別れ
初心者用ダンジョンからギルドに戻る道中、スティーヴンは尋ねた。
「【コレクター】はギルドに来ましたか?」
「どうして今【コレクター】の話をするにゃ。ギルドには一か月前に来たっきりにゃ。新しいスクロールが入ったって情報がない限りあいつは動かないにゃ」
リンダはそう言った。
今は、【コレクター】ドロシーに出会う直前。ギルドに戻れば彼女がやってくる。
スティーヴンはリンダに腕を抱かれながら歩いて行った。リンダは怪訝な顔をしていた。
――……生きたければドロシーについてもっとよく知りなさい。
その言葉が頭の中に響いていた。
◇
ギルドに戻り、マップを更新する。二回目の作業だったが、いつもと変わらない。心は【コレクター】のことで支配されていた。
書き終わり賃金をもらうと、リンダたちのもとへ戻る。
数分後。
「ヒューという冒険者はどこお!」ドロシーがやってきた。全く同じだ。あの時の再現だと、スティーヴンは思った。
「俺だが、おまえ【コレクター】だな?」
ヒューはそう言うと、【コレクター】の前へと出て行った。彼女は背伸びをするとヒューの顔面を両手でべたべたと触り始めた。
「おい! 死にたいのか?」マリオンが剣呑な表情で剣を抜いた。
「ああ、そんなつもりはなかったんだあ。ただ〈エリクサー〉が使われたと聞いていてもたってもいられなくなってきたんだあ」
彼女はそう言うと首をぶんぶん振ってあたりを見回した。
「で! 〈エリクサー〉を持っているのは誰!」
「誰も持ってない。この顔はスクロールで治したものじゃない」
ヒューは言った。
「じゃあその詠唱をした人物を連れてきてえ。おねがいだからああ」彼女はヒューにすがるようにして言った。
――……生きたければドロシーについてもっとよく知りなさい。
正直に言ってスティーヴンはもうこれ以上彼女と関わりたくなかった。
ドロシーについてもっとよく知る?
知っていることはたくさんある。だがあの子供たちはなんだ?
本当に全て知っているのか?
スティーヴンは自問して首を振った。
彼女はまだ何か隠している。
しかし……。
またあんな目に合うのはごめんだった。
〈エリクサー〉を渡せば縁が切れるだろう。この後、詮索もしないだろう。
スティーヴンはドロシーに近付こうとした。
「ばか、関わらない方がいいにゃ」
「なに!」あの時と同じだ。ドロシーはスティーヴンに駆け寄ってきた。
「あなたがそうなのお?」
スティーヴンは答えた。
「〈エリクサー〉が欲しいなら少し時間をくれれば渡す」
「スティーヴン!」
リンダが叫ぶ。スティーヴンはそれを制して言った。
「書くのは一度きり。それでいい?」
「ええ。いいわあ。お願いい」
スティーヴンは写本係の部屋に向かうとグレッグにいくらか渡して羊皮紙をもらい、〈エリクサー〉のスクロールを書き上げた。インクが滲まないように砂をかけてから巻き、封をすると、グレッグに礼を言って、写本係の部屋を出る。
ドロシーは足をパタパタと踏み鳴らして待っていた。
スティーヴンはドロシーにスクロールを渡した。
「どうぞ」
「いくら払えばいい?」
「いらない。その代わり、ぼくについて詮索するのはやめてほしい。ぼくたちの関係はこれっきりだ」
ドロシーの目は一瞬だけ洞察の色を見せたが、すぐに元の色に戻った。
「〈エリクサー〉を書けるんだものねえ。トラブルが多いんでしょお。タダでもらえるなら言う通りにするわあ。でもほんとうにいいのお?」
「いい。これはなかったことにして、ぼくたちの関係もなかったことにして、これから過ごすんだ。いいね?」
ドロシーは肯くと「ありがとお」と言ってギルドを後にした。
「さようなら、ドロシー」
スティーヴンは呟いた。
その日、彼は酒場に行かず、リンダとエレノアの誘いも断って一人、宿に戻った。彼女たちは不満げだったが、スティーヴンの様子を見て何かを察したのか、承諾してくれた。
酒場に行けばもしかしたらまたドロシーが来てしまうかもしれない、それが怖かった。
翌日。リンダに尋ねると、
「【コレクター】? 酒場に来るわけないにゃ、あんな奴」
そう言っていた。
運命は曲げられる。
本当に彼女との関係はあれっきりになった。スティーヴンは安堵してリンダと別れ、写本係の部屋に入っていった。
しばらく仕事をした後のこと。
マップを書いていると何やら外が騒がしくなった。上司のグレッグも眉間にしわをよせて、机から離れ、受付へのドアを開いた。
「スティーヴンというマップ係を探している!」
ドアの向こうからその声は聞こえた。女性だ。聞いたことのある声だった。
「おい、呼んでるぞスティーヴン」
グレッグはドアを開けたまま彼に言った。スティーヴンはペンを置いて、受付へと向かった。
ブックマーク、評価ありがとうございます!