FILE9:聖なる心の道標
そこでふと彼の言に気になるところが出てきた。
彼は禁呪を使って不老不死だと言わなかっただろうか。
「あの…お聞きしても宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「貴方は何故、延命の禁呪を?」
そこまでされて死んだというのに、何故生きる道を選んだのだろうか。
自分なら落とした命を繋ぐ事はしない。
漸く全てから開放されるのだから。
自分を不幸だとは思っていないが、無理に生き永らえたいようなものではない。
そう考えていると、男は口に笑みを携えたままで静かに語り出した。
「死なんてものは個人の観念だ。本人が良しと思えば、生きるも死ぬも自由。ただ俺は普通の死に方をしてはいない。十九の時、自分の執事に殺されたんだ」
「…っ!殺された?では…生を望んだのは復讐ですか?」
「否、自分の身体を使った実験だ」
実験という単語に僕は怪訝な眼差しを向けた。
「俺はこの屋敷の中しか知らない。その生活がつまらなくてな。俺が生きている事を知った執事がどんな顔をするかが見たくなったんだ。見てみたくはないか?自分を殺した男の畏怖する顔を…」
そう言うと、彼は目に狂気を滲ませて、可笑しそうにくすくすと笑った。
相手の苦しむ様を見るなど、やる事は常軌を逸している。
だがこれも人生の楽しみ方なのだろうか。
判らないといった顔をしていると、更に笑いが聞こえてくる。
「想いも人其々。全てを理解するほど難しいことはない。俺のこの“遊び”も俺だけが理解して、俺が愉しめればそれで良い」
そんな自分の人生を満喫しているような、後悔等していない堂々とした話し方だった。
彼は自分の為だけに不死の生を望み、生きている。
そんな生き方もあるのだと僕は初めて知った。
母さんの笑顔が見たいが為に…。
今までは狭い世界の中で、そんな生き方しか知らなかったから。
僕は無意識に自分の経緯を彼に話していた。
自分と同じ彼に会えた喜びと、ずっと打ち明けられなかった煮詰まった気持ちから、彼の前にきて溢れ出た。
彼は無言で言葉に耳を傾け、話し終えるとポツリと呟いた。
「“死の愛鳥”か――」
その言葉の意味が解らず、首を傾げると彼はふっと笑った。
「死を司る悪魔の羽を持った片翼の天使。しかしお前は愛された。飼われている小鳥のように、大事に翼を広げられぬ狭い籠の中でな」
飼われるという言葉に僕は憤りを感じて、男を睨み上げた。
その反応すら愉しむかのように、男はくつくつと笑う。
気に入らずに顔を背けると、男はすまんと謝ってきた。
「少し苛ついて出た悪冗談だ。…俺はお前を羨ましく思う」
今男の口から継いでた言葉が信じられず、僕は顔を上げた。
そこには先程までとは違う、優しい笑みがあった。
「俺には家族の思い出が殆どない。生きていても危機を分散する為に、極力逢わずに暮らしていたからな。だから誰か一人に存在を認められて…愛されて育ったお前が俺は羨ましく思う」
そう言うと、彼は少しはにかんだ笑みを浮かべた。
経歴は自分と同じ。
しかし、信頼できる人が傍にいるかいないかの相違があった。
僕がもし彼だったら、耐えられなかっただろう。
あの時もしも母に見捨てられたら、人生を投げ捨てていたかもしれないから。
僕は唯一自分を自分と認めてくれた、その男に視線を合わせた。
初めて共感できる彼と出会えたことを感謝する。
自分を認めてくれる存在を探すという目的が果されたのだから。
自分の買い被りかもしれないが、彼も自分と同じように考えていたら良いと思う。
道を行くのに必要な、多大なる気力を彼から貰った。
何も言わずに見ている僕を不思議に思った彼が首を傾げる。
何処か可愛く見えるその仕草に苦笑し、僕は頭を下げた。
「お話有難う御座いました。貴方に出会えたこと感謝します。おかげで、自分の居場所を探す気力が再度湧きました」
「居場所?」
「はい。母との最後の約束なんです。異質な僕を受け入れてくれる居場所を見つけるって。と…すみません」
彼が親と接触が少なかったのを思い出し、僕はすぐさま謝った。
親の話は自慢されているみたいで嫌だろうと思ったから。
だが意に反し、彼は噴出して笑い出した。
ぽかんと呆気にとられていると、彼は必死に笑いを堪えた。
「くっくっ…!謝ることはない。気にしてないからな。それに俺の一族は、まだ何処ぞで生きているだろうから、お前と気持ちの痛み分けといったところか…」
未だに笑いを堪えながら彼はそう言い放った。
一度ツボを突くと中々立ち直れない人らしい。
僕は漸く納まってきた彼を見ながら、苦笑を漏らした。
そういえば、久々に本当の意味で笑ったかもしれない。
人の気持ちをも動かせる彼を、やはり凄いと思いつつ、僕は彼に笑みを浮かべて向き直った。
「それでは僕はこれで…。久々に話せて楽しかったです」
失礼と言って振り返り、翼を再び広げる準備をする。
此処からであれば飛び立てるだろう。
「おい、ちょっと待て」
彼から声が掛かり、僕は振り返った。
門に寄り掛かって腕を組み、僕を見て企むような笑みを向けた。
「居場所を探しているんだろう?此処はいつでも空いてるからな」
「…え?」
一瞬意味を掴みあぐねて、僕は彼に聞き返す。
“いつでも空いている”。それは…。
「無理にとは言わん。ただ場所がないなら、此処へ何時でも帰って来い。部屋は腐るほどあるし、住んでいるのは俺と館の管理者だけだからな」
俺とと言う時に親指で自分を示して、彼はニッと笑った。
僕は驚きで目を見開いた。
そんな言葉を、夢にも思っていなかったから。
彼は背を門から離し、マントを正すべく翻した。
「俺の名は、ルゥア=フェネリット。異名は“赤眼の悪魔”だ。何かあれば尋ねて来い。住むにしろ、住まないにしろ援助はしてやろう」
それだけ言うと、ルゥアは身をも翻し、門を開けた。
僕はその背を見て、拳を握り締めた。
こんな嬉しい申し出に、迷うことなどない。
「…フェリスです!」
中へと入ろうとするルゥアの背に向かって僕は声を出した。
ルゥアは足を止め、振り返った。
「僕の名前は、フェリス=ハーヴェリー=ディヴァイン。その意を天使の古代オルフェニス語で“聖なる心の道標”と言うんです」
まだそう離れていないので、先程までと同じ音量で言った。
何年かぶりに唱えた、たった一つの自分の名を…。
それを聞いたルゥアは薄く笑った。
「フェリス…か。良い名だ」
そう言った後、ルゥアは何かを待つように僕と目を合わせた。
全てを見通している笑みを浮かべて。
そんな彼に向かって、僕は決意して後一歩の言葉を踏み出した。
「貴方が宜しいと言うのなら、此処を僕の居場所にさせて下さいっ」
その言に、ルゥアは直さま微笑し、歓迎する。と短く告げた。
僕は宜しくお願いします。と述べ、喜びと嬉しさで笑みを浮かべた。
あの時母が見せたような暖かい笑顔を…。
そんな僕を見てルゥアは優しく微笑むと、また屋敷へと歩き出した。
「居場所が決まったのなら、早く母親の墓前に報告して来い。きっと楽しみに待っているぞ?フェリスから報告がくるのを…」
此方を見ずに、ルゥアは手をひらひらとさせる。
その言葉に、これからするべき事を思い起こし、翼を広げた。
「すみません!それでは行って参ります!」
僕は慌てて空へと飛び立った。
三年も経ってしまったが、母にこの嬉しさを報告するために。
スピードを出して飛んだ為に、ルゥアが「帰ってきたらお帰りというべきか?」と呟いた事は解らなかった。
三年ぶりに母の墓前で手を合わせる。
今まで見てきたものを僕は全て話した。
最後に祈りを上げて、僕は母に笑いかけた。
「彼に会えたのも母さんの御蔭だ。本当に有難う…」
この母が居なければ、居場所を探すことも、生を全うすることも、こんな風に笑うこともなかっただろうから。
僕はそれだけ告げると踵を返して、屋敷を目指して飛び立った。
彼のいる『屍の館』へ――。
初めてお互い認め合える人に巡り合い、
あの場がやっと見つけた僕の居場所。
これからは心の底から、本心で笑って生きていこう。
“悪魔”と呼ばれる彼と共に。
“死の愛鳥”という名を背負って。
ずっと…ずっと……。
僕に愛をくれた貴女の分も
この生が真実尽きるその日まで…。
これからの未来は貴女の為にだけではなく
自分の為に…―。
フェリス。
それは『聖なる心の道標』
自分の行く道をただ信じて――。
<END>
はい!これにて『死の愛鳥』は完結となります!
拙い文面ではありましたが、読んで下さった皆様、有難う御座いました!
堕天使フェリスの家族愛と生き様を書いたつもり…。
無理矢理つめこんだので、私自身なんだかなぁとは思いますが。
何はともあれ、読んで下さった方々には感謝致します。
最終話までお付き合い下さり、有難う御座いました!