翻弄
徐々に記憶が戻ってきた。ユニークスキルが発動しない限り記録は残らないことを再確認させられた。
あの後意識を失ったスティーヴンだったがある瞬間目を覚ました。顔に水をかけられた。
「うわ!」
叫び体を起こそうとしたが、動かない。体の上にはリンダがまだいて、彼女はグーグーと眠っていた。
「何をしてるの、旦那様?」見上げるとエレノアが立っていた。
「どうしてここに?」
ぐわんぐわんと揺れる視界の中で、彼女は眉間にしわを寄せていた。
「ダンジョンで大変なことがあって、そこにあなたがいたというから急いで来てみたら酒場で酔っぱらっているんだもの。それに、その女誰?」
スティーヴンは何とか体を起こそうとした。体をひねって、ようやくリンダの下から這い出した。
「リンダだよ。今日一緒にダンジョンに潜った冒険者」
「ふうん。一緒にダンジョンに潜るだけでキスなんてするのね?」
「あれは事故みたいなもので……」
エレノアはスティーヴンの襟元をつかんで引き寄せた。
「じゃあ私にも事故を起こしてよ」
そう言うと、彼女はスティーヴンの唇を奪った。
「ん! ちょっと」スティーヴンはすぐに後ずさった。
「なあに? その女にはずっとさせておいて私にはさせてくれないの?」
彼女は今にも泣きだしそうな顔をした。
「いいじゃないかあ。キスしてあげろよ」
ヒューが顔を真っ赤にしてそう言った。完全に酔っぱらっている。マリオンの肩を組んで、彼女にキスをしていた。マリオンは今にも意識を失いそうな顔をしていた。恍惚な顔とも言えた。テリーは完全にやけ酒をしていて、だれかれ構わず文句を言い散らしていた。何を言っているのかはわからなかったが。
「いいパーティね。じゃあ、行きましょうか」エレノアに手を引かれてスティーヴンは歩き出す。
「え、ちょっと、何処に向かうんですかあ」ふらふらとおぼろげな足取りでスティーヴンは歩き出す。
「あなたの宿よ」
そこで記憶は一時消える。今にいたる。
「エレノアさん。エレノアさん?」
スティーヴンは彼女を揺り起こした。体を見ないようになるべく気を付けて。
「んっ、んー? おはようスティーヴン、ふああ」
彼女は体を起こすと大きく欠伸をした。その肢体が掛け布団を押しのけてあらわになった。
「ちょっ、ちょっと」スティーヴンは顔をそらした。
「なあに? 昨日あんなことをしたのに?」
彼は驚愕して彼女を見た。エレノアの顔はいたずらに成功したような色をしていた。
「嘘ですね」
「そうよ。嘘。アハハ。かわいい」
エレノアはスティーヴンの胸に寝転がって顔を近付けた。肌と肌が密着する。やわらかくて暖かい。
「あの後すぐに寝ちゃうんだもん、つまんなかった」
彼女はそう言うと、スティーヴンにキスをした。舌が口の中に入ってくる。
「んんんんん」
「ぷは。なんで抵抗するの!」
「いきなりすぎます! それにこんなところ誰かに見られたら」
エレノアはふふんと笑った。
「心配ないわよ。宿主には絶対に誰も通さないように言ってあるから」
あの宿主ちゃんと話しておいたのに! スティーヴンは宿主を恨んだ。
「ねえ、私したい。スティーヴンと赤ちゃん作りたい」
「なっなななな」
「あはは、その反応好き」
エレノアはキスをすると体を起こしてベッドから出た。
「私今日も忙しいからするとしたら夜ね。待っててね」
ふふふと言うと、彼女は衝立の向こうに消え、服を着替えて出てきた。
「今日の夜楽しみにしているわ。この宿はずっと取っておくから必ず来るんだよ」
服を着た彼女はベッドに手をついて、また顔を近付けてキスをしてきた。やわらかい唇が離れる。
「じゃあね。今日もお仕事頑張って」
エレノアは部屋を出て行った。
スティーヴンは頭を抱えて唸った。どうして昨日酔っぱらってしまったんだ! これでは領主様に何と言っていいかわからない。裸のまま、スティーヴンはベッドをのたうち回っていた。
◇
げっそりとした顔でギルドにつくと、リンダが睨んできた。
「おはようにゃ」
「おはようございます。あの……どうかしましたか?」
「昨日あの後どこに行ったにゃ」
「いえ……あの……」
リンダは顔をずいと近付けてきた。
「領主の娘に連れていかれたって話を聞いたにゃ。本当かにゃ? あたしのことを地面に置き去りにして」
「あれは事故なんです」
「事故も何もあったものじゃないにゃ!」
リンダはスティーヴンの頬に平手を浴びせた。爪が出ていないだけましだった。体の軽いスティーヴンは地面に倒された。
リンダはスティーヴンに馬乗りになると襟をつかんでいった。
「今日はそのお礼をたっぷりさせてもらうにゃ!」
「殴らないでください!」
「殴る? そんなことしないにゃ」
リンダは手を放して立ち上がり、スティーヴンを見下ろした。
「夜が楽しみだにゃ」
彼女は妖美な笑みを浮かべた。
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