第一話
俺には付き合っている彼女がいる。名前は春子。
のほほんとした雰囲気で、おっとりした女性。ゆるやかにウェーブのかかった黒髪が僅かに肩にかかる。彼女の前髪は眉毛にややかかる。少し人より長いまつげと、大きな茶色の瞳が印象的だ。小さな鼻とちょこんとした口が愛らしい。
俺は彼女と付き合って3年になる。
大学時代からの知り合いだが、付き合ったのは社会人になってからだ。
彼女は奥手というか大人しい人だ。自分の考えをあまり強くいうことはないし、他人のことを批判することもない。彼女の口から聞いたわけではないけれど、いつも他人の良い面を見ているんだと思う。
そういう所は素直に尊敬する。意識してできる事じゃない。彼女の深い所の性質なんだと思う。それは、彼女がこれまで生きてきて築いたものなんだと思う。彼女の時間がそれを造りあげたんだと思う。
そうなりたいと思う人は多いと思うけど、出来る人は少ない。 口ではそう言っている人もいるが、実際に実行しているのは彼女以外に見た事がない。そういう彼女だからこそ俺は惹かれたのかもしれない。
俺は彼女のそういう所は凄いと思うけど、そうなりたいとは思わない。それは皆が善人の社会では成り立つが、実社会は違う。そういう性格では損をすることが多いだろう。
彼女だってそのことには気づいていると思う。でも、損をしてまでその心を、性質を維持し続けているんだと思う。だから俺は彼女を尊敬する。
彼女は出会った時からずっとそうだった。俺にとって彼女は、最初から不思議で興味深い少女だった。その姿に俺は驚き感心した。そして好意を抱いた。
それに彼女の性質は自分に合っていた。面倒な人づき合いを嫌う俺にとって彼女は心地よい。
これまで付き合ってきた女性との経験から、俺はあまり女性に良いイメージを持っていなかった。付き合い始める前は大人しい女性でも、関係が深くなるにつれ徐々に変わってくる。それが人付き合いというものであり、対人関係の基本だと思うが、俺はそれに落胆した。
自分の中の理想が大きかったんだと思う。それが崩れていくのを見るのがつらかったんだと思う。でも、その理想を捨てることはできなかったんだと思う。だから何度も落胆した。
空気を読み、雰囲気を察し、相手の事を慮っていた女性でもとたんに我儘になる。見た目や仕草にしても手を抜き始める。だが、姿に関してはわりとどうでもいい。時間がたてば着飾っていない姿にこそ愛着が沸いてくる。でも、人の心に土足で入ってくるのは嫌だった。
いくら付き合っていても、全てを共有するわけじゃない。触れてほしくない部分はある。彼女にも同じようにあるだろうし、誰にだってあると思う。
過去の彼女たちは、そうは考えていないようだった。
「付き合っている彼の心の中まで知りたいし、それを知ることは彼女の義務である」と思っているようだった。どういう思いからその衝動が来ているかは分からないが、俺はそう感じた。
でも、俺はその考えに共感できなかった。彼女達が心の中に手を伸ばしてくる事に対して、いいようのない気持ち悪さを感じた。俺は自分の心を全て開示したくはない。
それに、彼女たち自身も俺と同じように自分の心を開示することを拒んでいた。俺が彼女達と同じように接すると彼女たちは嫌悪感を示す。「女々しい」、「男らしくない」そういう言葉がその時に彼女達の口からでた。俺は彼女達のそのような部分に嫌悪感を感じていた。それはとても卑怯だと思ったから。
要は演技しなくなり素の部分が見えてくるのだと思う。変に気を張ることなく、気分で行動するようになる。だから大人が子供に変化する。相手の事を考えずに自分本位に行動する。それで関係は終わりだ。どんなに親しくなっても最低限の気遣いはしてほしい。子供じゃないんだから。
俺は彼女に我慢できなくなり別れる。別れを切り出す度に彼女たちは毎回驚き泣くが、それが全てを物語っていた。心の擦れ違いに気づかない関係になっていたんだと。気付いていれば、「そうなんだ、やっぱり」で終わると思う。
だから、俺は女性とはなるべく距離を置き、角を立てないように最低限の付き合いをする。要は社会人同士の付き合いと同じだ。問題の芽は事前につむ。同じような落胆を味合わないようにするために。
そんな事を考え出した時だった。俺が、春子と再開しのは。
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