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大きな城



 瞬きをすると、喉かな景色はなくなっていた。

 実りを迎える畑が広がる土地も、小さな家が建っている町並みでもない。

 前に、そびえ立つ、大きな城があった。


「わぁ……」


 こんなにも巨大な建造物を見たことがない。それは美しい城は、絵本で見た城よりももっと見事なものだった。

 感嘆の声を上げたティナが見上げていると、ラザレスに「行くぞ」と手を引かれて、前に進まなくならなければならなくなる。

 もう少し見ていたいのに、近づくと首が痛くなるほど見上げても全体像は見えなくなってしまった。


「何者だ」

「何者だって失礼だな」


 前を見ると、大きな門の門番らしき人が二人。槍を手に訝しげな顔をしていたが、ラザレスの顔を見て、一瞬ではっとする。


「失礼致しました!」

「エドガーとかいう名前の人間はいるか」

「王子のえ、エドガー殿下でありましょうか」

「王子、な。じゃあそいつだ。ティナ、カード持ってるか」

「うん」


 持ってきていたカードを差し出すと、受け取ったラザレスはカードを門番に渡す。


「そのエドガーとやらにこれを渡して、来たと伝えろ」

「は、はい!」


 門番の一人が走っていった。

 その後ティナもすんなりと門を通ることができて、門の中、城へと近づいていく。


「ラザレス、勝手に入ってもいいの?」

「入る権利があるからな。止められる謂れはない」


 ラザレスは神の獣だから、そうか。

 中に入ると、内装により驚かされた。まず広いし、何だかきらきらしている。

 廊下が見たこともないくらい長くて、広くて、廊下の幅だけで、一部屋分以上の広さがありそうだ。

 床は塵一つないばかりかピカピカ。上を見上げれば、高すぎると思える天井があり、壁には灯りを灯す燭台に刻まれた模様が細かい。

 全体的な印象として、身分の高い人々のいるような場所、だ。何だか落ち着かない場所だとも思った。

 とにかくティナには物珍しいもので、きょろきょろと周りを見ていた。

 ときどき足を止めそうになったり、道を逸れそうになると繋がれたままの手に阻まれるので、自覚する。


「ようやくお迎えか」


 ずっと迷いない足取りで進んで、導いてくれていたラザレスが足を止めたことで、ティナも自然に止まる。

 窓に向けていた目を前に移すと、廊下の先に数名の人が立っていた。

 先頭に立っているのは男性だ。

 門番の男性とは異なる服装で、しかしやはりきっちりとした、小綺麗な格好で、丁寧なお辞儀をした。背後にいる男性や女性も同じくお辞儀をする。

 領民に挨拶で頭を下げられることはあっても、緩い付き合いのティナはこんなに揃って頭を下げられたことはなくて、少し戸惑う。


「お部屋にご案内致します」

「『王子様』はどうした」

「エドガー様はまずは客人に休んでいただくことを望んでおられます。今日はどうかごゆるりとお休みになっていただくようにと、お世話を申しつかっております」

「今日は、な」


 呟いたラザレスはティナを見て、「どうする?」と聞く。尋ねられたティナは首を傾げる。

 どうすると言われても。


「エドガー様……ええっと王子様にはお会いできないということですか?」

「はい、本日はお忙しく……。申し訳ございません。その代わり旅の疲れを癒していただけるように、おもてなしをさせていただきます」

「その辺りはどうぞお構い無く」


 旅も何も一瞬だった。

 隣でラザレスが「白々しいよなあ」と薄く笑っているのを横目に、ティナは考える。

 いち早くと思って来たけれど、予告もせずに来たからだろうか。どうも王族で、王子様であるらしい『エドガー様』は忙しいようだ。

 国の王子様となれば忙しいのだろう。前もって言えば良かったのかもしれないが、その手段が思いつかなかったので仕方がない。

 邪魔をして無理を言うのは論外だと考え、結論を出し、申し訳なさそうにしている男性に言う。


「では、後日伺ってもよろしいでしょうか」


 どうやら一瞬でここに来られるようだから……とラザレスを見て確認すると、ラザレスは「可能だな」と応じるので、それがいいとますます自分で出した結論に納得がいく。

 今日、次の日時を決めればこのようにはならない。

 だが。


「いえ、いえ。エドガー様はご招待した客人にそのような手間をかけることを望んでおりません。どうか、お部屋もご用意致しましたので、ごゆっくりお過ごしになってください」

「え」

「すでにおもてなしをさせていただく準備も整っております」


 こんなことを言われる。

 すでに準備をしているから、今日は用意した部屋でゆっくりするように、と。


「エドガー様がお泊まりになるように、と仰っております」


 どことなく強調された気もして。

 王子様がそう言っていると。そう言われると、何だか断ってはいけないような気分になってくる。

 何しろ相手は王族である。その好意と、すでに整えられてしまっているらしいものを無下にするのは……。


「ティナ、お前が帰りたいなら帰ってもいい。あれはわざと言ってるだけだ」

「でも……王子様がそう仰っているのなら帰り辛いわよね」


 特に最後の言い方では命令に近く聞こえる。

 ちらっと、微笑みが張り付いたように崩れない男性を見ると、胸に手を当てた恭しげな動作のまま、ティナが考えていることが分かったようにさらにこう付け加える。


「命令であると捉えてくださっても結構です」


 と。それは、決定的なものだった。

 まるで何を言おうとも最終的にはその言葉が用意されていたようでもあり、とにかく、ここに来たティナの道は一つにされた。

 どうやら帰る選択肢はなく、今日はカードの送り主である王子様には会えなさそうだが、城でゆっくり過ごす他ないらしい。


「分かりました、お世話になります」


 じゃあそうしよう、とティナが言うと、男性は「ありがとうございます」と頭を下げた。


「ラザレスもそれでいい?」

「お前が決めたなら」

『決めたならじゃないよ。……これだから()()()は』

「アルヴィーは駄目?」

『ティナのことを言ったんじゃないよ。それに駄目って言っても、ティナが困るもんね……。人間には地位があって、ティナは王子様に逆らえないんでしょ』

「うん。あまり良くはないと思う」


 だからここにも来たから。


『じゃあ僕もティナについていく。……いつまでもあっち主導で動くわけじゃない』


 キツネも同意してくれたところで、案内をしてくれるそうな人に近づいていく。

 足元で、最後にアルヴィーが『人間は地位を利用して、すぐに権力を振りかざす』と不快げな様子が半分、呆れた様子が半分の声音を出した。


 案内される道のりは、ティナの家の中を歩くのではたとえ家中を歩いても、こんなにも時間はかからないだろうという距離を歩く。

 距離的には、もはや領地内を歩いている感覚に近い。

 大きな城だから、どんなに広いのだろうということは、歩いていても想像がつかない。

 案内に従い歩く間に、すれ違う人がたくさんいた。服装は似通う人もいたが、そうでない人は、身分が高そうで偉そうな人がほとんどだった。

 それら全ての人が案内されるティナたちを見慣れない者を見るような目で見つけて、そのあと決まってラザレスを見ては驚き、頭を下げる。

 次いで、少し上げた顔でラザレスの隣にいるティナを見る。

 「誰だ」という声が何度も聞こえたけれど、すぐに通りすぎてしまうのでそれ以上の言葉は聞こえなかった。

 やがて立ち止まった扉があったのは、人気が少ないと感じる廊下だった。


「こちらでございます。どうぞお入りください」


 手袋をした手により扉が開かれ、中が明らかになった。第一印象は、広い。一目見ただけで広いと思ったのは、外から見て部屋の中全てが見えなかったからだ。

 四隅の内、角の一つも見えない。どれだけ広いのだろう。

 男性が横に退いているということは、入っても良いということで、ティナは入ろうとした。


「お前はまだ入るな」


 ラザレスに引き留められた。ティナは止められた理由が分からず首を捻るが、ラザレスは真剣な顔で部屋の中を見渡す。


「全部浄化するぞ」

『君はティナとそこにいなよ。僕が浄化する』


 そうやって一番に部屋の中に入ったのは、キツネの姿をした精霊だった。軽やかな足取りで、中を進み、止まった。

 窓は閉められ、屋内で風が入ってくるような場所ではないにも関わらず、清らかな風が生まれ、部屋の中を隅々まで撫でていく。


「……まさか、精霊……」


 呆然とした声を出したのは、案内をしてきてくれた男性で、今まで白いキツネが精霊だとは思ってもいなかったらしい。

 ティナはアルヴィーと話していたけれど、アルヴィーが声を届けようと思わなければ人間に声は届かない。

 キツネに話しかけている奇妙な人にでも見えていたのだろうか、と遅れて思い至る。

 傍らで、ティナの手を取ったままのラザレスがもう片方の手でドアノブに触れたと思うと、きら、と一瞬光った。何だろう。


「いい度胸をしてるな」


 ドアノブから手を離したラザレスが薄く笑い、見たのは男性の方だった。

 その男性は、はっとして、息を飲んだように見え、固い声音で早口で話す。


「……神の獣のお方、我々は主であるエドガー様に従っているだけなのです」

「他意はないって?」

「そうは言いませんが……いえ、私共はエドガー様に仕え、エドガー様の命令に従い、あの方のために何事をも行います……。それに、あなた方の争いはこのようなもののはず。分かっておられたかと」

『ははっ、言われちゃってるね。その通りとしか言いようがないんじゃない?』


 いつの間にか風が止み、白いキツネが戻ってきた。


『人間に神の獣と呼ばれる君たちが、別々の人間を選ぶようになったことで、人間同士のこうした蹴落とし合いがある。こういうことは予想済みで、当たり前じゃないかってことだろう? それはその通りでしょ。――でもね』


 キツネは、美しい青の瞳をうっすらと冷えさせた。温度が格段に下がった目で見たのは、案内をしてくれた男性だ。


『そういう蹴落とし合いで傷つけ合いがあるのは君たちの勝手だ。だけど、それでティナが傷つけられることは許せないことだよ』


 そのとき、アルヴィーがはじめて声を聞かせようとして、はじめて声が聞こえたのか、男性は目を見開いた。


「やはり、精霊」


 続いてティナを見て、不可解なものでも見るような目をした。


「ティナ、入るぞ」

「入ってもいいの?」


 言われて、一度ラザレスを見て、また男性を見る。何か見られていたから、途中でいいだろうかと思って。

 窺うと、男性は我に返ったように表情に笑顔を戻し、「どうぞ、ごゆっくり」と一礼した。






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