幸せの条件
私の彼氏はビックリするぐらい背が低い。160センチもあるかないかで、私と言えば身長175を越える。帰宅すると、彼氏が低い身長を必死に伸ばして上の棚から新しいラップを取ろうとしていた。ギリギリまで爪先で立って、一切無駄のないルートで体を伸ばし、腕を伸ばし、指先まで伸ばしきっているのに、ラップまではまだ5センチ以上ある。私くらいの身長ともなると、届くか届かないかなんてチラッと見るだけでわかるのだ。
顔を真っ赤にして本気を出す彼氏は、ついにがっくりと肩を落とした。
「なぁ、椅子どこにあったっけ?」
どこかすがるように言ってくるが、私は彼氏を見向きもせずに淡々と答えてやる。
「どっかあったでしょ」
「ないんだけどなぁ」
「ふぅん」
携帯を取り出していじりだすと、彼氏はまた決心したように今度はジャンプも入れて見る。
無理だよ。あんたは運動神経抜群に悪いんだから。跳び箱だって3段限界だし、高跳びはそもそも足がおかしいから下にどれだけ下げても引っ掛かってるし、砲丸投げなんてほぼ足元に落ちる。マラソンなんて最初の2週目でバテるし、そのくせドッチボールじゃ顔にばっかり当たってなぜか当たってるのに出られてない。
そんな彼氏が今全運動神経を駆使してラップを掴もうとしている。私はその姿をそっと携帯で撮ると、そのまま知らないフリをして座ったままだった。
ふと、隣に誰かの気配がしたかと思うと、顔を蒸気させた彼氏がそこにはいた。多少息も上がっているのが面白い。膝を抱え、顔を赤くして、もじもじとしながら小さな声を出す。
「ラ、ラ、ラップを、取っていただけないでしょうか」
私は吹き出しそうなのを押さえながら何食わぬ顔でラップをとってやった。
「ほら、ありがたく受けとれい」
「ありがとう!!」
そう言って、彼はたったそれだけのことに嬉しそうにするのだ。私は横目で冷蔵庫の横に隠しておいた彼氏専用の台を見てさらに笑いそうになる。全然気づくそぶりもなく、棚の上のものが昨日の晩よりも全体的に後ろに下げられているというトラップにも気づいてない。
しばらくして、台所で歓声が上がった。彼氏が嬉しそうに持って来てくれたのは、お手製のホールケーキ。でもろうそくは早く灯しすぎたせいでどろどろに溶けてるし、一部ケーキと合体しちゃってる。クレームはムラだらけだしスポンジも見えてるし、本当に不恰好だけど、真ん中につけられたチョコペンで書いた私の名前は、一目でわかった。ラップの上で書いて冷やしたんだってことが。
「誕生日おめでとう!いや、あのさ、本当にぐちゃぐちゃなっちゃったけど、俺」
運動もできなくて、背も低くて、私にギリギリまで助けを求めに来ないぐらい変にプライド高いけど、それでも私は知ってる。見てくれだとか、できるできないとか、そんなことの何倍も。
「あ、こころうそく溶けてついちゃってるよ」
「え!?どこどこ?」
あたふたする彼氏の顔を思い切り写真撮ってやる。
アルバムには、台を探す姿も、ラップを限界まで取ろうとする姿も全部保存してある。
背が高い、背が低い。そんなことで悩んできた私達だったけど、彼氏を見るたびに思う。
私は見てくれだとかそんなものに興味がない。その優しさが全てなんだと。
「ごめんごめん、早く食べよう!」
ラップを取るタイムロスでろうそくはどろどろで大変なことになっていたけど、綺麗なケーキより二人っぽくて私は好きだ。
「ありがとう」
「こんな俺で良ければーーあっち!あちあちあちあちあちっ!!」
ろうそくが手について、見たこともない早さで手を振っているが、表面が乾くだけである。
「なにしてんの!ダメだってそれじゃ!」
「あっつー!!」
そんな彼氏を見て、私は吹き出してしまう。
彼氏が洗面所に走っていくと、私はふと捨てる勇気の出なかった段ボールを見た。彼氏の教科書がたくさん入ってる。油性ペンの暴言のせいでろくに文章も読めない無駄な教科書達。
私は段ボールに「バーカ」と大きく文字を書くと、ガムテープで思い切り閉じてやった。
「うわ、やっととれた。ろうそくって怖いわー」
と、言いながら彼氏は今封をしたばかりの段ボールに思い切り座った。もちろん体重に耐えきれず段ボールが潰れて彼氏があたふたしている。
「ばかじゃん!ほんと、あんたってばかじゃん!」
そう言いながらも、私はどこか嬉しさで一杯だった。
暴言まみれの教科書を、踏んづけたからと言ってさりげなく交換してくれた。全部全部、私の読めない教科書と交換してくれたんだ。この教科書は私のものなのに。
うちの彼氏は格好がつかない。世間一般の女子がダメでも、私には大アリだ。
「あー!ほらもうろうそく!」
「ほんとだ!早く消して消して!」
ハッピバースデーの歌を歌う前に、私は笑いながらろうそくを吹き消した。
あいつら誰も予想できなかっただろ。私は今、幸せだ。私にはお金より、仲間より、この優しさ1つで十分なんだ。