FILE7:誓いの旅立ち
母がこの世を去った次の日。
見送るかのように晴天に恵まれ、僕は一人母の埋葬をした。
静かな…けれども景色の良い小高い丘に。
僕は墓前で手を合わせて、約束通りに微笑んだ。
此処はよく母と共に来た誰も知らない自分達だけの秘密の場所。
思い出がたくさん詰まったこの場所が一番良いだろうと考えた。
誰にも荒らされる事なく、静かに成仏できるはずだ。
僕は十字を切って立ち上がった。
「じゃあね…母さん」
それだけを口にして、僕は背を向けて足を踏み出した。
もう暫らく此処へ来ることはしないだろう。
母を忘れることなどは決してない。
ただ、それでも約束だけは守りたいから…。
自分を受け入れてくれる人と出会え、真実自分の居場所が見付かったその時は…再び此処に訪れよう。
貴女に幸せを伝える為に。
世界を周り、それを見つけることが約束の一つ。
そして、もう一つは…。
「ふ、フェリス!?」
一人の同族が僕に気付き、たじろいで一歩下がる。
その声を聞きつけて、多くの民が集まってきた。
怖いのなら出て来なければいいというのに。
それでも妙な所で仲間意識の強い天使族は、集結して僕に眼を向けた。
此処まで集まったのは、場所が悪かったのもある。
何といっても、今居るのは何年も遠ざけて来た天使の街。
こうなる事は予測できていた。
それでも理由があっての行動だった。
「何をしにきた?」
「少々御挨拶に。僕はもう此処から去りますので、ご安心下さい」
僕はそう言って、軽く礼をとった。
その言動に辺りはざわついた。
「何故、今頃?」
「もう此処に大切な人は…、母は居ませんから…」
そう言うと、ざわめきはより一層大きく広がった。
奇声を発する者もいたが、僕には気にならなかった。
「お前が…殺したのか?」
そんな言葉がポツリと呟かれ、一気に静まり返る。
だがそれを切っ掛けに、罵声が上がった。
「やはり悪魔だ!よくしてくれた母親を殺すなど!」
「愛を死をもって返すなんて…!」
「死神め!お前が死ねばいいものを!!」
そんな声が口々に掛かる。
僕は冷静にそれを受け止めていた。
此処へ来たのは、もう一つの約束を始める為。
罵声も気にせず、否定もしなかった。
確かに自分は死神なのかもしれないという思いがあった。
殺したのは間接的にであれ、自分だったのではないかと。
病気の原因が、過労や精神への負担があったかもしれない。
僕を守って生きていく事はそれだけ大変であっただろうから。
それが分かっていても…
「僕が殺した…そう思って頂いても結構です」
凛とそう言い放つと、場が静まり返る。
僕は続いて一族を見渡し、微笑みを向けた。
「ですが、死ぬわけにはいきません。僕にはまだやらなくてはならない、母との大切な約束がありますので」
その言葉を最後に僕は初めて翼を大きく広げ、大空に飛び立った。
左右音の違う翼を羽ばたかせて、空気を切る。
今まで知らなかったが、顔に強くあたる風が気持ち良い。
一族から放たれたはずの罵倒の言葉は、羽音で一切聞こえなかった。
もう一つの約束。それは…
「もう二度と涙は見せない…」
何を言われようとも、何をされようとも。
これからは笑って生きよう。
最後に貴女の前で笑顔を見せられなかった分も…。
僕は定期的に翼を羽ばたかせた。
行く宛などありはしない。
ただこの広い世界を見る為に。
そして、自分を受け入れるような変わり者を見つける為に。
一人、未だ見知らぬアナタを探そう…。
僕は一人、これからの事を想像して笑みを浮かべた。
その笑みは不思議と気持ちを楽にさせた。
何日、何ヶ月、何年とそれは変わらずに。
辛い時も。
悲しい時も。
ずっと――。