幸福
街の周りには魔物の死体が山となっていた。騎士が頭を掻きながらそれを見ていた。
「こりゃ処理が大変だぞ」
スティーヴンとマーガレットは彼らが苦言を呈すそばを通って街へ入っていった。
「スティーヴン!」
リンダとエレノアが駆け寄ってきた。
「大丈夫だった?」
「心配したにゃ!」
彼女たちが抱き付くのをマーガレットはじろりと見ていた。
「私に抱き付いてくれてもいいんだぞ、お嬢さん方」
エレノアはマーガレットを見ると、スティーヴンから離れ一度咳込み、貴族式の礼をした。
「街を救っていただきありがとうございます、マーガレット様、スティーヴン様」
彼女はそう言うとにっこり笑った。
エレノアの後ろから領主夫妻が現れた。
「私たちからも礼を言うよ。街を救っていただきありがとう」
「だってよ、スティーヴン」
マーガレットはスティーヴンに言った。
「ぼくですか?」
「そうだろう。君の魔法がなければ街は魔物に埋め尽くされていた。君のおかげだよ」
「そうだにゃ! あたしたちはずっと見てたにゃ。スティーヴンが街の中を駆け回っているとこを」
相変わらず首にぶら下がるリンダを見て、そのあと、彼女の後ろ、周りを取り囲む街の人々にスティーヴンは目を向けた。彼らは皆頷いていた。領主たちもそうだ。騎士も。
「ほら、なんか言いなよ」
マーガレットはスティーヴンを促した。
「ええ? うーん。皆さんお疲れ様でした」
「それはこっちのセリフよ」
エレノアが言って皆が笑った。マーガレットがスティーヴンの背を叩いた。
痛かった。けれど、スティーヴンは笑っていた。
幸福だった。
彼はこの時を記録した。
◇
魔物の街への侵入が防がれ、皆深夜だというのに大騒ぎをしていた。
酒を飲んであたりを駆け回る者。
魔法壁にぶつかった魔物の死体を引きずってきて、その大きさに感嘆する者。
魔族の脅威について話し合う者。
酒場の前にテーブルが出されていて、そこにスティーヴンたちの姿があった。
「また襲撃があるんでしょうか」
スティーヴンはエールの入ったカップを揺らしながら、マーガレットに尋ねた。
「さあ、あれだけの襲撃だ。そう簡単には起きないことを願おう」
「そもそもどうしてこの街が襲われたんだ?」
ヒューはエールを飲み干すと言った。
「わからない。ただ、ダンジョンが深くなっていたことと関係はあると思う」
マーガレットはヒューの目を見て続けた。
「誰かが意図的に行っている」
リンダが目を強くつぶって、ぱちぱちと瞬いた。
「意図的に行えるのかにゃ?」
「わからない。ただ、そう考えなければあのダンジョンの成長や今日の襲撃に説明がつかない」
リンダたちはうなった。
「あれだけダンジョンを潰し……」マリオンはつぶやいて、
倒れた。
「マリオン……さん?」
リンダたちが次々に倒れる。
スティーヴンは立ち上がりあたりを見回した。
周囲の人間も倒れている。痙攣して、泡を吹いている。
何が起きている?
スティーヴンは体の力が抜けるのを感じた。
意識が遠のく。
彼は死んだ。
――――――――――――――――
――ユニークスキル〈記録と読み取り(セーブアンドロード)〉を発動します。
――最後にセーブした場所へ戻ります。
――よろしいですか?
スティーヴンは答えた。
――受諾しました。
――……そのループからは逃れられない。
――――――――――――――――
スティーヴンは目をあけた。
最後に記録した場所、時間。
周囲を町の人が取り囲んでいる。
リンダが近くにいる。
エレノアが微笑みかけた。
スティーヴンは口角をあげた、が、脳はフル回転していた。
何が起きた?
どうして皆死んだ?
いや、皆が死んだわけではない。
スティーヴンは最期の瞬間を思い出していた。
アクティベイト。
その言葉を聞いた気がした。
遠くの方で、聞いたことがある低い声で。
その声は、ドロシーとともに迎えた最期にも聞いた声だった。
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