その後の『グーニー』4
Aランク冒険者にしてSランク冒険者マーガレットに捨てられた男、レニーは下級の冒険者を連れてダンジョンに潜っていた。
「まさかAランクの方と一緒にダンジョンに潜れるなんて光栄です」
「そうだろうそうだろう」
レニーはご機嫌な顔でそう言った。ついてきた冒険者たちはAランクであるレニーが守ってくれると思っているだろう。そうはいかない。
「あれ? この道のはずなんですが……」
先頭をいく男が言った。
「ったくつかえねえやつだなあ」
レニーは女冒険者を二人両脇に侍らせていった。ときおり首元にキスをして、「汗臭いからだめえ」といわれてムラムラしていた。今日帰ったらこの女を抱こう。
「貸せ」
先頭の男からマップを奪い取る。マーガレットはこれが正確な地図じゃないと言っていた。ふん、そんなわけがあるか、レニーはそう思っていた。ろくなスキルを持っていない平民の作ったマップより、『転写』スキルを持った由緒正しい出の男の地図の方があてになる。そのはずだ。
しかし、レニーにはわからなかった。彼は地図の読み方も忘れてしまっていた。
地図を突き返すと、彼は言った。
「こっちだ」
「ええ? そっちは過去のマップだと……」
レニーは男の襟元をつかみ、にらみつけた。
「いいか、昔のマップなんかな、どうだっていいんだよ。新しいマップがあれば十分だ。とっととその薄汚いマップを捨てろ」
そう言ってレニーは手を放し、先へと進んでいった。
開けた場所に出た。ほうら、合ってたじゃないか。レニーは内心ほくそ笑んだ。パーティの全員がその場所、まるで石造りの巨大な牢屋のような場所に入った。
「ここは……ボス部屋では?」
「ああ? それを目的に来たんだろ?」
レニーは後ろを振り返った瞬間、何かを踏んだ。装置が作動する音がして、入り口が岩の扉で閉まっていく。
「まずい!」レニーは走ったが遅い。すでに敵は現れていた。
彼らの頭上に。
「きゃあああああああああああ」
女冒険者たちが叫んだ。レニーは頭上を見上げた。そこには足の10本ある蜘蛛の魔物が何匹もぶら下がっていた。
俗にいうモンスターハウス。奴らは人間たちが罠にはまるのを飢餓状態で待っていた。何せ今まではスティーヴンの正確なマップをもった冒険者たちがここを避けてきたのだ。魔物たちは久しぶりの「餌」に興奮していた。
それまでは身内同士で食い争っていた。残ったのは精鋭の子孫だけ。
「おい、戦え」
レニーがそう言うと、冒険者たちはぎょっとした。
「私たちこんな魔物と戦えません。レニーさんが頼りなんです!」
「いいから! こんな魔物程度でAランク冒険者を動かすな!!!」
レニーは女の肩を押した。途端、頭上から大量の魔物が下りてきて、女を喰い始めた。
「ぎゃあああああああ」
悲痛な叫びが響く。
「助けてください! いやああああああああああ」
その言葉を最後に女はこと切れた。食い扶持にありつけなかった魔物たちが下りてくる。男冒険者は恐怖を顔に張り付けて叫んだ。
「レニーさん! どうにかしてください!」
「だから俺を動かすなと言って――」
男冒険者が腹を切り裂かれた。
「あ?」
そのまま、胸を貫かれる。その瞬間をレニーは見ていた。鉄製の鎧を軽々と貫通した?
この魔物は何という名前だ?
Aランク冒険者という肩書にすがってきたレニーは何も知らなかった。そこに現れたのが普通のスパイダーではなく、ブラッドスパイダーという上位種であることに。ブラッドスパイダーがボス級の強さであることに。
「おい嘘だろ?」
最後の女冒険者がやられた。レニーはようやく剣を抜いた。
真っ赤に染まった地面と、真っ赤な蜘蛛たちがレニーの精神を襲う。
「何とかして下さい、マーガレットさん」
彼は最後まで誰かにすがることをやめなかった。
ブラッドスパイダーがレニーの左腕を切り落とした。
「ぐあああああああああああ!」
ブラッドスパイダーは冒険者の誰もが恐れる存在であったがレニーはそれを知らなかった。奴らには知性がある。それも、陰湿な知性が。
右腕が切り落とされる。
「やめろ! あああああああああああああああああああ!」
ブラッド、と名の付くモンスターは総じて、人間を死ぬ寸前まで痛めつけるのを好む。
すぐには殺さない。死なない痛めつけ方を生まれながらにして知っている。
そのことをレニーは知らない。
ブラッドスパイダーはレニーの肩に糸を巻き付けて止血した。糸には回復成分が含まれている。そして幻覚成分も。
「ぎゃああああああ。俺のせいじゃない、俺のせいじゃない! 全部あのマップ係のせいだ! ぎゃああああああ」
レニーにはゾンビとしてよみがえった冒険者たちの姿が見えていた。冒険者たちはレニーの両足を引きちぎった。その実はブラッドスパイダーが引きちぎったのだが、レニーは幻覚を見続けている。
「痛いいいいいいいい痛いいいいいいい!!!! このくそどもがあああ! 俺にたてつこうなんて数百年早いんだよ!!」
両腕両足をなくしたレニーはそのままほおっておかれた。
ブラッドスパイダーは、満腹だった。
レニーはうわごとを言い続け、自分に襲い来る冒険者たちの幻覚を見続けた。
「やめろおおおおおお! ぎゃああああああああ」
ブラッドスパイダーはその声を子守唄に眠った。
レニーは最期に言った。
「殺してくれ」
しかし彼を殺してくれるものなどどこにもいなかった。
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