#11. 平等な戦い
彼らは駆け出す。パトリシアは体ごと回転させて斧を振り、火の粉を散らす。ローレンスは腕を伸ばして槍を突き出した。斧は突き出された槍の穂先に近い柄を捕らえた。本当の槍であればそこは金属ではない場所。力に負けて槍は斧で二つに折られてしまっただろう。
しかし、これは魔法の武器、それに片や炎で、片や水。
水の槍を通り抜けた斧はまるで、ナイフで切られた布のように、刃先に切れ目が入った。槍が振られると水しぶきが舞い、斧は完全に二分されてしまった。
パトリシアは一歩下がって、斧を振り直す。炎が燃え上がって、削り取られた刃先が元に戻る。
ローレンスは笑みを浮かべる。
「武器を変えたほうがいいんじゃないか?」
パトリシアは首を横にふる。
「いい。師匠が言ってた。戦うときは正々堂々。これで平等な戦いだから」
ローレンスは鼻で笑うと、また、穂先をパトリシアに向けた。
「ならば、容赦はしない」
ローレンスは槍を突き出す。今度は穂先がまっすぐパトリシアの体を向いている。パトリシアは体を捻って槍を避けると、斧を振り、ローレンスの体を薙ごうとした。と、ローレンスは槍を縦に持って、体を守るように横に降った。大きな水の膜がローレンスの体の前にできて、炎の斧は通り抜けられず、消えてしまった。
パトリシアの斧は柄の部分しか残っていない。彼女は斧を振って、刃を取り戻そうとしていた。
だが、ローレンスはそれを待たず、細い棒を持ち替えて、パトリシアにつき出した。彼女は避けるが、追いつかない。ローレンスが手首だけで向きを変え突き出すことのできる槍は、騎士たちが使うものよりずっと速く動く。
パトリシアは斧を元に戻す暇もない。必死で穂先を避け続ける。と、穂先が彼女の脚を貫いた。パトリシアはぎょっとして、地面に倒れ込んだ。
僕は駆け寄ろうとしたが、彼女は制止した。
「来ないで、お兄ちゃん」彼女はなおも無表情だった。脚を刺されて、大きく傷が開き、血を吹き出しているのに……。
彼女はもっと表情豊かだったはずだ。父さんが家を出ていこうとしたとき、大泣きしていたじゃないか。僕が村を出ようとしたときも、怒って、泣いて、笑って送り出してくれたじゃないか。
僕は立ち止まってパトリシアを見ていた。
彼女は脚を抑えながら立ち上がって、ふらついた。
「まだやるのか?」ローレンスは首をかしげた。
「あたりまえ」パトリシアは斧を振って、完全に直した。
ローレンスはため息をついて、槍を突き出した。パトリシアは斧を盾のように使った。刃を横に向けて、広い側面を相手に向けて、突きを止めようとした。
だが、それは無駄だった。
水の槍は炎の斧を突き破って、パトリシアの体まで届いた。
「パトリシア!!」僕は叫んだ。
彼女の体には大きな穴が空いた。水のせいで血液は噴出するそばから流れていく。
ローレンスは槍を持ち上げた。パトリシアの体は槍の先でぶら下がる。彼は少しの間彼女を観察すると、木の建物に向けて振った。
「やめろ!!」僕は叫んだが、槍の動きは止まらない。パトリシアの体は高く飛ばされ、木の幹に大きな音を立ててぶつかった。血が飛び散って、彼女の体は木の幹を離れ、すぐに落下し始めた。僕は何もできず呆然とそれをながめていた。彼女の体は地面に落ちて、動かなくなった。
そんな……、嘘だろ?
何が平等だよ。何が正々堂々だよ。馬鹿野郎。
僕は頭を抱えた。
「アール様を探さなければ……。私の大切な……」ローレンスはあたりを見回してぶつぶつとそういった。
僕はパトリシアの落ちたあたりを見て固まっていた。
どうして逃げなかったんだ……。
死ぬなんてあんまりだ。まだ話していないことがたくさん……。
僕はうなだれた。
ローレンスはため息をついて「《失せろ》」と言って槍をしまい、僕の方へと歩いてきた。
と、その時だった。
ローレンスが突然、なにかに気づいて後ろに飛んだ。彼のいたあたりに、一本の矢が突き刺さった。
「ああ、反応しやがったっす。外したっす」上の方で声がした。見上げると、木の枝の上に軽装の鎧を着た女性が立っていた。彼女は弓を構えていて、ローレンスに狙いをつけていた。
「外したあとに口を開くな。お前が口を開いている間にもう一矢くらい射られるだろ」
木の陰から剣を持った男性が現れて、そういった。
「あーい。気をつけますー。ダンチョー」弓を構えている女性は間延びした声でそういった。
ローレンスは舌打ちをすると、ぶつぶつと詠唱を始めた。
団長と呼ばれた男性は剣を構えマントを翻して走り出した。
ローレンスは〔白の書〕を抱えたまま立っている。
「《掠める女の姉、伝令、神託、虹の橋を渡れ。闇と夜の息子、口に含んだ銀貨、苦悩の川を運べ》」
彼は早口で詠唱を終える。団長の剣がローレンスに伸びる。
「《空間転移》」ふっとローレンスの体が消えて、団長の剣は空を切る。彼は舌打ちをした。
「畜生」
「ダンチョーが口を開いている間に、もう一太刀くらい入れられると思うっすよ」木の枝からふわりと浮いて降りてきた軽装の鎧の女性はそういった。彼女も団長と同じようにマントを着ていて、それが揺れる。
「口ばかり達者だね、ルイーズ。いない相手をどうやって斬るんだ?」
ルイーズは「さあ?」と両肩を上げた。
「なんか変な感じだった。何だあいつは」団長はぶつぶつと言ってから、僕を見下ろした。
「やあ、君が〈混沌〉だね。王が待っている。ついてきてくれ」
団長は僕を立ち上がらせてそう言った。僕はパトリシアが落ちたあたりを振り返った。
「パトリシアが……僕の妹が……」
「大丈夫っすよ。あたしたちが責任持って回収するんで」ルイーズはそう言った。
団長は詠唱を始めた。
「《同士達よ、私と謳え》」まだ聞き慣れない、パトリシアたちと同じ《テレポート》の詠唱が続く。「《空間転移》」
僕たちはその場から消え去った。