009 ミゲル、英雄と出会う
クロード・ラドロー。
裏世界では言わずと知れた、第二次アルフォン帝国侵攻戦役の英雄の名前だ。
俺の故郷ラドロー領の現当主の三男でもある。
ムータリア国は、複数の種族からなる多種族国家で、建国した初代国王は人族だったようだ。
その配下や友人達と建国した国は、その末裔達が各地方を領主として治めている。
異種族間の婚姻や混血児もいるが、大抵は同種族同士で集落を形成して暮らしている。
国内では他種族に対する忌避感もなく、混血児に対する差別もない。
そんなムータリア国は、この100年で、人族至上主義をかかげるアルフォン帝国からの二度に渡る侵攻を受け、いずれも退けている。
その第二次侵攻で、帝国を完膚なきまでに打ち破ったのが、英雄クロードである。
万の人形兵を自在に使う『人形創造家』で、戦時は個人で2個師団を正面から撃退したらしい。
英雄クロードの八面六臂の活躍で、帝国は大きく兵力を損なうことになり、第二次侵攻から20年近く経った現在も、当時ほど兵力が回復していないようだ。
その英雄クロードの故郷でもあるラドロー領では、領主を始め、代々『人形使い』と呼ばれる魔族が領地を治めていた。
人形使いは、個の力が強い獣人族や、長命で魔力や知識量が豊富なエルフ族と違って、外見や身体能力は人族のそれとほぼ変わらない。
魔力量と寿命が人族のソレよりやや優れているが、逆に繁殖力はやや劣る程度だ。
彼らは、己の魔力を糧にして、様々な人形を作り使役できる。
泥人形・パペットマン・ゴーレム・ガーゴイルなど、能力や相性によって様々な人形を作り出す。
一般的に、同時展開して操作できるのは2~5体くらいらしいので、万を超える人形を同時に扱える英雄クロードのすごさが分かるというものだ。
領内は温暖な地域のため、長年農業を主産業として国内の食料事情を支えていたが、近年では他領との交易を始めとした商業活動も盛んになっている。
また英雄クロードの影響もあって、中央から離れた農業地帯にも関わらず、移住者も増えており人口は増加傾向にあるらしい。
俺の両親も、そんな移住者の一組だった。
あれは、今から約半年前。
まだ学生で最終学年だった俺は、既に必要な単位もほぼ取得して後は卒業するだけといった時期だった。
その頃になると、家業を継ぐものや研究職に就く者を除いて、ほとんどの生徒が就職活動でドタバタしていた。
俺も例に漏れることなく就職活動を行い、既に内定をもらっていた。
自慢だけど、倍率20倍を超える第一人気の就職先からの内定で、そのまま就職すれば、俺は春から王城勤めの宮廷魔導師になるはずだった。
そんな面白味は無くとも、堅実と言って良いほどのエリート街道を進んでいたある日、まだ内定が取れない友人の就職活動に付きあっていた。
友人の希望にそって、待遇の良さそうな企業を学校に来ている求人一覧から選んでいたんだ。
既に3度入社試験に失敗していた友人は、「推薦状が効くところ」という条件で企業を選んでいた。
学校が推薦状を書いた場合、企業側は入社試験で優遇する必要があるんだ。
学科試験を飛ばして、いきなり面接試験を受けるとかな。
当然その分合格しやすいが、推薦状を使った場合は、辞退ができない。
つまり、内定ではなく本決まりとなるんだ。
そのため、俺は利用していなかったんだけど、友人のために探していた企業の一つに目をひかれるものがあった。
『GMIXコーポレーション』。
今、俺が働いている企業だ。
新興企業で、事業内容はゲーム開発・運営、そして軍事産業となっていた。
統一感のない事業内容を見て、非常に怪しい企業だというのが第一印象だった。
待遇面を確認すると、給与は宮廷魔導師と比較して4分の1ほど。
高等部卒の平均初任給と比較しても8割足らずで、全く惹かれない。
しかも、雇用条件は「やる気のある若者」と根性論を匂わす記載があった。
なんだコレ? 掲載ミスか?
最初見た時は、そう思ったんだ。
明らかにブラックな匂いがプンプンする、この企業が、どうして国内最高学府である王立高等学校に求人を掲載できたのか不思議に思ったんだ。
それで、もう一度最初から求人票を見ると、会社役員にクロード・ラドローの名前があった。
当然、同姓同名の別人かと思って学校側に問い合わせたら、どうやら本人らしい事がわかった。
そのため、掲載できたのはコネの力だろうと理解した。
国で彼の名前を知らない奴なんて、皆無だと言って良いほどの有名人だ。
王立高等学校の卒業者でもあるし、英雄である彼の関係会社なら求人一覧に掲載する程度の便宜も計られるだろう。
俺は食いついたね。
これは、英雄クロードに会えるチャンスだ!
いや、英雄と同じ会社で働けるって事だろ?
戦後、表舞台に全く姿を現さない謎の多い英雄。
唯一王様から招待される、年に一度の夜会にのみ参加するらしい。
当然、その素顔を知る人は少ない。
同じ夜会に出席できるのは、高位の貴族や貴族家に仕える者くらいだ。
俺ら平民は、稀代の英雄の姿を想像するくらいしかないが、その歴史的偉業に、誰もが憧れを持たずにはいられなかった。
王族の名前が分からなくても、英雄クロードの名前を知らない者はいないと言っても過言ではない。
多種族国家ムータリアでは、力ある物が尊敬されるからな。
そういう俺自身も、英雄クロードには憧れていた。
何より、学校では常に総合トップの成績だった俺だが、歴代で見れば二位だと言われ続けていたんだ。
魔力量にしろ、魔法競技の成績にしろ、総合成績にしてもな。
当然、歴代一位は全て英雄クロードだ。
だから、興味を抱かずにはいられなかったんだ。
俺は後先考えず、親にも相談せずに内定を辞退した。
そして、この企業の入社試験を受ける事を決めたんだ。
俺と同じように英雄に憧れる若者が多いのか、明らかに待遇が良くないのに、定員10名に対して20倍ほどが入社試験を受けたようだ。
学科・魔法・身体能力などの試験は、問題なくクリア。
宮廷魔道士の試験に比べても簡単だったので、この時点で落ちる事は全く心配していなかった。
それで、最終選考は役員面接となっていた。
その時点で残っていたのは20人。
定員の倍だ。
つまり、二人に一人が落とされる。
当然受かる自信はあるが、選考方法は面接だ。
答えや基準値があるそれまでの試験と異なり、言ってしまえば相手の気分次第で合否が決まる。
しかも役員面接ということは、その場に英雄クロードが来ている可能性が高い。
宮廷魔術師の時も大して緊張しなかったのに、面接前日は緊張してよく眠れなかったぜ。
そして、面接当日。
会場につくと、どうやら英雄クロードが面接官として来ているらしいと噂を耳にした。
開始時刻になり、参加者が順番に面接室に入っていく。
期待と不安を胸に順番を待ち、とうとう俺の順番になったので前の奴と入れ替わりで入室する。
部屋には、3人の面接官がいたんだ。
エルフ族の男性1人と、人族に見える年配と壮年の男性2人だ。
おそらく壮年の男性が、人形使いである英雄クロードだろうと当たりを付けたが、予想よりかなり若かった。
見た目30代前半に見える男性だが、仮に見た目通りの年齢なら、戦争当時は俺と同世代ということになる。
そこまで考えて、とりあえず面接に集中しようと名前を名乗って席に着いた。
どうやら、エルフ族の男性が裏世界の責任者で、人族の年配の男性が表世界の責任者だそうだ。
思った通り、残る壮年の男性が英雄クロードだと告げられた。
常務という肩書があるようだが、面接ではオブザーバー的な立場で、ほとんど質問しないと前置きがあった。
説明であったが、残り2人から定型の質問が繰り返された。
出身地、学歴、得意分野、交友関係、志望動機、将来の夢。
様々な質問が出てきたが、事前対策のとおり俺も淡々とミス無くこなしたと思う。
その間の英雄クロードは、人のよさそうな笑顔で他の二人の質問や俺の回答を聞いてるだけの置物と化していた。
そのため、入室直後の緊張もなく、質問には順調に回答できた。
そして、最後の質問は、置物化していた英雄クロードからだった。
「……ん~。君は、どうやら試験で一番優秀な成績だったようなんだけど、そのは自覚あった?」
「いえ。ただ、最終面接まで残る事に不安はありませんでした」
提出している履歴書には、俺の成績を記載してたし、変な謙遜なく正確に答えた。
実際のところは、受験者を見渡す限り一番以外有りえないと思ってはいたが、わざわざ自分より能力の高い人相手に、自慢しても滑稽だもんな。
「そうか。えっと……ミゲルさんは、自分より能力の劣る上司の下でも働くことはできるかい?」
愚問だな。
企業に入社する際に、私心を殺して対応するくらいは当たり前だぜ。
まぁ、国で職業選択の自由が認められて以降、口ばかりで結果が伴わない若者が増えたのは確かだ。
やれ評価も平等にとか、やれ機会も均衡に与えろだとか言って、権利ばかりを声高に求める奴とかもな。
そう言う奴らに限って、巡ってきた機会で失敗すると、上司や同僚がサポートしないからだとか、失敗した者にも再度機会を与えるべきだとか自分の都合の良い事を言いだす。
機会は自分で手繰り寄せて、巡ってきたらしっかり成果を出す必要がある。
そのための交渉を上司とするのはかまわないが、学校じゃないんだから社会に出て上司に文句言うのは単なるワガママだ。
こういうのは、貴族出身者に多い傾向があるようだが、その点、俺は平民出身だし、入社直後は新人だ。
能力が劣る上司の配下になったところで、経験不足な自分に文句があるはずもない。
というか、意識してれば人族と異なって感情を態度や表情に出さずに過ごす事は余裕でできる。
「はい。御社でクロード卿と共に働くことを夢みて志望しました。新人である自分が上司の指示に従い業務を行うことは当然だと思いますので全く問題ありません」
「そっかー。優秀だなぁ~。う~ん……」
そのまま少しうなっていた彼は、決めたとばかりに一つ頷くと、こちらに向かって笑顔を返す。
「じゃあ、君、えっとミゲルさんは採用ね! 一つ入社するに当たって条件があるんだが、私のことは、『ボス』って呼んで、本名で呼ばないようにしてくれるかなぁ?」
「は、はぁ」
残る二人の役員に視線を移すと、二人とも頷く。
どうやら俺の採用は決定したらしい。
通常は、後日学校を通して俺に連絡が来るはずなんだけど……。
「ちなみに、今回の採用で、君は特殊なミッションを行ってもらうから」
「特殊な……ミッション?」
何のことかわからず、ついオウム返しのように言葉を重ねてしまった。
すると、英雄クロードがニコやかに説明しだす。
「うん。とあるハーフ魔族が表世界にいて、その少年の魔族としての能力覚醒とレベルアップをバックアップするんだ。これが上手くいけば、私より能力の高い魔族が誕生するかもしれないから、君の果たす役割は大きいと思っているんだ!」
英雄を超えるかもしれない逸材のバックアップ!?
マジで?
新入社員でいきなりそんなビッグプロジェクトを任されるの?
「あ、その……クロード卿を超えるかもって、その話は本当なんですか?」
「ま、今時点では可能性の話だけどね。私個人は間違いないと思ってるよ。ただし、本人は気付いていないはずだから、そのあたりのバックアップは慎重を期する必要があるかな」
本人に秘密な極秘プロジェクトか……。
それも、英雄本人から言い渡されるレベルのものなんだろう?
「あ、ちなみに、内緒だけどその少年っていうのは、私の息子でね。自分の両親は平凡な人族だと思っている――」
「――クロード卿!」
急にデレデレとした表情で、親バカっぽい話になる。
それを聞いて、話してはいけない内容だったのか、年配の男性が英雄クロードの話を遮る。
「あっ、ゴメン! っと、今の内容って、伝えて大丈夫なんだっけ?」
うっかりしてたよと、軽い感じで2人の役員に確認する英雄クロードだったが、彼らは黙って首を横にふるのだった。
「そっか……。ゴメン、ミゲルさん! 説明の手違いをしてしまったようで……」
えぇ~。
申し訳なさそうに英雄クロードが事情を説明してくれたんだが、うっかり洩らしてはいけないレベルの機密が含まれていたらしい。
息子か? 息子が英雄を超える力を持っているってところか?
しかも、機密を聞いた俺の取るべき選択肢は、以下の2つしかないらしい。
1.試験は合格。聞いた話を胸に秘めて、そのまま即入社してもらう
2.記憶消去の精神攻撃魔法を受けて、試験は不合格となる
何だよそれ。どっちも嫌なんだけど……。
友人もいるし、卒業まではしっかり学生生活送りたい。
それに、宮廷魔道士蹴ってまで受けた試験で、さっき合格だと言われたのに、これで不合格になるのも嫌だ。
しかも、今この場で決めてくれと言われる始末。
せめて即入社というのを待ってもらえないかな?
「そのー。仮に、どちらも嫌だと言ったら他にも選択肢はあるんでしょうか?」
「他の選択肢……? 一応あるけど……」
笑顔のままの英雄クロードが呟くが、目が光ったと思った瞬間、突如部屋の中を濃密な魔力が満たしていた。
「ひっ……」
いつ魔力が展開されたのかも気づかなかった。
圧倒的な実力差を感じる攻撃性のある魔力の中で、俺は自分の命が危険に晒されている事を悟った。
例えるなら、極寒の大地に裸で放置されているような感じで、この場にいるだけでも精神力をゴリゴリ削られている感覚だ。
しかも指向性があるのか、英雄クロードの横にいる役員達は涼しい顔をしている。
おそらく、俺の周りにだけ魔力が張り巡らされているんだろう。
「他の選択肢は、オススメしないけど……知りたい?」
英雄クロードが、さっきと変わらぬ態度で確認してくるが、魔力を通して伝わってくるのは明確な拒絶。
これは、逆らったらダメな奴だ。
だいたい敵意を持たない魔力は、無害なんだ。
でも漂う魔力は、殺気というほどじゃないけど、相当なプレッシャーがかかっている。
これは回答を間違うと、一瞬で人生が終わってしまう……。
ならば、さっきの選択肢から選択するとして……。
記憶消去の精神攻撃って、下手したら一部記憶障害になるって聞いたことあるぞ。
ということは、俺の取り得る選択肢は……。
「じ、冗談、で、です。ぜ、是非入社さ、せてくだ、さい」
息苦しく冷や汗をダラダラかきながら、何とかそれだけ口にした瞬間に、俺の周りに満ちていた魔力が、パッと霧散した。
「何だ、冗談か! 私は、その手の冗談がよくわからなくってね。ハハハ、せっかくミゲルさんと知り合えたのに、二度と会えないのかと心配したよ。いやー、良かった入社するなら問題ないよね?」
「そうですね」と笑顔で役員同士が会話しているのを見ながら、歴代二位などと言われて自惚れていた自分を恥じた。
目の前にいる歴代一位とは、隔絶した差があったのだと思い知らされたのだ。
それに、「二度と会えない」って、それって機会ではなく物理的にって事ですか?
さっき言ってた他の選択肢は、死人に口なしってやつかよ!
目の前で役員3人が、「良い人材が来てくれた」なんて喜んでいるけど、俺は冷や汗ダラダラだ。
これで求人票に出てた待遇を考えると、ブラックどころか奴隷と言われてもおかしくないのじゃないかと、今更ながらに後悔していた。
その後、二つ三つ会話をして、面接は終了だと告げられる。
茫然自失といった感じで、何と受け答えしたのかも覚えていないが、特に問題なかったはずだ。
なのに、礼をして退室しようと立ち上がったのと同時に、英雄クロードが立ちあがり、俺に向かって歩いてくる。
表情にこそ出さなかったけど、何か不手際があったのかと心臓バクバクで超ビビッちまったぜ。
すると、英雄クロードは、目の前で立ち止まり、手を差し伸べてくる。
「それでは、実際に同じ職場で働くのを楽しみにしているよ!」
最初何を言われたかわからなかったが、激励のようなものだと気づく、慌てて差し出された手を両手で握る。
「クロード卿。こちらこそよろしくお願いします」
そうだよな。
途中驚いたが、憧れる気持ちは変わらないし、一緒に働くって目標は達成されたんだ。
学生生活が終わってしまう寂しさもあるが、社会に出て働ける喜びも感じていた。
そんな感じで、期待感を膨らませつつ、笑顔でもって握手したのだが…………しばらくしても、手を離してもらえない。
「あ、あの……」
英雄クロードを見上げると若干眉根を下げた表情でこちらを見ていた。
嘘だろっ? 何か機嫌を損なうような事をやったか?
何でそんな表情してるんだよ。
すると、英雄クロードが口を尖らせて言うのだ。
「ボ・ス!」
「えっ? っ! あ、ボス。これからもよろしくお願いします」
そういえば、入社に当たって本名を呼ぶなと言われてたんだっけ。
どうやら正解だったらしく、ニッコリと笑顔になった英雄クロード……いや、ボスがもう一度握手する。
「うん! これからもよろしくね!」
それで満足したようで、今度はすぐ手を離してくれた。
こうして、めでたく俺は英雄が役員となっているブラック企業に就職したのだった。