子供たちも幸せそうな顔をしている。
スティーヴンはその様子を記録するとドロシーの隣に座った。
「これで信用してくれた?」
「そうね。逃げなかったのが決め手」
ドロシーは微笑んで、村人たちを見ている。
「そう言えばあの口調は【コレクター】の時だけやってるの?」
「ああ。こういうやつねえ。語尾を伸ばしてバカを演じてたの。だまされた哀れな【コレクター】をね」
「だまされたって?」
ドロシーはスティーヴンに視線を向けた。
「あの街には魔術師がいる。しかも、その魔術師は人の記憶を操ることができる」
「え?」
「信じられないかもしれないけど、そういうユニークスキルを持った魔術師がいるのよ。ただ、誰が魔術師なのかも、どうして人の記憶を操っているのかもわからない。悪意があるのは確かよ」
ドロシーはふっと息を吐いて続けた。
「私は、だから、あの街では数人を除いてだれも信じられなかった。もちろんあなたもね。だって魔術師かもしれないし、記憶を改ざんされているかもしれない。あなたは最近この街に来たことになっているけれど、実はそれも記憶の改ざんかもしれないしね。考えれば考えるほどわけがわからなくなる。だから、とりあえず全員疑うことに決めたの」
「どうしてぼくのことは信用することにしたの?」
「だって、未来から来たってのが本当だと思ったから。私が何をしようとしているか当てたでしょ? それに街が襲われるって話もダンジョンの成長の話も筋が通っているように感じた」
彼女は息をついだ。
「ユニークスキルは一人一つしか持てない。未来のことを知っているあなたは何らかのユニークスキルを持っていると思った。『記憶改竄』以外の何かをね。それに、あなたが悪意をもった魔術師なら街が襲われるとか教会が襲われるなんてこと私に言わない。わざわざ誘拐されてまでね」
確かにその通りだと思った。
誘拐されてまで何かを伝えるなんてよっぽどの阿呆か、相当切羽詰まっているかだ。スティーヴンの場合は言わずもがな後者だった。
「だから信じることにしたの」
ドロシーはそう言ってまた火を眺めた。
◇
さらに翌日。来客があって、スティーヴンは隠れるように言われた。地下室の扉に張り付くようにして、教会内に響く会話を聞いていた。
しばらくすると足音が聞こえて、扉が開いた。
ドロシーが立っていた。
「来て。話したいことがある」
スティーヴンはドロシーについていった。
来客は領主夫妻だった。
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