FILE3:幸福の為の嘘
第三話から過去編となります。
主人公フェリスが3歳の時の話です。
僕は産まれた時から言葉が理解できた。
ただ舌足らずの口で話すことは出来ない。
成長過程の上でそれは当然のこと。
でも僕にはそんな当然のことが、殆ど当て嵌まらなかった。
思考力に至っては、既に大人並みであると自負できるほどだった。
それを知らずに大人達は僕を目の前で声を張り上げていた。
口々に殺せ、捨てろ。と…。
僕はただただずっと静かに耳を傾けていた。。
だから母さんが同族の人達に蔑まれている事も、僕を殺すか捨てるかするようにせがまれていた事も、全て僕が生まれてきてしまった事が原因なのだと知っていた。
三歳になった時、初めて鏡に姿を映せた。
自分の姿を見て、僕はすぐに納得してしまった。
ああ。だから皆は畏怖していたのだと。
鏡に映るのは一族特有の純白の翼ではなく、悪魔のような漆黒の翼だったから――。
片翼だけとはいえ、白と黒では黒の方が際立って見えた。
今まで母さんは僕を鏡の前へやらなかった。
外へも生まれてから一度も出たことがない。
自分が知っているのは、窓から切り取られた世界だけ。
実際、今だって隙をみて、鏡を盗み見ているのだ。
「優しいな、母さんは…。僕を捨てれば済むのに…」
そうすれば苦しまなくて済むのに。
僕は鏡に手を付いて、ぼそりと一人呟いた。
鏡に映る自分の顔は、心なしか寂しそうに目が揺らぐ。
それは自分ではない別人だと思える表情で少し驚いた。
普段はどんな時でも笑っている。
母さんが笑うから。
それに伴って僕も笑う。
時々無理に笑う母さんが痛々しくて、辛さを忘れるように、馬鹿の一つ覚えのように毎日笑みを向けていた。
きっと毎日苦言を言われてるに違いない。
自分のせいだと判っていたから、少しでも忘れるように。
そう願いを込めての笑みを…。
僕は必死に顔を戻して、自分自身に満面の笑みを向けた。
どうして母さんは僕を捨てなかったのだろうか。
どうして殺さなかったのだろうか。
そんな疑問が毎日絶えない。
鏡に布を元通りに被せ、椅子に深く腰掛ける。
僕は目を閉じて、先ほど見た自分の姿を思い起こしていた。
そうしていると玄関のドアが開き、母さんが帰ってきた。
笑顔で「おかえり」と言うと、「ただいま」と笑顔が返ってくる。
どんな目に遭っても、母さんは僕を手放さない。
胸に抱き寄せ、本当に大切に接してくれる。
暖かく優しい微笑を向けながら、頭を撫でる。
そうされる事が僕は大好きで、暫しその余韻に浸っていた。
今は母さんが笑っているのならそれでいい。
そう思い、僕は鏡を見たという事実を隠した。
これは今の関係を崩したくないと願う、自分の我儘だ。
でも、長きの疑問が頭から消え失せることはなかった。