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竹内緋色 短編シリーズ

リュウとボク

作者: 竹内緋色

 リュウとボク


 キーンコーンカーンコーン。

 人生を楽しんでるっていいよな、なんてボクは思った。

 チャイムが鳴って、みんな外に出て行く。放課後だもの。みんな遊びに行くんだろう。校庭ではしゃぐ元気な子もいるし、家に帰って、友だちの所に行く、活発な子もいる。

 ボクはどうするかって?

 だって、ボクは一人だもの。すぐに帰るよ。


 みんなで帰りなさい、なんて先生は保育園みたいなことを言うけど、みんな学校が見えなくなったらてんでばらばら。犬のフンを見てはしゃいでいる子もいるし、猫とにらめっこしている子もいる。僕はどうかって?普通に帰るよ。ちょっと真面目なボクは、なんできちんと並ばないんだろうとか、一緒に帰りなさいって言われたのに、とかいろいろ思うところもあるけど、小学生なんだから、自由でいいんだとお母さんが言ってたから、それでいいんだと思う。


 家に帰って、靴を乱暴に脱ぎ散らかして、ボクは真っ先に、自分の部屋に行く。小学三年生で自分の部屋を持っているのは珍しいみたいだけど、そんなことはどうだっていい。羨ましがられる方は、羨ましがる人のことなんか、ちっとも気にしない。それに、ボクはあまり欲しがらない、大人しい子らしい。

 でも、ボクにだって、ほしいものはあるんだ。

 部屋の大きな鏡に向かう。

「お帰り、ボク。」

「ただいま。僕。」

 ボクは鏡に頬っぺたを擦りつける。少しも温かくない。でも、こうやって、鏡の中の僕と触れ合っていると、そのうちあったかくなってくる。

「水希。ちゃんと宿題しなさいよ。」

 お母さんの声だ。でも、いつものことだから、あまり気にしない。学校の宿題なんて時間さえあればすぐできるから、あまりやる気は出ない。

「でも、きちんとやらないとダメだよ、ボク。」

「うん。分かってるよ。僕。」

 でも、ボクは僕が好きだ。だから、こうやってずっと触れ合っていたいし、ずっとしゃべっていたい。

「僕も学校に来れたらいいのにな。」

「でも、それはできないよ。だって、僕は鏡の中だもの。」

「そうだよね。寂しいなあ。」

「僕もボクと同じくらいさびしいよお。」

 なんだか悲しくなってきた。

 世の中、とっても大事な人が一人いればそれで十分だって、流行の曲が言ってた。その通りだ。ボクは僕さえいれば、それでいい。

 ボクは鏡を机のそばに持ってくる。そうすれば、ボクは僕と一緒に勉強ができる。

「どうして宿題なんて必要なんだろう。」

「そうだね。必要ないよね。」

 はた目から見れば、おかしな人だってことくらい、ボクにも分かってる。でも、ボクには僕しか友達がいない。だから。


「三枝さん。おはよう。」

「うん。おはよう。」

 ボクは学校では静かな子だ。だから、静かに挨拶する。

 話す人はいない。でもいいんだ。

 別に、いじめられてはいない。多分、静かだからとっつきにくいんじゃないかな。ボクのことはボクでは分からない。今度、僕に聞いてみることにする。

「今日は転校生が来ています。」

 途端、教室が騒がしくなった。でも、ボクは蚊帳の外だ。だって、何かを期待できるほど、ボクは夢を見ていないだろう。

 教室がざわざわとする。転校生が入って来たみたいだ。

「光武リュウと言います。」

 女の子たちが悲鳴みたいな声を上げている。そんなにいい面なんだろうか。

 ボクはちらと、転校生を見た。

 その瞬間、何かが、こう、ビビット来てしまった。

 その時、ボクはもう、僕との別れが近いことを分かっていたんだと思う。


「今日、転校生が来たんだ。」

「そうか、そうか。」

「は?」

 ボクは思わず声を上げてしまう。だって、ボクがしゃべってないのに、勝手に僕が変な声でしゃべったんだもの。

「こっちじゃよ、こっち。」

 声のする方を見ると、そこにはもっと小さいころに店員さんに泣きついて取ってもらったUFOキャッチャーのぬいぐるみがしゃべっていた。今になると、どうしてそれが欲しかったんだろうって思うくらい、ださい、怪獣のぬいぐるみだった。

「キミがしゃべったの?」

 ボクは恐る恐る聞く。

「そう。わしはりゅうじゃ。」

 アニメみたいな声でぬいぐるみが言った。

「リュウを探してほしい。わしの半身じゃ。でないとこの世に災いが起こるでなあ。」

「えっと、ごめん。そういうの、ボクよりふさわしい人がいると思うんだ。ごめんね。」

 関わるのが面倒臭そうなので、お引き取り願おうとする。でも、ぬいぐるみのりゅうは話を聞かない。

「いいや。おぬしでなければならぬ。」

 まあ、いいか、とボクは思った。りゅうは見たところ、乙女チックに宙に浮いたりとかはしなさそうだった。ただ、うるさいぬいぐるみが増えただけなんだ。

「わかった。引き受けるから、ボクと僕との間に割って入らないで。」

 ボクは鏡に頬っぺたを擦りつける。

「ねえ、今日、転校生が来たんだ。僕。」

「そうか。でも、僕のこと忘れたりしないよね。」

「当然だよ。ボクには僕さえいればいい。」

「一体、何をしとんのじゃ・・・」

 もう、ボクの耳にはりゅうの言葉は聞こえてこない。


「三枝さん。おはよう。」

「うん。おはよう。」

 ボクはいつものように自分の席に座る。なんだか挨拶がいつもよりおざなりだなあ、なんて思っていたら、どうも女の子は転校生に夢中だった。

 確かに、格好いい。

 でも、ボクがリュウにビビットきたのは、そういうのとは違う感じだったんだけどなあ。

 と、転校生が席を立つ。質問攻めに疲れて、トイレにでも行くのかと思いきや、なんでかこっちに近づいてくる。

「ねえ、水希。」

 いきなり、呼び捨て・・・

「リュウ。いきなり呼び捨てはどうなのかなって。」

「水希も呼び捨てでしょう?いいじゃない。」

 なんだか馴れ馴れしい。ボクもなんでリュウを呼び捨てにしたのか分からない。

 しかし、改めてリュウを見ると、オーラが凄い。何というか、少女マンガで出てくる優男そのものみたいな、仏様みたいな男の子だった。

「ボクになんか用?」

 ちょっと舌足らずにボクは言う。

「用がなかったら話しかけたらダメかな。」

 ダメに決まってるだろう。恥ずかしくて顔が赤くなる。

「用がないなら帰れよ。ボクは読書に忙しいんだ。」

 今までぼーっとしていたけど、ボクは急に教科書が読みたくなったのだ。だから、机から教科書を取り出して、読む。

 リュウは、ははは、と笑った。

「向きが逆だよ。」

 リュウがボクをからかっているわけじゃないことが分かったから、ボクは余計にはずかしくなった。


 ボクは帰ろうとした。そんな時、リュウの背中が見えて、思わず、後ろをついていってしまっていた。

 ボクはボクなりに、りゅうの言っていた言葉が気になってはいたのだ。りゅうの言うリュウがリュウなのか分からないけど。うるさいりゅうは自分を学校に連れていけってうるさかったから、叩いて気絶させておいた。帰ってきたらうるさいんだろうなあ、と思うと、なんだか憂鬱だった。

 しばらく、電柱とかに隠れてうかがっていたけど、角を曲がった瞬間、リュウはどこかに消えてしまった。不思議なこともあるんだな、って思っていると、後ろで変な声が聞こえる。

「くそう。逃したか。」

 見るからに関わり合いになりたくない人だった。大人の人で、どこのマンガから出てきたスパイだって恰好をしている。そんな人がボクに話しかけてくる。

「いやあ、嬢ちゃん。君も竜を追っているのかい?」

「いいえ。ボクが追ってるのはリュウなので。」

 男の人は狐に化かされたみたいに変な顔でボクを見てくる。

「ちょっと待ってくれ。竜を捕まえるのに協力してくれないか?」

 また似たようなのが出た。ボクは逃げたかったけど、一匹も二匹も同じかな、なんて思ってしまう。

「三枝水希。」

「ああ。すまない。俺は陰陽師のスマイリー竹村って言うんだ。」

 そう言って変な人は名刺を出してくる。ボクは名刺を受け取ると、破いて捨てる。

「ああ。何するんだあ。」

 悲しそうな顔で男の人は風に流されていく名刺を眺めている。ボクはその風に紛れて逃げる。

「待ってくれ!竜を捕まえないと大変なことになる。大災害が起きるんだ!」

 でも、ボクには関係ない。

 ボクは急いで家に帰った。


「なるほど。陰陽師か。」

「ボクらの会話を盗み聞きしないでくれる?」

 ボクは僕と頬をすり合わせながら、りゅうに文句を言う。二人の時間を邪魔するのはりゅうであってもダメだとボクは思う。

「陰陽師はリュウを殺すつもりかもしれん。」

 物騒なことだ。

「だから、その転校生とやらにわしを会せるんじゃ。」

 ボクは耳栓をして寝た。


 次の日の教室は、昨日とは変わっていた。

「おはよう、三枝さん。」

「おはよう。」

 あいさつもどこかぎこちない。別にみんなはボクに敵意を持っているとか、そういうのではないのは分かった。でも、何かを隠しているような、ボクだけぽんっとどこかへ投げ出されたような、そんな気分だったりする。いつもは自分から蚊帳の外に行ってるから、みんなから蚊帳の外に出されて驚いてしまっているだけだ。

「おはよう。水希。」

「ああ。おはよう。」

 ボクはそっぽを向いた。リュウと話すと僕が悲しんでしまう。

「今日は元気ないね。」

 心配そうな顔をリュウは向けてくる。そういうの、やめてほしい。

「ボクはいつも元気なんてないよ。」

 ボクは素っ気なく言う。

 ふと、昨日陰陽師がリュウを狙っていたことに気が付いた。それを言った方がいいのかな、なんて思ってリュウの方を向くと、リュウは自分の席に戻っていっていた。なんだか、その背中は寂しそうで嫌だった。


 授業なんてつまらない。確かに、色んな知らないことを知ることができて、それはボクにとってとても嬉しいことでもあるけど、なんというか、もっといろいろ教えることがあるんじゃないかってボクは思ったりする。

 例えば、友だちの作り方、とか。

 怒った上司に対する謝り方、とか。

 お店での注文の仕方、とか。

 きっとそういうのは生きていく上で学んでいきなさいとかそういうことなんだろうけど、ボクには無理なことだった。

 だって、失敗は怖い。

 失敗しないと成功しないのは分かってるけど、ボクは絶対に成功すると思ったことしかできない。ちょっとでも間違ってるかな、って思ったら、怖くて声が出なくなってしまう。

 勉強はやっぱり大事だ。算数ができないとお仕事ができないし、文字が読めないと、買い物だってできない。でも、友だちの作り方とか、話し方とかがわからないまま社会とかに出ると、きっと先生が教えてくれなかったから悪いんだ、って先生のせいにボクはしてしまう。誰かのせいにするのは悪いんだろうけど、そういう重いものを背負うのは、ボクには無理だ。だって、失敗は怖いんだもん。


「寄り道せずに帰るのよ。最近はこの町も危ないですから。」

 そう言ってみんなは思い思い、いたずら妖精みたいに教室を遊びまわったり、教室から出て行ったりする。

 ふと、先生は子どもの頃、ボクみたいに寄り道せずに帰っていたのかな、なんて思ったりする。ボクは自分にできないことを偉そうというか、まあ、そんな感じで言うことなんてできない。君もできていなかったじゃないか、って言われると、とっても苦しくなるから。

 多分、それが大人になるってことなんだろうって、ボクは勝手に結論付ける。

 こういう人をなんて言うんだっけ。じこかんけつがた?血液型とは違うのかな。

 リュウは男の子から遊びに誘われているけど、断って帰るみたいだった。そのうちボクみたいに誘われなくなるぞ、と思いながら、リュウがそれでいいんならいいか、とも思う。

 で、ボクはどうするかって?昨日と同じようにリュウの後をつけていく。

 いろいろ言い訳すれば、もちろん、いろんな言い訳が出てくる。りゅうに頼まれたとか、陰陽師が狙ってるとか。

 でも、一番の理由は、どうしてリュウが突然消えたのかを知りたいっていう好奇心なんだ。ボクはこういうのを待ってた気がする。なんたって、冒険って感じがするし。

 誰にも見つからないように、幽霊みたいに教室から出て行くリュウをボクはこっそりつけていく。廊下の影に隠れたり、と、ボクはどうみても危ない小学生だけど、リュウの正体よりは、多分、危なくないと思う。

 リュウは上履きを脱いで、運動靴に履き替える。ボクもリュウに見つからないようにこそこそと履き替えた。そして、リュウが校門を出た時、くるり、とリュウが振り返った。

 隠れるところがないボクはどこに隠れようか、と右を見て左を見て、そして、リュウを見る。

 リュウはいつもの優しそうな笑顔でボクを見ていた。

「別に隠れなくてもいいよ。ぼくが何者か知りたいのかな?」

 ちょっとボクは怖くなる。だって、それはリュウが自分は普通じゃないよと言ってるみたいだったから。

「怖くない。別にぼくは誰かに危害を加えたりしないから。」

 伏し目がちにリュウは言った。なんだかとっても悲しそうで、ボクは胸がきゅうってなる。

「キガイなんて難しい言葉を知ってるね。」

 ボクは精一杯の笑顔で言う。だって、リュウにそんな顔してほしくなかったから。

「ねえ、水希。ぼくと一緒に来ない?」

「・・・どこに?」

 なんだかボクはリュウを怖がっている。怖いというのはほんのちょっと違って、その、お父さんとおかあさんと一緒に行った七五三の時のような、そう、なんだか神社みたいな匂い、じゃないけど雰囲気みたいなのがリュウから漂っていた。

「うん・・・お菓子屋さん。」

「お菓子屋さん!」

 ボクは自然と笑顔になる。だって、お菓子が嫌いな小学生なんていないもん。

 リュウは好きな人に告白するときみたいに、顔を赤くして、もじもじしている。

 そんなリュウを見て、可愛いと思ってしまった。いつもの大人っぽいリュウとは違うから。

「行こう!」

 ボクはリュウの手を握って走り出す。でも、そう言えば、どこにお菓子屋さんなんてあるのか知らないや。

「お菓子屋さんってどこなの?」

「ここ。」

 気が付くと、ボクは不思議な場所に来ていた。さっきまで校門だったのに、今はもう、校門なんてないし、小学生の騒ぐ声も聞こえない。

 周りは外国みたいな石のいっぱいある道路。建物も御伽噺みたいなレンガ。

「驚いた?」

「うん!驚いた!」

 驚いたけど、不思議で、とっても楽しい。リュウは魔法使いさんだったのかも。

「じゃあ、入ろう。」

 リュウは慣れたように店に入っていく。ボクはちょっと不安だったけど、リュウの握ってくれている手があるから、安心だった。

「いらっしゃいませ。」

 ボクたちを迎えたのは、パティシエの恰好をした外国人だった。金色の髪を三つ編みにして、後ろに垂らしている。目は宝石みたいに綺麗な青だし、まつ毛とか、薄い眉毛も髪の毛と同じ金色だった。ボクはテレビで見た、外国の小麦畑を思い出してしまった。

「お二人様ですね。どうぞ。」

 店にはいろんなお菓子が並んでいた。ケーキにマカロンにシュークリーム。なんだか、とっても凄い飾りつけのお菓子もある。夢みたいで、多分夢なんだと思うけど、夢だと残念だったりして、でも、すごいすごいすごい!

 パティシエのお兄さんはボクたちを店の小さなテーブルに案内する。どこかの喫茶店みたい。喫茶店なんて入ったことないから、テレビだけだけど。でも、急に大人になった気分で、ボクははしゃいでしまっていた。

「こちらが当店のメニューです。」

 お兄さんは綺麗な日本語で、ボクたちに赤い表紙のメニューを渡してくる。日本語はもしかしたらボクより上手なんじゃないか、って思うくらい、きれいで透き通っていた。

「ええっと・・・」

 ボクはメニューを見て困ってしまう。だって、メニューは一つしかないし、書いてあることはちんぷんかんぷんなことだったから。

「じゃあ、忘れてしまった思い出を二人分、でいいよね?」

「うん・・・」

 だって、それしかないんだもん。

「ドリンクはサービスとさせていただきます。何がよろしいですか?」

「ぼくはコーヒーで。水希は?」

「ボクも!」

 何が出てくるか不安だったけど、コーヒーが飲めるんだって思うと、とっても嬉しくなって、そんなこと忘れてしまった。コーヒー!お母さんから飲んだらダメって言われてるから、とってもハイトクテキ。意味はよくわからないけど、とっても、いい。

「では、お菓子と一緒にお持ちしますね。」

「よろしくお願いします。」

 リュウは大人みたいにパティシエのお兄さんと話している。やっぱり、リュウはすごいなあ。


 ボクたちの前にケーキとコーヒーが運ばれてきた。

 ボクの方は、綺麗な色をした、シンプルなチョコレートケーキ。リュウはショートケーキだった。

 リュウはまずコーヒーを口に運んだので、ボクもリュウに倣って、カップを持って、口に運ぶ。カップはちょっと持ちづらかった。バランスがとりにくい。

「にがぁ。」

「あはは。砂糖とミルクを入れなよ。」

 リュウはブラックで飲んでるから、少し悔しいけど、背に腹はかえられないのだ。お砂糖を五個もちゃぷちゃぷ入れて、ミルクもたっぷり入れる。ちゃんとかき回して、飲むと、甘くておいしい。

「よく砂糖入れずに飲めるね、リュウ。」

「え?ああ、そうだね。苦いものだもんね、コーヒーって。」

 リュウはおかしなことを言う。でも、コーヒーは美味しいから別にいいっか。

 リュウがケーキをフォークで小さく切って食べるので、ボクも慌ててカップを置いてチョコレートケーキを小さく切る。いつもならかぶりついてるけど、ここはお行儀よく。うん。お行儀よく。

「慌てなくてもいいのに。」

 リュウはボクを嬉しそうに見ているので、ボクはなんだかバツが悪くなって、口にケーキを運ぶ。

 甘いんだけど、どこか苦かった。最初に甘さが来て、後から、深い、なめらかな苦みが襲ってくる。


 頭の中に何かが浮かんでくる。

 ボクは誰かと、いいや、わたしは誰かとどこかで遊んでいた。その男の子の顔は見えない。でも、ボールのような、蹴鞠をキャッチボールみたいに手で転がしながら、わたしはその男のこと遊んでいた。

 わたしはその子が大好きで、ずっとずっと遊んでいたかった。その子はどこか僕に似てたけど、ボクが僕を愛するようになるずっと前のお話だった。

 でも、わたしと大好きな男の子とは別れが訪れる。

 おばあちゃんはわたしに男の子のところに行ってはいけない、と言った。

 どうして?

わたしはおばあちゃんがそんなことを言うのがなんでなのかわからなかった。だって、わたしのはじめてのおともだち。ずっとずっと大事にしてきた記憶。

「―――だから。」

 ―――だからいけないの?でも、―――だってお友達が欲しいはずなのに。

 わたしはそれから―――と会うことはなかった。


「ぐすん。」

 ボクは泣いていた。それは忘れちゃいけない記憶で、ずっとずっと大事にしてきたはずの思いで。でも、苦くて、悲しくって。

 ぼたぼた。

 手に涙がこぼれる。

「こんな苦くて悲しいの、嫌だよ。」

「水希・・・」

 リュウは悲しそうな目をしてボクを見ている。そんな目でボクを、わたしを見ないで。

「まだ全部思い出せてない。ボクは思い出さなくちゃ。じゃないと、あの子がかわいそう。」

 ボクはリュウのショートケーキを見る。とっても甘そうな思い出だった。きっとリュウの思いでは甘くて楽しい思い出なんだろう。ボクはなんだか腹が立ってしまった。

「リュウのケーキを、思い出を食べさせて!」

「それはダメだ。」

 リュウは怒っているような、それでいて、悲しいような顔をしていた。

 ボクはリュウを困らせたんだ。

 今まで、それでかまわないと思っていたのに、急に、リュウの悲しい顔が見たくなくなった。

「ごめん。」

 ボクは甘くて苦い、楽しくて切ないケーキを黙って口に運んだ。


ボクはリュウに手を引かれて、店を出た。その途端、ボクの家の前まで帰ってきていた。

店の外はお昼みたいに明るかったのに、帰ってきたら、外は真っ暗になっていた。

「じゃあ、また。」

 リュウは悲しそうな顔でボクに言った。ボクはリュウにさよならを言わなかった。言えなかった。

「こんな時間まで何してたの?」

 お母さんが帰ってきたボクに言う。

「ご飯よ。」

「要らない。」

 ケーキを食べてお腹いっぱいだったということもあるけど、ボクにはやらないといけないことがあった。

 部屋に入った瞬間、明日でもいいか、と思うボクがいた。でも、それは悲しすぎる。お別れは夜に言うべきだ。じゃないと、明日のお休みはずっと悲しいものになってしまう。

 りゅうは何も言わなかった。

 ボクは姿見の前に立って、鏡にほっぺを擦りつける。

「どうしたの?ボク。」

 僕は心配したようにボクに言う。ボクはとっても悲しい事だけど、言わなくちゃいけない。

「ごめん、僕。ボクはキミにお別れを言わなくちゃいけない。」

 僕はじっと黙っていた。

「ボクはキミをあの男の子の代わりにしていたんだ。だから、もうやめにしよう。僕。ボクは僕を愛している。でも、本当に好きだったのは、大好きだったのはあの男の子なんだ。だから、さようなら、僕。」

「さようなら・・・ボク。」

 僕は震える声でボクにさよならを言った。

 そして、僕は去っていった。

 ボクは鏡を見る。

 そこにいるのは僕ではなく、目を赤くして、涙を流している女の子。三枝水希だった。


「雪が!雪が降っている!」

「うるさいなあ、りゅう。」

 ボクは今日一日寝ていたかった。僕とのお別れはとってもつらいものだった。ボクは僕なしに生きていかないといけない。また、ひとりぼっち。でも、ボクにはリュウがいる。

「四月に雪が降るなんておかしい。リュウが竜でなくなったせいじゃ。早く、わしと一つにならないと、もっと大変なことになる。」

 昨日泣き過ぎたせいか、ボクの目は痛かった。そんな目に、朝の光はつらい。それも雪に反射して余計に強くなっているから、もうやめてくれってボクは思った。

「大変じゃ。早く竜の戻らないと、わしとリュウは死ぬ。」

 なんで、そんな大変なこと黙ってたんだ!

 ボクは急いで家を出る。


「リュウ!リュウ!リュウ!」

 ボクは運動靴から染みてくる雪なんか気にせずに、町を走っていた。

「リュウ!リュウ!リュウ!」

 大きな路地に出た瞬間、リュウが現れた。リュウは手のひらで雪を集めるようなかっこうをしている。

「リュウ!」

 ボクは息が切れて、声なんてほとんど出せないけど、それでも叫ぶ。

「これはぼくのせいなんだね。」

 リュウは悲しそうで、今にも泣き出しそうだった。

「リュウが死んじゃうって、死んじゃうってほんと?」

 ボクはリュウのそばに行く。

「本当だ。でも、ぼくが死んだらもっとひどいことになってしまう。だから――」

 その時になって、ボクは部屋にりゅうを置き忘れてしまっていたことに気が付いた。ボクはなんてバカなんだ。

「おっと、そうはさせねえぜ。」

 電柱の影からスパイのおじさんが出てきた。

 おじさんはおもちゃみたいな光線銃をリュウに向けている。

「お前は俺がいただく。悪く思うなよ。」

「リュウ!」

 おもちゃみたいな光線銃が光って、ピロリロ、と音を立てる。

 ボクはリュウをかばうように大きく腕を伸ばして立ちふさがる。

「水希。大丈夫かい?」

「うん。なんともない。」

 ボクはなんだか拍子抜けしてしまった。

「ええ、どうなってるんだ。もしかして、あのじじい、にせものを掴ませたか!」

 スパイのおじさんはボクらのことなんか忘れたように悪態を吐いている。

「リュウ!」

「ごめん、水希。お別れだ。」

 リュウの手にはりゅうが握られていた。

 最後にリュウはボクに笑顔を見せる。

 その時、全てを思い出した。

 ボクはちょっと前までおばあちゃんの家で暮らしていた。そこには竜神様を祀る神社があった。ある日、ボクは一人で神社に行って遊んでいた。そこに、ぽん、と一つ蹴鞠が転がってきた。それは、神社の中から転がってきて、なんだろうと思いながら、ボクは祠の中に入って行った。

 祠の影に何かがいた。白い着物が見えている。

「あなたはだあれ?」

 ボクはその子に話しかけた。

「ぼくは竜。」

「あそぼ!」

「・・・うん!」

 白い、神主みたいな着物を着た竜とボクは一緒に遊んだ。

 ボクは竜が好きだった。大好きだった。

 ボクにできた初めてのお友達だった。

「そろそろ帰らないとダメだよ。」

 楽しかったのに、竜がどうしてそんなことを言うのか分からなかった。竜も悲しそうな顔をしていて、ボクは竜もまだ一緒に遊んでいたいんだと思った。

「わかった。さようなら。また一緒にあそぼう!」

「うん!またあそぼう!」

 ボクたちはそう約束した。

 祠を出た瞬間、神社には多くの大人が集まっていて、ボクを見た瞬間、ボクの周りを囲んだ。ボクは怖かった。

「大丈夫か、嬢ちゃん。」

「よかった。もう一か月も見つからなかったから。」

「竜神さまの神隠しか。」

 とっても大事になっていた。ボクと竜が遊んでいたのはほんの数時間だけな気がしていたのに。

 ボクは家に帰された。ボクはおばあちゃんにもう一度竜と遊びたいと言った。でも、ダメだって言われた。どうして?ボクはおばあちゃんに聞いた。

「竜だから。」

「どうして竜だといけないの?」

 おばあちゃんは困った顔をした。

「竜は村の守り神だけど、災いも呼ぶ。お前は竜に連れ去られたんだ。もう、こんなことは止めてくれ。」

 ボクは竜を悪者みたいに言うおばあちゃんに怒った。でも、おばあちゃんはボクの言葉なんか聞こうとしなかった。

 ボクはずっと家に閉じ込められた。

 そして、その内、この町に引っ越すことになった。

 結局、竜のと約束は果たせずじまいだった。

「ぼくは、竜としての役目をこのりゅうに置いてきた。そして、水希に会いに来た。」

「リュウ。キミは――」

「約束を果たせてよかった。ボクはもう、竜に戻らないと。」

「嫌だよ、リュウ。ボクはキミが大好きだった。今でも、そしてこれからも、ずっとずっと大好きなんだ。だから、ボクを一人にしないで。僕とお別れしたボクはずっとひとりなんだ。だから――」

 リュウは泣いていた。子どものように泣きじゃくっていた。リュウも別れたくないんだと思った。でも、別れないといけないから。ボクが危険な目に会うから。だから、あの時も、今も、我慢して、子どもなのに我慢して別れようとしたんだ。

「ごめん。ボクはわがままだったね。」

 ボクも涙を流していた。リュウと別れたくない。もっと、もっとお話しすればよかったって、そう悔やんで。

「さようなら。水希。ぼくも君が・・・大好き・・・」

 リュウとりゅうの周りに金色の風が吹く。お別れなんだとボクは思った。

「わしも水希が大好きじゃぞ!」

「知るか!」

 ボクは笑顔で、涙を拭って、りゅうに言ってやった。心なしか、りゅうは落ち込んでいるように見えた。ぬいぐるみだから、分からないけど。

 リュウはあっという間に金色の竜になった。赤くて怖い瞳はボクをちょっとだけ見つめると、ぐんぐん空に昇っていく。

「また会おう!約束だから!だから!さようなら!」

 きっと竜は約束をまもってくれる。だから、きっと会える。だから、笑顔でさようなら。

「またね!」

 ボクは竜に手を振る。笑顔で手を振る。とっても寂しいけど、きっと竜も寂しいから。だけど、お別れは笑顔じゃないと!


 リュウがいなくなってから、ボクの生活はあまり変わらなかった。僕と話すこともなくなって、ちょっとずつクラスメイトと話すようになったくらいだった。

 クラスメイトと話すと、とっても勉強になった。みんな、勉強では学ぶことができない色んなことを知っている。珍しい虫の種類とか、可愛い服の種類とか、面白いマンガの話とか。

 これも、リュウのおかげだと思った。リュウはボクと僕の知らなかったことを教えてくれた。もう、ジコカンケツガタじゃないと思う。

 でも、みんな、リュウのことを忘れていた。そんな子なんていなかったみたいに。覚えているのはボクだけで、きっとその内ボクも昔みたいに忘れてしまうんだと思うと寂しくなった。

 そんなボクに贈り物が届いた。

「今日は転校生が来ています。」

 ボクはあの日と同じようにそっぽを向いていた。リュウ以上の転校生なんて、男の子なんて存在しない。

「C.W.クラフトワークです。」

 途端、女の子からは歓声が、男の子からは、外国人かな、みたいな声が響く。

 ボクは気になって、ちらと転校生を見る。

 その顔はリュウにそっくり。でも、仏頂面だった。


 ボクは休み時間、自分から男の子に声をかけた。

「ボクは三枝水希。」

「なんか用かよ。」

 前のボクみたいだなあ、なんて思う。だから。

「用がないと来ちゃダメかな?」

 笑顔で言ってやる。

「用がないなら帰れよ。」

 男の子はつまらなさそうな顔をして言った。

 きっとボクもこんな顔してたんだろうな。

 だから、ボクは男の子の手を掴んで教室から飛び出す。

「おい、なんだよ。」

 男の子は戸惑っているようだった。

「珍しい虫を教えてあげる!可愛い服も!面白いマンガも!そして、ボクと僕、リュウとりゅうの話も!」

 戸惑う男の子をボクはずっとずっと引っ張っていった。


Stand by me until I stand.

Fine.



僕と竜


僕と竜はずっと満月の月を眺めていた。

「きっと、ボクは僕らのことを忘れてしまうんだろうね。」

 でも、僕は構わなかった。それで水希が幸せなら。

「そうだね。でも、ぼくらは水希を忘れない。ずっとずっと好きだったことを覚えてる。だから、それでいいんじゃないかな。」

 竜は赤い目で月を見ていた。

「でも、竜はそれでいいのか?君は僕よりもずっと短い時間しかボクと話せなかった。」

 僕は金色に輝く竜に言った。

「そうでもないよ。ぼくはりゅうとリュウ。だから、君たちが愛し合っているところを見ていた。あれはいじらしかったなあ。」

「嫉妬した?」

「でも、きみは水希にフラれただろう。あれは最高だね。」

「お前、最悪だな。」

 月の輝きの映る水面には、ボクとボクが手を引く少年が映っている。

 僕と竜は遠いところから、ボクに恋い焦がれながらボクを見守る。

 ずっと、ずっと。


Stand by you forever.

To Be Continued...


 まず、お詫びとお願いを。

 水希は僕との別れから丸一日眠り続けたことにしていただけると幸いです。ちょっと『刃の上を歩く者』と整合性がとれないっす。


 これはポプラ社の児童向け短編に応募しようと思って書いたのですが、色々と制約が多く、苦心いたしました。まず、小学校高学年から中学生向けで、ドキドキ賞という、少女漫画っぽい感じのものなわけですが、それがなかなか難しい。ぱっと頭に構想だけ浮かんだものの、これ、少女向けじゃないかもとか思いつつ、どうせ入選しねえよ、と書きました。でも、少女向けって難しいっすね。だって、私、男だもの。

 次に、読みやすさです。いつもはもっと文章も多く、感じも多いわけですが、なるべく改行、なるべく優しい表現。エログロはなし、と私の十八番を全て封印しました。難しい細かなフラグも今回はあまりありません。

 そして、短さです。8000字から16000字という縛りがあることを書き始めてから気付きまして、慌てて短めを心掛けました。実はもっと長いスパンなのですが。じゃないと転校生と水希の親愛度が微妙なんですよね。多分、そこで今一かも、と思われた方も多いのでは。やっぱり幼なじみとかの方がよかったか。

 もしやる気があればロングバージョンも書こうかな、と思っています。話の流れは変わらないし、多くても三倍くらいの量になりそうですが。


 さて、入賞するといいですね。でも、賞金出なかったきがするんだよなあ。はあ。

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