#32. 選択
ブリジットたちは妖精の国に戻ると言った。アールは言った。
「クララによろしくと伝えておいてほしい」
ブリジットは笑っていった。
「ネズミは一緒に入れておくと……」
「うるさいよ」アールは目を細めた。
「冗談だよ。伝えておく」
アールは彼らと抱擁を交わして、送り出した。
「スティーヴン」アールは僕を見た。「さっきも言ったけど、僕はもう君のスキルを借りなくても良い。僕は僕の選択をする。僕の大義に従うよ。ブリジットやクララと一緒に過ごしてわかったんだ。僕たちの食事マナーがあるように、彼らの食事マナーがある。場所によって、集団によって、それに、人によって、規則は変わる。同じように大義も変わるんだと知ったよ」
アールは震える右腕を左手でさすった。
「それに、君の大義が理解できたんだ。僕は自分が何を守ろうとしているのかわからなくなっていた。小さな集団だろうと守る価値があるんだって、わかったんだ。僕はブリジットやクララたちを、あの羽根を失った妖精たちをどうしても守りたかった」
僕は言った。
「彼らを犠牲にするような話をしていませんでしたか? 必要な犠牲はあるって」
「バルバラにいわれたんだ。魔術師たちは姿を表してしまった。もう後戻りはできないって。だから、魔術師達とぶつかるのは免れない。戦いは起きる。そしたら、きっと誰かは死ぬことになる。必要な犠牲はつねにあるんだ。正しい選択をしたと思っても」
僕は頷いた。そうかも知れない。
「だから、バルバラを選んでも、スティーヴンを選んでも、結局悩み続けると思ったんだ。僕が僕の意志で、全てを覚悟して選択しない限り、ずっとこのままだと思ったんだ。同じ場所をぐるぐる回り続けるって」
僕は気づいた。はじめてアールと話した時、大義について言われた時、なにか違和感があって、これじゃあダメだと思った。ローレンスは――あのときはまだローレンスだったと思うが――僕に大義について話した。それはある点から見れば正しいし、それに従わなければならない人達がいるのも確かだ。
ただ、大義があって、それに対して何の覚悟もせず、何も考えずに選択するのは間違っている。
誰かに自分の選択を押し付けて、大義のためだと理由をつけるのは間違っている。
アールのその部分にずっと違和感があったのかもしれない。
「ただ……」アールはいった。「ときどき力を借りるかもしれない。僕と君の道が交わったそのときに」
僕は頷いた。
「ええ。そのときは僕も選択します」
アールは一瞬眉間にしわを寄せた。
「手厳しいなあ。でも、まあ、それが君らしさなのかもしれない」アールはそう言って空を見上げた。
雲は一様ではなく、様々に、個性的に、形を変えて流れていた。