乾杯
「まさか護衛をしていたあたしたちが助けられるなんて思ってもみなかったにゃ」
ダンジョンから出るとリンダは言った。
「ああ、全くだ」
ヒューはそう言うと、頭を下げた。
「あのままだったら死ぬところだった。足手まといの俺を助けてくれてありがとう」
「いえ、あの……そんなことないですよ。ぼくも限界でしたから」
スティーヴンは全く実感がわいていなかった。まさか自分にあのような能力があるなんて……。
『空間転写』なんて低級スキルなのにどうしてこんな使い方ができるのだろう。
「あんな高価なスクロール持ってたのかにゃ」
「いえ、持ってません」
「じゃあどうやって魔法を発動した?」マリオンは真っ黒な前髪をかき上げて尋ねた。
スティーヴンは試してみることにした。攻撃魔法の棚で一番下の段にあったスクロールを『空間転写』で描く。〈対象の選択〉で近くにあった岩を選択する。
「アクティベイト」
スティーヴンが唱えると、炎の球が飛んでいき、岩にぶつかって弾けた。
「む、無詠唱!」マリオンは目を剥いていた。
テリーは近くに来てスティーヴンの脚を蹴った。
「痛い!」
「############」
何かを叫んでいるが何と言っているかわからない。
「俺の仕事がなくなるだろって怒ってるにゃ。にゃはは」リンダは腹を抱えて笑っていた。
「ほかに使える魔法はないか?」ヒューがそう尋ねた。そうだ。スティーヴンは顔に傷跡が深く残るヒューに〈エリクサー〉を使おうと思った。
「アクティベイト」
すると、ヒューの曲がった鼻がもとに戻り、傷跡が消え、エルフのごとき美しい顔になった。
「おうおう、ヒューはそんなに男前だったのかにゃ」
「ひええええ」テリーが叫んだ。
マリオンはぼっと顔を赤くした。
ヒューは剣を抜き、その刀身に自分の顔を映した。
「し……信じられない。まさか、……まさか顔が戻る日が来るなんて……」
ヒューは涙を流して膝をついた。マリオンが彼の背を撫でる。
「ありがとう……ありがとうスティーヴン。何とお礼をしていいかわからない」
「いえ、この力に気づかせてくれた皆さんにお礼を言いたいくらいですよ。ありがとうございます」
「このこの、いい奴だにゃ、スティーヴン」
リンダは肘でスティーヴンの腹を小突いた。心なしか彼女の顔は赤かった。
「########」
テリーがまた怒って、スティーヴンの脚を蹴った。
「痛い! 今度はなんですか!」
「テリー! 仲間外れになんかしてないにゃ」
「##########」
「それは……」
リンダは顔をさらに真っ赤にさせた。
「#######」
テリーがまたスティーヴンの脚を蹴った。
◇
ギルドに戻り、状況の報告をすると、建物内は騒然となった。
「一階層にキングタイガー?」
「一匹でも辛いのに群れ?」
「それを追い払ったのかあのパーティ」
「てか、あの男前だれだよ」
帰ってくる間、盾の男ヒューは何度も娼婦や町娘に声をかけられていた。そのたびにマリオンは女たちをにらみ、テリーは舌打ちをした。
「カンパーイにゃ」
リンダは行ってエールを掲げた。
「ほら、スティーヴンも飲むにゃ」
「ぼく飲んだことないっ……うっぐ」
スティーヴンは無理やり飲まされた。苦い。
リンダは次々とカップをあけ、お代わりを注文している。マリオンは黙ってちらちらと傷跡の治ったヒューを見ては時折かっくらうようにエールを飲み干している。テリーはやけ酒をしている。
「あー生きて帰ってきたにゃー」
そう言うと完全に酔っぱらったリンダはスティーヴンに覆いかぶさってきた。
「うわ!」
スティーヴンは彼女を支えきれず地面に倒れてしまう。倒れたまま彼女を見上げると、リンダはにやにやと笑っていた。
「好きにゃ、スティーヴン。愛してるにゃ」
そう言って彼女はスティーヴンにキスをした。
「んんんんんーーーーーーー!!!!」
スティーヴンは驚いたが覆いかぶさられている以上なにもできなかった。されるがまま唇を奪われている。
「んま。きゃはー」
そのまま彼女はスティーヴンに抱き付いた。
首が締まる。酔っぱらっていたのもあり、そのまま意識が遠のいた。
◇
翌朝。どのようにして帰ってきたか定かではないが、スティーヴンは宿で目を覚ました。頭がぐわんぐわんと痛み、水が欲しかった。起き上がろうとしたが体が重い。まるで、リンダが覆いかぶさっているような……。
スティーヴンは慌てて布団の中を見た。彼は裸だった。
体の上に乗っていたのはリンダ――――ではなかった。
そこには裸の少女、領主の娘、
エレノアがいた。
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