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FILE4:偽りの崩壊


三話に引き続き、過去編。

ここでの主人公フェリスは13歳となります。



疑問を打ち明けることが出来ないまま、また年月が過ぎた。

もう鏡で自分の姿を見てから十年経ち、僕は十三歳になっていた。

時を見ていたとはいえ、長く引き摺り過ぎて逆に聞き難い。

何故、こんなにも引き摺ってしまったのだろうか。


母さんが可哀想だから?


悲しむ顔を見たくないから?


そう考えたが、今一ピンとこない。

始めはそう思っていたはずだった。

母さんが笑顔でいてくれるのならそれで良いと。

だが、今は…。

その時、僕は一つの仮説に行き着いた。

矛盾のないその完璧な答えに僕は吐き気がした。

他の誰にでもなく、自分自身に。


「怖がってる…だけじゃないか」


そう僕は怖いんだ。

母にその真意を聞くことが…。

自分が望んでいた答えと違っていたらどうしようと。

嫌われていたらどうしよう。

本当は僕のこと邪魔だと思っていたら…。

考えにはキリがなかった。

僕はただ単に逃げていただけだ。

自分が傷つきたくない、というその一心で。

卑怯で、醜くて、自己中で。

僕は自分が最低な人だとその心に吐き気がしたのだ。


「もう止めよう…」


自分を庇護するのは…。

たとえ嫌われていても、ここまで育ててくれた事は感謝している。

外に出されても、一人で生きていける知識はある。

こんなに良くしてもらえて、もう十分ではないか。

これ以上、此処に居座っても迷惑に決まっている。

何を迷うことがあるというのだろうか。

もう選択肢は一つしかないというのに…。

心は自問自答をして、既に決まっていた。

今日こそ真意を確かめて、母さんのいう通りにしようと。

僕は扉の前まで移動して一度立ち止まった。

これで今日までの生活が全てが終わるだろう。

既に好かれているとは思っていない。

自分がどれだけ苦しめてきた存在か解っているから。

十三ならそれが解っても、この疑問を浮かべてもおかしくはない。

今まではより気味悪がられるからと、何も知らない無垢な子供のフリをして隠し通してきたのだ。

またこれから少しだけその演技をする。

恐らく最後になるであろう演技を…。

僕は自分の思考に忍び笑った。

またどうでも良いことを考えていると。

決心とは裏腹に、どうやら奥底では先送りにしたいようだ。

僕はそれを打ち切るようにドアノブを握った。


「さあ、行こう…」


自分にそう言い聞かせて、ノブを捻る。

僕はゆっくりと運命の扉を開いた。


「あら、まだ起きてたの?」


扉の向こうには編み物をしている母さんがいた。

僕に気が付いて、微笑みかけてくる。

それは毎夜見かける母の姿。

編んでいるその手は傷だらけで、痛々しい。

その手は家事で付いたものではない。

僕のせいで仲間に付けられた絶えることのない傷跡だ。

いつまでも黙って立っている僕を不思議に思ったのか、母さんは近くの椅子を引き寄せて、僕を手招いた。

僕は傍に寄りはしたものの、座ることはなかった。

この方がすぐに出て行けるから…。


「どうしたの?何か怖い夢でも見た?」


そう優しく問いかけてくる声に名残惜しさを感じつつも、僕は何回か間誤付いて、ゆっくりと口を開いた。


「何で…捨てなかったの?」


「何のこと?何か頼まれてたかしら?」


そう言いながらも手の内の作業は止めず、最後の始末に入る。

解っていない母に違うと首を振った。


「どうして僕を殺さなかったの?」


そう言って漸く母の目が驚きに見開かれた。

驚くのも当然だろう。

今まで姿を見たことも、言葉を理解していた事も、不安要素となることは言っていなかったのだから。


「なん…で、そんなこと…」


やっと発せられた母の声は、喉に詰まるように掠れていた。

次に“これ”を言った更に驚くだろうか。

いや、嫌悪を向けて怒り出すかもしれない。

何故もっと早く言わなかったのかと。

早く言えば捨てる理由が出来たのにと。

僕は自分の考えに苦笑した。

自嘲的に笑った僕を信じられないような目で見返してくる。


「僕、自分の姿の事知ってるよ。鏡を見たから」


母の顔に更なる驚愕が浮かび、次いで蒼褪めていく。

僕はそれを見ながら話を進めた。

一度話し出すと出し渋っていたそれは、堰を切るように溢れ出た。


「三歳の時かな。母さんが居ない時に見たんだ。自分が嫌われていることは生まれた時から声も聞こえてたし、理解してた。ただ話す能力がなかっただけ。だから姿を見た時納得したよ。これが皆が怖がってる理由かって…」


自分はこんなにも饒舌だっただろうか。

可笑しなくらい言葉が続く。

母は声も出せずに、ただ僕の言葉を聞いている。

僕は今まで自分というものまで隠してきていたようだ。

言葉の数々にその事が今日になってやっとわかった。

ずっと押し込んできた言葉は止まることはなかった。

続けると共に母の顔は次第に険しくなっていく。


ほら、やっぱり邪魔だったんだ。

僕が居なければ平和な日常が送れていたのだから…。


本当は殺したかった?


捨てると呪われそうで怖かった?


それとも、僕が可哀想だった?


でもそれはただの偽善。

自分で言いながらも言葉がしっくり来ない。

自分を母に置き換えて、一番言いたい事は…。

ああ、そうだ…。




「産まなければ…、良かった…?」




その言葉と共に室内に渇いた音が響いた。



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