#15. 落下(スティーヴン)
何もかもがいきなり過ぎた。僕は引きずられながら考えていたが、思うことが多すぎて気が散った。パトリシアの死について気持ちが整理できていなかったし、妖精術式についても全くわけが分からなかった。
「おい、そろそろ自分で歩け」突然団長が僕から手を離した。僕は後頭部を地面に強く打ち付けて悶絶した。
「何するんですか!?」
「おお、すまん。自分で体を浮かすこともできないのか」僕を何だと思っているのか。ユニークスキルはつかえない。だから《フライ》は使えないし、使えたとしてもこの短時間で発動できるはずもない。
「それは困ったなあ」団長は悩んだが、「まあいいか」と呟いて歩き始めた。僕は頭を押さえながら立ち上がり、彼らを追った。
敷地内には田畑があって、村人らしき人たちが汗水たらして働いていた。団長やルイーズが通ると、村人たちは頭を下げた。
「人が少なくないですか?」 僕が言うと、ルイーズが答えた。「今ここにいるのは少ないってだけっす。私達はどこにでもいるっすから」
僕は首を傾げた。
ついたのは敷地内にある別の建物で、通された部屋には椅子と机が置いてあった。がそれ以外にも物がたくさんあって雑然としていた。多分物置かなにかだろう。そこに無理やり机と椅子を置いたのだ。そうに違いない。
「我ら即席騎士団本部へようこそ」本部だった。僕は机についたが、彼らは適当なものを引っ張ってきて座った。ルイーズは盾に、団長は円柱の筒に。不安定でゆらゆらしている。団長が口を開いた。
「言っておくが私は実践派だ。理論派じゃない。だからルイーズに説明を任せる」
「よろしくっす」ルイーズが立ち上がった。盾が倒れて金属の音がカランカラン響いた。「何から話せばいいっすか?」
「〔妖精の樹〕について……」僕の言葉を団長が遮った。
「時間がないから妖力と魔力の違いについて。あとどうやって妖精術式を身につけるか」
「ちょっと!」
私が教えてやるって言ってたじゃないか、団長!
「わかりました!」ルイーズはそう言ってから、むむむと唸って言った。
「妖力はバーーーーーン!! って感じで、魔力はチョチョチョって感じっす。一緒にあるとしゅーんってなってしまうっす。だから気をつけるっす」
「え、何言ってんの?」思わずタメ口になってしまった。
おい、この人理論派じゃなくて感覚派じゃないか!!
何が、「私は理論派じゃないから、ルイーズに任せる」だ!
一番説明させちゃダメなやつだろ!!
僕は抗議の眼差しを団長に向けたが彼は素知らぬ顔で言った。
「よし、続けろ」
ルイーズは続けた。続けてしまった。
「で、妖精術式を身につけるのは簡単っす。妖精と仲良くなればいいっす」
僕は絶望した。一つも情報が伝わってこなかった。ただただ、理論派のドロシーが恋しかった。
「後は実践あるのみだ」団長はいった。
「ちょっとまってください。何もわからない!!」僕は勢いよく立ち上がった。
「考えるより実際やったほうが身につくっす」ルイーズはそう言って笑った。
「ああ、そういうもんだ」団長が言って、僕たちは部屋を後にした。「明日からやるぞ」
翌日。
ついたのは森の中の湖だったが、水面が見えなかった。モヤモヤとした煙が湖を覆っていた。また霧が出てきた。というよりこれは雲なのだろうか。肌寒かった。
「よし、実践だ。今から妖精術式を身に付けてもらう」
「どうやってですか?」僕は顔をしかめてそういった。
「さっきルイーズが言っただろ? 妖精たちと仲良くなるんだよ。その前に準備が必要だが」
「準備ですか?」
「ほら、これ持ってろ」団長は僕に細い棒を渡した。それはガラクタの中から持ってきたもので、思ったよりズシッと重かった。よく見ると木製ではなく、キラキラとした石でできていた。
「なんですかこれ?」
「しっかり握ってろよ」といって、彼は僕を湖に突き落とした。
湖に水はなく、僕は真っ逆さまに落ちていった。
すぐに地面があって、僕はホッとした。ゴロゴロところがって痛みをこらえた。
「おーい。生きているか?」上の方から団長の声がした。僕は立ち上がって、ため息をついた。
「死ぬかと思いました」
「生きてるっすね」ルイーズの呑気な声が聞こえてくる。
「さっきルイーズが説明したとおり、妖力は動的で、魔力は静的だ。同時に存在すると互いを弱めあって消えてしまう」
僕は眉根を寄せて上を見上げた。霧で覆われて何も見えないが、団長の方を睨んだつもりだった。
ちゃんと説明できるんじゃないか。
「最初からそう言ってください」
「最初からそう言ってるっす」ルイーズの不満げな声が聞こえてくる。
「だからまずは魔力を極限まで消す必要がある。なくす必要があるとも言える。それができるのがここだ。ここでは体から魔力だけが外に飛び出す」団長がそう言った。
僕は首をかしげた。
「僕、魔力なんてありませんよ?」
「何言ってる。ちゃんとあるじゃねえか」
魔力? そんなものもちあわせていないから、だから魔法を使えなかったんじゃないか。僕はブツブツと呟いていたが、上からの声で我に返った。
「制御棒はなくすなよ」団長の声が聞こえて、土を踏む音が遠ざかっていく。
「ちょっと置いていく気ですか……。あれ! 棒がない!!」
さっきここに落ちてきた拍子に手放してしまったらしい。僕はあたりを見回した。
どこだ?
「探しものはこれですか? スティーヴン」背後から聞こえてきたその声に、僕は固まった。
そんなバカな。振り返りたくなかった。そこにあるのは絶望の名残。
聞き間違いではない。僕は数日間彼女に従って生きていた。彼女の身の回りの世話をし、話を聞いて、そして最後は殺した。
僕は歯を食いしばり振り返った。
手のひらの感触、背中を蹴る足、苦悶。その全てが思い出される。
はっきりと。
「殺したはずだぞ、エヴァ」僕は彼女を睨んだ。
エヴァは不敵に微笑んだ。