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低い声の男

 

 酒場の外に出されたテーブルについて、スティーヴンは思考を巡らせていた。


 あの声は、騎士のものだ。


 ドロシーの最期に立ち会ったのは騎士たちだった。それは確かだ。

 騎士の誰が、街の人間を殺した?


 そんなことあり得るのか?

 わからない、が止めなくてはならない。


 スティーヴンはあたりを見回した。騎士らしき人物は見当たらない。


「なにしてるにゃ、スティーヴン」リンダが尋ねた。

「いえ、なんでもありません」

「また襲撃があるのか?」マリオンが尋ねた。


 その質問はスティーヴンがするはずのもので、しないようにしていたものだった。

 時間が動き出す。マーガレットが答える。


「あれだけの襲撃だ。そう簡単には起きないだろう」

「そもそもどうしてこの街が襲われたんだ?」


 ヒューはエールを飲み干すとそう尋ねた。


 何もしないように努めても、誰かが代わりにやってしまう。

 役者が違うだけだ。

 スティーヴンはため息をついた。


 ――……そのループからは逃れられない。


 あの声を思い出す。

 逃れられない? どうして?


 マーガレットが答える。


「わからない。ただ、ダンジョンが深くなっていたことと関係はあると思う」


 彼女はヒューの目を見て続けた。


「誰かが意図的に行っている」


 リンダが目を強くつぶって、ぱちぱちと瞬いた。


「意図的に行えるのかにゃ?」


 そうだこの時だ。スティーヴンはまたあたりを見回した。


 どこだ。


 どこから聞こえる?


 と、路地から騎士たちが出てきた。樽を抱えている。

 彼らは口に布を巻いている。


 樽を置く。


 騎士の一人がスクロールの封を切って、樽の上に置いた。

 真っ赤な髪の男で、右の目が布でふさがれていた。額から頬にかけて三つの傷が平行にできていて、おそらくその傷を負ったときに目を失ったのだと思われた。


 スティーヴンは〈アンチマジック〉のスクロールを『空間転写』する。


 絶対に止める。


「アクティベイト」あの低い声だ。間違いない。あの赤髪の男は、あの男だ。


 スティーヴンは即座に「activate」をスクロールに転写した。

 樽の上で生じた魔法が消える。


 赤髪の男が左目を見開いて、こちらを見た。


 その目が笑みを浮かべたように見えた。


 街の住人たちが異変に気付き始める。


 奴は路地の方に目をやった。


 騎士たちが頭に麻袋をかぶせられた三人を連れてきた。少女と大人の男女。高価な服を着ていた。首元にはナイフがあてがわれている。騎士が少女の頭から麻袋を取り払った。


 エレノアだった。


 口には布が巻かれていた。涙で布は濡れていた。


 悲鳴が上がった。


「マーガレットさん……」スティーヴンは言った。

「なんだ?」彼女は一瞬スティーヴンを見たが、すぐにその視線を追った。

「……なんだあれは?」彼女はつぶやいた。


「全員動くな!」


 赤い髪の男は言った。


「あの樽はなんだ?」マーガレットが言った。

「毒が入っています。街の人間全員を殺そうとしているんです」スティーヴンは答える。

「なぜわかる?」

「今は説明できません」


 マーガレットはしばし沈黙した。


「あいつの足元にマジックボックスを展開できるか? 樽を回収する」彼女が口を開いた。

「できますけど……エレノアさんが……」

「街の人間全員と、あの三人とどちらが重要なんだ?」


 彼女は続ける。


「いいか? 時には捨てなければいけない命がある。それは冒険者に限った話じゃない。君にも選択しなければいけないときってのがある。今が、そうだ」


 スティーヴンは迷った。

 どうしたらいい?


 どうしたら?


「決断が遅いぞ。私がやろう」


 マーガレットはそう言ってスクロールをテーブルの下で開いた。


「アクティベイト」


 スティーヴンはただ見ていた。


 樽が消えると同時に、赤い髪の男は命じた。


 エレノアの首が切り裂かれた。


 血が噴き出す。


 三人が倒れる。


 騎士たちが立ち去る。マーガレットが立ち上がり追いかける。


 スティーヴンは即座に〈エリクサー〉を三人に向けて発動した。

 彼は走ってエレノアに近付く。


「エレノアさん!」


 エレノアは意識を失っていた。息は、している。生きている。

 スティーヴンは安堵のため息をついたと同時に、罪悪感に襲われた。


 彼女を傷つけずに済む方法があったはずだ。スティーヴンは自分を恨んだ。


 その時、恐ろしく大きな衝撃があり、音が響いた。


 マーガレットが体を血で染めて戻ってきた。


「まずい! 魔物が攻めてきた! 第二波だ!」

「そんな! 警報は……」


「騎士が全員死んでいる! 追いかけていた騎士たちも自害した! 赤髪には逃げられたが」


 すでに、魔物は街の中に入り込んでいた。

 死傷者が続出していた。


 リンダたちも戦っていた。


 魔法壁を発動する。


 魔物がはじかれる。


 スティーヴンはリンダたちに近くに来るよう叫んだ。


「なんでこんな早く来たのにゃ!」


 リンダたちはエレノアを囲むように陣取った。


 魔法壁を発動する。


 どれだけ死んだ?

 どれだけ守れなかった?


 スティーヴンはあたりを見回した。


 魔物の波で周りが見えない。


 一瞬の後、波が消え去った。


 街は、魔物が通り抜けた場所が深く抉られていた。抉られた場所には何も残っていなかった。魔物は一度街の外へ抜け、別の場所から再突入しようとしているらしい。


「次に備えろ!」


 マーガレットが叫んだ。


 魔法壁が消えた。


「え?」


 スティーヴンは見た。


 魔物が通り過ぎ、新たにできた道に一人の少年が立っている。

 否、それは少年ではない。


「魔族」


 マーガレットが言った。


 スティーヴンは魔法壁を張る。


「**アクティベイト」


 魔法壁が消える。


 魔族が微笑む。


 スティーヴンはぞっとした。


 魔法壁を連続展開する。


 しかし、


「早すぎる!!」


 魔法壁は発動するそばから破壊されていく。


「〈アンチマジック〉を使ってます!!」

「そんな……」


 ヒューがつぶやいた。


 魔物の波がまた、壁を突き破ってやってきた。


 魔族が微笑んだ。


 スティーヴンたちは波にのまれて、死んだ。


ブックマーク、評価ありがとうございます!

週1〜2回連載になります。

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― 新着の感想 ―
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