#26. 計画(スティーヴン)
僕たちの周りでは妖精たちが慌てふためいていた。団長とブリジットが僕に近づいてきていった。
「ドラゴンが完全に復活してしまったら私達も終わりだ。どうか、頼む。あいつをとめてくれ。できることなら何でもしよう」
パトリシアは少し考え込むようにうつむいてから言った。
「下の世界に妖精を送ってほしいと言いたいところだけど、そうするとドラゴンの力も強くなっちゃう」
「では私達がいこう」ブリジットが言った。「私達なら力を使われることもない。羽根を失った私達であればな」
団長は「すまない」と小さく言った。ブリジットは団長を見ていった。
「私達は団長たちを恨んではいませんよ。ただイライラしてます」ブリジットはそう言って団長の肩を叩いた。
「団長は団長の道を選んだんだ。それは大義のためだったかもしれないが、自分がそうしたかったってのもあるでしょう。うじうじしないで王に仕えてください」
団長は一瞬驚いたような顔をして、それから頷いた。
「ああ……ありがとう。武器を用意しよう」
団長が言うと、ブリジットは首を横に振った。
「カタリストだけ用意してくれればいいです。武器はアールから借りてるんですよ、これで戦います」
「そうか。手配する」そう言って団長は転移した。
僕たちは初めてこの島に来たあの場所に転移してきた。団長はたくさんのカタリストを持ってまっていた。
「まさかこれを、お前たちに渡すときが来るとはな」団長はそう言ってブリジットをみた。
「私もそう思ってます。もう二度と道は交わらないだろうと思ってました」ブリジットは戦士たちにカタリストを渡した。彼女はドラゴンのナイフを持っていた。それはアールが持っていたものだと僕は思った。
「帰還をまっている」団長はそう言って離れた。
ブリジットたちは頷いた。
「ここから下の世界にもどる。きっとローレンスたちはもう待ってる。ほら、お兄ちゃん、転移するよ」パトリシアは言って僕の手をとった。
僕たちはソムニウムに転移した。
◇
教会の前に転移すると、何やら物々しい。教会の前には見たことのない、のっぺりとした仮面をつけた奴らがたくさんいて、あたりを見回していた。
街の人たちは普通にその前を通っていて、あまり気にしていない風だった。
と、僕たちのそばをマリオンが通りかかった。僕は彼女に話しかけた。
「マリオンさん、あの……」言葉を継ぐ前に、マリオンは僕に掴みかかった。
「見つけました、スティーヴン。お前を捕まえるように言われています。ローレンス様に」僕が目を開くのと、パトリシアが僕を引っ張るのが一緒だった。
「もう占拠されてる! 記憶を書き換えられてる! どうしてこんなに早いの!?」パトリシアは言って、詠唱を始めた。僕はマリオンの頭に手をおいて『記憶改竄』を使い、彼女の記憶をもとに戻した。マリオンは気を失った。
街の他の人達も僕たちに気づくと走り寄ってきた。
「《空間転移》」パトリシアの詠唱が終わる。ブリジットたちの詠唱も完了して僕たちは街の外に転移した。
「街はもう完全に、魔術師の手に落ちてる。今までやり方とぜんぜん違う」僕は頭を抱えた。ソムニウムの外だったが、まだ見える位置に僕たちはいた。
わかってはいたがいざ目にするとショックだった。
僕の守ってきた街がこんなにも簡単に占領されてしまうなんて……。
マリオンも連れてきてしまったが、彼女はもう記憶を取り戻しているから良いだろう。彼女ははっと気がつくと、僕を見て言った。
「スティーヴン……。大変です、マーガレットが捕まって……それに、ああリンダさんも記憶を……」マリオンはそうぶつぶつといってから、はっと顔を上げた。
「そうです、ドロシー。ドロシーはにげました! どこにいるかはわかりませんが」
僕は場所がわかっていた。ただその場所を共有することができなかった。
「妖精術式使いなよ」パトリシアが言うので、僕はペンの形をしたカタリストを取り出して、集中した。青い光がペンの先に現れる。
「ええと、どういう図形を描けばいいの?」
「それじゃダメだって。人間は魔法陣を書いても発動しない。呪文を唱えないと。妖精たちに聞けば教えてくれる」
僕は耳に集中すると、少し考えていった。
「遠くをみせる術式を教えて」
しばらくして耳元で声が聞こえた。
「《妖精よ、私と遊ぼう。双子の片割れ、大山猫の眼、隠れた者を見せよ。視覚共有》」
僕はそれに続いて呪文を唱えた。
……〈記録〉したつもりだけど、全然、詠唱を思い出せない。
僕の前に青い光の円が現れて、遠くが見えた。
ドロシーたちが見える。やっぱり古い教会に彼女たちはいた。エヴァに支配されていたときにドロシーがいたあの教会だ。
「ここに転移してください」僕はブリジットたちにそういった。
僕たちは転移した。もちろん僕はパトリシアに連れて行ってもらった。
「スティーヴン!」転移するとドロシーとアンジェラがやってきた。
「ああ、良かった。大変なことになったのよ」ドロシーは言った。
「よく逃げられたね」
「アンジェラがすぐに気づいて、逃げられるだけ逃したの」ドロシーが言うとアンジェラが得意げに胸を張った。
「仕事しました!」アンジェラはそう言った。
「リンダさんもやられたって……」僕が言うとドロシーは頷いた。
「ええ、それにマーガレットとエレノアが教会に連れて行かれて……。でもどうして知ってるの?」そう言って彼女はマリオンを見た。「ああ、スティーヴンが記憶を戻したのね」ドロシーは頷いた。
「ギルドの人たちは皆記憶を書き換えられてしまいました。領主たちもです。王子のメイドや使用人は平気でしたけど」アンジェラは言った。
確かに、メイド長たちはいた。彼女たちはせかせかと仕事をしていたが、僕たちの姿に気がつくとすぐにやってきた。
「あの、アール様は!?」メイド長が言った。
「戻ってきていますが、ローレンスに捕まっています」
「ああ……」メイド長は心配そうにうつむいた。
「ローレンスは……いや、ローレンスじゃないんだけど、とにかくあいつは〔妖精の樹〕手に入れてしまった。〔白の書〕もあいつが持ってる」
僕はドロシーとメイド長に覚えている限りの情報を伝えた。
「まずいわね……。ローレンスは死体で見つかったわ。だから、誰が連れて行ったのかってのが問題だったんだけど。……そう、そういう事。ローレンスが死ぬ時、どうして服を着てなかったのか、眼帯も片眼鏡もなかったのかようやくわかったわ。ジェナの指に傷がない理由も」
ドロシーは頷いて続けた。
「あの晩、アールと一緒に着たのはジェナじゃなくてそのドラゴンだったのね。そこで私達の計画を知った。だから強行したの。死体を置いていくなんておそまつだけど、でもローレンスの死体も結構適当に置いてあったのよね。隠すつもりなんてないみたいに」
「僕とあった時、ローレンスに化けてたドラゴンは眼帯と片眼鏡を逆につけてた。そういう奴ららしい」
ドロシーは小さく頷いた。
「でも脅威は脅威ね。マーガレットも捕まってしまったし。ギルドにいた人たちは皆記憶を書き換えられてしまった。昨日ね。奴ら何人もいて行動が早いのよ。まるで、もう自分たちの姿を見られても構わないみたいに」
「そうなんだと思う。僕のスキルを破壊してしまえば、ドラゴンたちが魔術師を率いて世界を支配するだろうから……。隠れなくてすむ」
ドロシーは頷いた。「マーガレットに〔魔術王の右腕〕をつけさせるつもりよ。彼女の記憶はもう書き換えられてる。スキルが破壊されてしまうわ」
「なんとかする。……でもそれを防いだとしても、問題はまだある。僕のスキルを取り戻すために誰が〔魔術王の右腕〕をつけるのか……。ブラムウェルを呼ぶか……いや、でも……」僕はロッドが〔魔術王の左脚〕をつけたときのことを思い出した。足に深く食い込んでいて、まるで侵食されているみたいだった。外すことができるのか?
僕が悩んでいるとパトリシアは言った。
「私がつける」
僕は眉間にシワを寄せた。「でもお前は〔魔術王〕の血族じゃない」
「〔魔術王〕の一部を装着できるのは〔魔術王〕の血族だけじゃない。正確には〔勇者〕の後継者候補。つまり、血を継いだものが資格を持つ。私の師匠……つまり〈イモータル〉の保持者は過去に装着して、父さんの〈セーブアンドロード〉を直している」パトリシアは突然そういった。
「そうなの!?」僕は目を見開いた。
「ただ、その時の修復は不完全だった。継承しかできなかったの。だから父さんはお兄ちゃんに継承して、死んだ」
パトリシアは続けた。
「だから私が装着する。もし右腕を失っても切り落とせるし」
僕はパトリシアをみた。そうするのが良いのかもしれない。
「たのんだ」
ドロシーは僕たちに計画を告げた。
「〔魔術王の右腕〕の封印を解くのはローレンス……じゃなくて、あのドラゴンでいい。止めなきゃいけないのは、まず、マーガレットに〔魔術王の右腕〕を手渡さないようにすること。マーガレットに手渡したら終わりだと思って」
「……ねえ、アムレンは呼べないの?」僕は言ったがドロシーは首を横に振った。
「マーガレットしか《マジックボックス》のパスワードを知らない。こういうときに不便よね」そう言ったがドロシーは悲観的じゃなかった。というか笑っていた。
「……まさか」
「そう、そのまさか! 赤髪のブラムウェルを呼んだの! 《マジックボックス》のパスワードは聞けなかったけど、ブラムウェルのいる酒場の場所は事前に聞いておいたわ。何かあったときのために、ね」ドロシーは微笑んでいった。
「未来が見えるなんてドラゴンかな?」僕はドロシーを見ていった。
ドロシーは得意げに笑って、教会に向かい、ブラムウェルを連れてきた。
「よお、スティーヴン。久しぶりだな。エヴァから守ったのに、前よりも魔術師に占領されて大変だよな。というか俺が、汗水たらしてエヴァの護衛をしてたってのに、こんなに簡単に封印を解かれるなんてな。皮肉だな」がははとブラムウェルは笑った。
こいつぶん殴ってやろうかと思った。
「信用できるの?」僕はドロシーに言ったつもりだったが、ブラムウェルは鼻で笑った。
「金さえ払ってくれればな。金貨五〇枚って聞いたぞ。ほんとか?」
僕は目をむいてドロシーを見た。ドロシーは可愛らしく両手を合わせた。
これは仕返しだと思った。ドロシーと一緒に〔白の書〕を盗みに行ったときに、彼女を置いて三階に向かおうとしたあのときの……。
……まあ、死ぬよりはずっとマシだけど。これは僕の命を買う値段だと思うことにした。
「ああ。わかったわかった。払いますよ」
「よーし!」ブラムウェルは拳を突き出した。俄然やる気だった。
「やあ、よろしくよろしく」そう言ってブラムウェルはブリジットたちに挨拶をして回っていた。傭兵の心得か何かあるのだろうか。僕にはわからなかった。
「あの……」メイド長が僕に言った。「私達も力になります。これをつかって」
そういって、メイド長は小さな黒いピアスを取り出した。
「なんですか、これ?」
「ドラゴンの素材でできています。これがあったから、私達は記憶を書き換えられず、逃げることができたのです」
ドロシーが小さく頷いた。
「なるほどね。どうしてあなた達が逃げられたのかようやく理解できたわ」
「これを持っていってください。きっと役に立ちます」
他のメイドや使用人からもピアスを受け取った。
「ありがとうございます」
ドロシーは微笑んだ。
「これでギルドの人たちを、それにリンダを救えるかもしれないわね。……私も行くわ。ギルドの方は私達に任せて」
僕は頷いた。
ドラゴンの素材と聞いてブラムウェルがやってきた。
「俺のドラゴンの刃はどこだ?」
「あなたのではありませんが」僕は呆れていった。
「ああ、でもなんのことかわかるだろ?」
「領主の城にありますよ」
「よし、じゃあ、取りに行こう。あそこは何度も入っているから勝手はわかる。マーガレットは記憶を書き換えられているんだろ? ドラゴンの刃で少しでも傷をつけられれば記憶をとりもどすはずだ」
「そうですね……よろしくおねがいします」
「ねえ、一つ聞きたいことがあったんだけど」僕はパトリシアに言った。
「何?」
「お前の師匠はお前の本当の父か、母だったのか?」
パトリシアは考えてから言った。
「ちがう。ただ血がつながってる。ひいひいひいひいおばあちゃん? ひいひいひいひいひいおばあちゃん? わかんない。だって不老不死だから」
そうだった。歳を取るという概念がないんだった。