006 裏研
和室を追い出された形になった俺と響介は、再び空き部屋探しをするハメになった。
すんなり良い場所を見つけたと思ってたから、少し残念ではあるけどな。
でも、許可無く利用し続けていたら、注意されたかもしれないから、むしろ良かったかもと思ってスッパリ諦める事にした。
それにしても、花咲先輩って優しげな笑顔で綺麗な人だったよなー。
育ちがイイというか、立ったり座ったりという所作の一つ一つが洗練されてて、絵になるんだ。
黒髪ロングで、一言でいうなら大和撫子といった感じの和風美人だな。
顔やスタイルは良い方な美羽だけど、花咲先輩相手なら、憧れるというのも納得いく。
この学校に、まだ、あんな美人の先輩がいるなんて知らなかったよ。
生徒会書記の2年生が、校内一カワイイのかと思ってたけど、花咲先輩も負けてないくらいの美人だったな。
「あまり女に幻想を抱くなよ!」
「なっ!」
ちょうど先輩の事を考えていたので、思わず声が漏れてしまった。
すると、黙って横を歩く響介が、いきなり俺の思考に釘をさす。
「女は親しくなると、男を執事か召使いとでも勘違いする生き物だ。そのうち、アゴで使ってくるようになるぞ。ウチの姉貴もそうだしな」
「そ、そうか?」
それは、ちょっと行き過ぎな例だと思うんだが……。
皆が皆そういうわけじゃないだろうしさ。
「それは、響介のお姉さんが、特別なんじゃないのか?」
「いや、ウチが特別ひどいのは知ってるが、世の中のくたびれたおじさん達が、妻に飼われている構図なんて、テレビでもよく目にするだろう? そうでない男も、知らず女に操縦されている事がほとんどなんだ。と、俺は思う」
すごく、実感のこもった意見に聞こえるんだけど……。
きっとお姉さん相手に苦労してるんだろうな。
うん、どんなお姉さんか知らないけど、響介の女性観はねじ曲がっていると思っておこう。
強烈な姉がいると、弟の性格にも影響するんだろうな。
その点、ウチの兄妹は仲も良いし、全くそんなこと無いぜ!
嫌なことはお互い嫌って言うし、アゴで使われたこともない。
今度、ゲームが公開されたら一緒に出かけるって約束したけど、別に操縦されてなんていないしな!
……操縦されて、いないよな?
話を元に戻す感じで、響介が質問してくる。
「ところで、場所はどうする?」
「そうだなー……」
「いっそ、部活でも作ってみるか?」
「え、マジ?」
冗談とも本気とも取れる感じで、響介が提案してきた。
ナイショで打ち合わせできる場所が取れないと、昼休みや放課後が無駄に感じるのはわかるけどさ。
そのために部活作るとなると、その労力の方が無駄じゃないか?
「ん? 流石に部活は冗談だけどな。高校入学したばかりの野郎2人で隠れて仲良しなのも、どうかと思ってな」
「んーー、確かに嫌な噂とか立ちそうだよな……」
高校一年の夏までを棒に振ってでも、裏世界に行けるなら我慢するつもりだったけど、男好きだというレッテルでも貼られてしまったら、高一どころか人生棒に振りかねないよ。
でも、入学したてで、他の人から隠れるように同じ中学の男子とこそこそ別の部屋に行く……。
それは、マズイ!
他人の事なんて誰も気にしない可能性もあるけど、一度誰かが口にしたらマジで不名誉な評価が与えられかねない。
そんな事で、青春時代を棒に振って、その後の人間関係で苦労するなんて嫌だな。
でも、裏世界には行きたいし、おおっぴらに会話して周りの連中に出し抜かれるのも嫌だ。
何か良い手はないものだろうか……。
「そうか、部活だ!」
「は? 今言ったじゃないか、部活は冗談だって」
「違う違う。俺いま、仮入部している部活があるんだけどさ、そこってパソコン室で活動してて、俺以外の部員がたった一人なんだ」
ほぼ活動やってない部だし、仮入部だから自分でも忘れてたよ。
「へぇ~。斗真、部活入ってたのか。それで、どこに入ってるんだ?」
「『裏世界研究会』って言うんだ!」
「あー、『裏研』か、斗真あんなところに入ってたのか?」
「あんなとこって……。ま、まぁ先輩に捕まったから仮入部って事にして逃げてたんだけどな。決まった活動が無いから、好きにして良いって言われてたし」
本入部の届を出さなきゃ、仮入部は4月いっぱいで無効になるって話だ。
面と向かって断るのも申し訳ないから、放置する気でいたから忘れてたんだ。
このまま時効で無効になるのを待つつもりだったけど、裏研なら使えるんじゃないか?
それに、部活なら顧問の先生も付くはずだし、男子ばかりでもヘンな噂も立たないはずだ!
「……まぁ、ある意味理に敵った物件だよな。『裏研』で部活か……部員は一人で、活動は自由。その上、活動場所がパソコン室っていうのも悪くないな……」
ちなみに、『裏世界研究会』って言うのは、裏世界に行く方法を考察・研究する部活らしい。
半世紀ほど前に『裏世界』が公表された後に、割とすぐできたようだ。
とはいえホール以外で『裏世界』に行く方法は、現在までに見つかっていない。
当初は研究活動もやってたらしいが、今ではめぼしい活動もやってなく、部員も2年生の先輩が一人だけ。
はっきり言って、あっても無くても良いような部活だ。
だから俺や響介を始め、生徒はほとんどあんなとこって感じなんだと思う。
ま、害があるわけじゃないし、所属する部員がいるから、廃部になっていないだけだろうな。
キーーン、コーーン、カーーン、コーーン。
「あ、昼休み終わっちゃったな」
「今日は、部屋探しに時間かかったしな。どうする? 明日以降の事を考えると、今日の放課後にパソコン室へ行ってみるか?」
思ったより響介は、部活の事を前向きに考えてるみたいだな。
確かに、放課後はさっさと帰るにしても、昼休みが無駄に過ぎるのは勿体ない。
「そうだな、行くだけ行ってみようか! んじゃ放課後、教室に迎えに行くから待っててくれ!」
「おぅ、わかった!」
そのまま響介と別れて、自分の教室に戻った。
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放課後、響介と一緒にパソコン室に入る。
響介は躊躇いもなく、『裏世界研究会』への仮入部届を提出したらしい。
聞いたところ、学校のパソコン室には、店売りされている物より高スペックな端末があるとか。
ざっと、一世代前のスーパーコンピューター並みの処理速度が出るらしく、情報の解析で利用予定だからと、響介は楽しみにしているようだった。
本人曰く、仮入部だから「嫌なら今月いっぱいで辞めれるからな!」と、大して忌避感も無いようだった。
この部活、普段は滅多に活動していないらしい。
今日もここの鍵を職員室に取りに行ったけど、鍵を受け取る際に部活で利用するためだと言ったのに、何の部活かと質問されたくらいだ。
そこで聞いたのだが、部活の顧問は霧島先生だそうだ。
自分が仮入部していた部活の顧問も知らないのは、問題かもしれないけど、興味無かったからしかたない。
霧島先生のフルネームは、霧島アイカ。
歳は28だったかな?
この学校一の美人先生だ。
今日会った花咲先輩も美人だが、霧島先生は桁が違う。
英語の先生だけど、残念ながら俺達の学年を教える事はない。
ハーフなのか、日本人離れした顔の造形で、10人中10人が美人と答えそうな、スレンダーな大人の女性だ。
普段は、女子弓道部の顧問をしているらしく、そっちの情報は俺も知ってたんだ。
ところが、『裏研』の顧問だった先生が一昨年転任した際に、霧島先生が顧問を兼務することになったそうだ。
たいして活動していない部活だから、兼務できると判断されたんだろうな。
「それで、昼の続きだけど、ヘルプの「あれ? 人がいるや……って、朝比奈か?」……」
響介の説明の途中で、入口が開いて一人の男子生徒が入ってくる。
「海翔先輩!」
「ん? 横にいるのは友達か?」
この人は、永嶋海翔。
『裏世界研究会』に一人残る2年生の部員、つまり部長だ。
聞いた話だが運動神経は抜群らしくて、去年の今頃も別の運動部に仮入部していたらしいが、何故かこの部活に入部したそうだ。
スポーツマンらしく、爽やかでサバサバした性格で人当たりもよく、友人も多いみたい。
かなり社交的だが、女好きな点が唯一玉に瑕といったところだ。
部活の新入生歓迎の時期に、たまたま俺がトイレの場所を質問した相手が、海翔先輩だった。
で、そのまま名前だけでも良いからって頼まれて仮入部したんだ。
仮入部したその日に、やや強引に誘われて一緒に遊びに行ったんだけど、先輩だからと偉ぶったりしないし、頼りになる面もあって、兄貴分という感じで一緒に遊んで楽しかった。
まぁ、俺と遊んでいる最中にも、街中で見かけたカワイイ子に声をかけるのは、病気と言っても良い気はしたけどな。
そんな女好きな先輩だが、ナンパ成功率は低いらしく、結局その日も声かけては撃沈してた。
ノリの良さにかけては美羽に通じるところがあるけど、ちょっと先輩の方がバカっぽいというかチャラい感じかな。
たぶん、響介とは……合わないんじゃないだろうか?
「はい。同中出身の同級生で、今日から仮入部予定の香坂です」
俺が紹介すると、響介本人も挨拶する。
「香坂響介です」
「そっか、俺は長嶋海翔だ! それで、この部活の趣旨は聞いてるか?」
「はい、簡単にいうと、裏世界に行く事を考えると聞いてます」
「ま、そんなものだろうな。ぶっちゃけて言うと、ちゃんと正規の方法で資格取れよって話なんだけど、正直、高校生で受かるなんてムリがあるだろ? だから、部の活動は基本的に自由にしてイイぞ。部屋を汚したり、備品を壊したりして、先生たちの厄介にさえならなきゃな! まぁ、一応体裁のためにも、裏世界に行きたいって思っててくれればそれで良いよ!」
前も思ったけど、かなり緩い部活だよな。
顧問の先生が見に来ないというのも、原因なんだろうけど。
そもそも、並々ならぬ意欲があるってわけにも見えないのに、何で海翔先輩が所属しているのかもよくわからない。
「先輩は、今日は何か用事があったんですか?」
「いや、ちょっと忘れ物してたから取りに来ただけだよ。それはそうと、2人して何してたんだ?」
俺らが会話してたのを聞いてたのか、興味深そうに聞いてくる。
すると、響介が俺に確認してくる。
「先輩には話するのか?」
「あぁ。部活中は、この教室の管理責任者だと思うし、仲間になってもらった方が色々と都合が良いと思ってるけど」
「そうか。……長嶋先輩、「名前で良いぞー」……海翔先輩、俺達は『裏世界』行きを真剣に考えているんです」
「ん? 資格試験でも受けるのか?」
「いや、ゲームです。『広がる世界』っていうゲームアプリをご存知ですか?」
「いや、知らないな。何だそれ?」
「それは……」
ゲームの『特典』の話や、俺がベータ版をゲットしていることなどを響介が説明する。
当初、何万人が参加するか分からないゲームで、上位狙うだなんてと言ってた海翔先輩だったが、俺が響介のeスポーツの成績なんかを説明すると、海翔先輩も美羽と同じ反応をしてきた。
「それさー、俺も仲間に入れてくんないかなー?」
セリフまで、今日の美羽と同じ感じだったから、思わず響介と無言で見つめ合ってしまった。
キャラだけでなく思考回路も似てるのか?
「えぇ、そのつもりで話しましたから」
メガネを上げつつ、無表情で答える響介だけど、きっと俺と同じ事考えたんじゃないだろうか。
「やった! 楽しみだな~。あ、俺も一応eスポーツの県大会には出た事あるんだぜ!」
「そうなんですか?」
海翔先輩が参加した事あるのは、響介が全国優勝した陣取りゲームじゃなくて、昔からある格闘ゲームだった。
コンマ数秒の判断と操作テクニックがモノを言うゲームで、俺も大会には参加したことあるけど、地区予選の一日目で敗退したやつだ。
これは、美羽を仲間に入れるより何倍も良いんじゃないだろうか?
話を聞いたところで、事前に話していた事を、響介が海翔先輩にお願いする。
「それで相談なんですけど、その活動のために放課後と昼休みに、ここを利用しても良いでしょうか?」
「あぁ、飯とか飲み物とかを持ち込まなきゃ使って良いぜ! 顧問の先生には一応伝えておくからな!」
「ありがとうございます」
良かった。
先輩が完全に味方になってくれると、活動しやすいよな。
eスポーツのための部活も学校にはあるし、裏研の活動でゲームの調査をやるのもたぶん問題ないだろう。
「あ。ただ、端末使う時に、外部アプリとかデータとかウイルスチェックかけてから繋げよ! 面倒臭いけど、決まりだからな!」
「はい、わかりました!」「わかりました!」
それから、3人であーだこーだと言いながら、作業をしていった。
主に響介が要点を押さえて指示をしていくので、俺が実際にアプリを動作させて、横から海翔先輩が茶々を入るといった流れだった。
俺がスマホを持っていても、ミゲルは他人の質問を受け付けないらしく、どれだけ海翔先輩がミゲルに質問しても、何も反応しなかった。
声紋認証も入ってるのかな?
懲りずに何度も質問する海翔先輩に、響介が「いい加減諦めろよ」と言わんばかりの無表情な視線を送っているのが印象的だった。
気のせいだろうけど、心なしか画面の中のミゲルも同じ表情している気がした。
当の海翔先輩は、気付いていないのか、気付いててもおかまいなしなのか、全く視線を気にしてなかったけどな。
帰る頃には、外も暗くなりかけていたけど、何だか部活やったーーって感じがする。
やってるのは、ゲームの調査なんだけどな。
んで、帰り道では響介から、なるべくゲームをやって色々感じた事をレポートして欲しいと言われた。
ただ、安全のためにも、ちゃんと前見て歩けとか、戦闘時は止まってやれとかいう注意も同時に受けたけどな。
だから、イヤホンとピンマイクを装着して歩いて、ミゲルがモンスターの接近を知らせてきたら、立ち止まって戦闘するようにしている。
そんな感じで順調にモンスターを倒してポイントをゲットしたり、敵の動きのパターンを記憶したりした。
まだ3種類しかモンスター出てこないけどな!
帰ったらレポートとしてまとめて、また夜も少しだけゲームするかな。
あんまり夜徘徊すると、補導されて部活ができなくなるかもしれないから、21時以降はやるなとも注意されたし、そこは守らないとだな。
部活