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第七話 公園にて

 雲の上、高梨由羽たかなし ゆうはドキドキしていた。


「け、結構ドキドキするわね」


 そうかい?


「でも、これを祐一がやってたんなら私にもできるはず」


 そうかい?


「……何? 私に出来ないっての?」


 いや……そこまでは言っていない。


「まぁいいわ。まずどこから手をつけるか……」


 雲の下に出ると、眼下には、見慣れた公園があった。

 祐一と死闘を繰り広げた公園だ。


「決めた! まずあそこからにする!」


 由羽は、一目散にその公園めがけ急降下した。


 ──もう少しおしとやかに出来ないものかな。


 天の声は、どこか呆れ声だった。


 *


「降りたはいいけど……」

 由羽は、公園にいた。

 だが、その公園は子供とその親しかいなかった。

 つまり、外見上中学生くらいの由羽は、その場で思いっきり浮いていた。

 ベンチを見ると、公園で走り回っている子供のお母さん達がこちらをちらちら見てはこそこそ話をしてる。

 多分由羽のことだろうが、あまりいい話題ではなさそうだった。

 ──これは失敗したかも。

 ちょっと後悔した由羽だった。

 その時だ。

「わーっ」

 赤いTシャツを着た男の子が、由羽に突っ込んできた。

 いや。

 正しくは、その子供の走る方向に由羽がいた。

 どん、とぶつかる。

 さすがに子供と比べればそれなりに重い由羽だ。びくともしない。替わりに子供が素っ転んだ。

 そして大泣きした。

「え? えええ? わ、私が悪いの?」

 おろおろ、おろおろ。

 狼狽えるしかない由羽だった。


 *


 普通に考えて、子供が泣き出したら親がすっ飛んでくるものだ。

 少なくとも由羽はそう考えていた。

 だが待てど暮らせど、その子の『親』は姿を見せない。

 ──もしかして、ここにいない?

 由羽はベンチに座っているお母様方を見た。咄嗟に視線を外された。

 ──ふぅん?

 由羽は、泣き喚いている赤Tシャツの子供を見た。

 子供は一旦泣き止み、ちらっと由羽を見ると再び泣き出した。

「これをどうしろと……」

 途方に暮れていると、服の端をくいくいっと引っ張られた。

「んん?」

 その力に逆らわず、由羽はその子供の脇にしゃがみ込んだ。

「おねーちゃん、しんがお?」

「は?」

 由羽は耳を疑った。

 ──新顔ですって?

 その年端もいかない(多分五歳とか六歳)の子供から「新顔?」だなんて言われて、その耳を疑わない人間はいないだろう。

 由羽は人間ではないが、姿形は人間だ。それを見分ける術は、それこそ人間は持っていない。それが子供ならなおさらだ。

「……新顔ってどういう意味よ?」

 ベンチに居座って談笑しているお母様方には聞こえないよう、ひそひそ声になる由羽。なんでこんな行動を取っているのか、自分でも不可解だった。

「きょうはじめてここにきたでしょ?」

「そーなのよ。でも、それがどうしたっての?」

「それにおねーちゃん、ガッコウは?」

「……お子様はそういうのは気にしなくていいの!」

「サボり、だね?」

 赤Tシャツの男の子は、にたーっと笑った。

「ごほん、ごほん」

 由羽はわざとらしく咳払いをした。

 なぜか主導権をこの子に持っていかれる。

 先日、祐一相手にこの公園を破壊し尽くした由羽がだ。

「……これにはふかぁ〜い事情があるのよ」

「ふぅん?」

「話すと長くなるし、きっと信じないわよ?」

「それズルい」

「え?」

「オトナはいつもそう。『話すと長い』とか『事情がある』とか『話しても分からない』ってよく言う」

「む……」

「でもタイテイはたいしたことじゃないんだ。コドモアツカイはやめてほしいなぁ」

 そう言う赤Tシャツの子はちょっと大人びて見えた。

 ──これは!

 由羽は、この公園を最初に選択した自らの審美眼を内心褒め称えた。

 ──面白い子供だわ!

「ね、ボク、名前は?」

 どこか弾んだ声で由羽が子供に名を尋ねた。

「ボクじゃないよ。石橋亮太(いしばし りょうた)。でおねーさんは?」

「私は高梨由羽(たかなし ゆう)。由羽お姉さんって呼んでいいわよ?」

「わかった、ユウだね?」

 へへん、どうだ。

 そんなしてやったりとした顔をする亮太君だった。


 *


「ふーん? で亮太君はいつも一人でいるの?」

「そうだよ。親が帰ってくるまでここにいるんだ」

「寂しくない?」

「べ、別にさびしくなんかないよ!」

 ムキになるのはやはり子供か。由羽の言葉はどうやら図星らしい。

「そうよね。亮太君は寂しくなんかない。ちゃんとお母さんを待っているものね」

 しかし、自分の子供を公園に置きっぱなしにして仕事にいく母親ってどうなんだろう?

 由羽が知る人間像からは想像も出来ない。

 人間はそんなに薄情ではない。筈だ。

「ねぇ亮太君」

「りょうた、でいいよ。ユウなら」

 どうやら、呼び捨てを許されたらしい。

「うん、分かった。じゃ亮太、お母さんってどこでどんな仕事してんの?」

「おかあさんはいない」

「え?」

「おとうさんならいる」

 由羽はいきなりつまづいた。

 ──そっか父子家庭か……。

 それはその家の事情だ。由羽が根掘り葉掘り聞いていいことではない。

「じゃ、お父さんはどんな人?」

「やさしいよ?」

「うーん、じゃなくて。どんな仕事してるの?」

「カイシャに行ってるって」

 ──う……。

 考えてみれば分かることだった。

 幼稚園児くらいの年齢の子供に、自分の仕事の詳細を説明するお父さんがいるだろうか? それこそ『話すと長い』とか『事情がある』とか『話しても分からない』とか言うだろう。

 ただ。

 どこぞのサラリーマンらしいことは分かった。

 問題なのは、亮太が幼稚園にも行かず、この公園で一日を過ごしていることだ。

 ──これ、聞いちゃっていいのかなぁ。

 由羽は躊躇した。

 幼稚園に行っていないということは、それこそ様々な事情がある。

 亮太のお父さんがそれを息子に伝えているとは思えない。

 かといって、そんな年齢の子供を一日公園に放置するのはどこか無理があった。

 食事、トイレ、おやつ、挙げればキリがない。

 当然の帰着として、知り合いの誰かに亮太の面倒をお願いしていると考えるのが妥当だ。

 だが、先ほどの大泣きの件を鑑みるに、そうした大人がここにいないことは分かった。

 どうにも複雑な事情がありそうだった。

 ──私が毎日くるわけにもいかないしなぁ。

 その時。

「亮太! あんたまた知らない人に声かけて!」

 公園の目の前にある家から女性の大声がした。

 そして、ズンズンと公園に向かって、いや亮太と由羽に向かって直進してくる年配の女性の姿があった。

「あれだけ大人しくしてなさいって言ってるのに、全然言うことを聞かないで!」

 どうやらその女性は怒っているようだ。

 亮太は、こっそりと由羽の服の裾を握った。

 ──亮太?

「亮太! 呼ばれたらちゃんと返事しなさい!」

 裾を握る亮太の手に力がこもるのが感じられる。

 どうやら亮太はこの女性が苦手なようだ。

 ──私が『力』使ってもいいんだけど……。

 由羽は女性を『強制的』に黙らせることができる。だがそれは人間の世界では勝手に使ってはいけない『力』だ。

 しかしそれは時と場合による。

 女性が亮太に手を上げようとした瞬間、由羽は咄嗟に右手を天に掲げた。

 女性は、亮太に手を上げた姿勢のまま動かなくなった。

「な、何をしたのあんた……!」

「こんな子供に手を上げるなんて大人のすることじゃない」

 由羽は冷徹に言い放った。

「あ、あなた、誰? 見たところ中学生くらいに見えるけど……学校はどうしたの? 学校にも行かずウロウロしている不良がいるって最近聞いたけど、それがあなたなのね!」

 断定口調だった。

 由羽は瞬時に沸点に達した。

 我慢の限界がどこかに吹っ飛びそうだった。

「おばさん!」

 見かねた亮太が、由羽と女性の間に割って入った。

「ごめんなさい! ぼくがここで転んで泣いてたのをこのおねーちゃんが助けてくれたんだよ! だから怒るのはやめて!」

「亮太……」

「ぼくがぜんぶ悪いんだ。だからおばさんもおねーちゃんもケンカしないで」

 子供なりの決死の叫びだった。

 由羽は女性にかけていた金縛りを解いた。

 女性は毒気を抜かれたように、呆然としていた。

「……ぼくがおとなしくしないとおばさんにメイワクがかかるんだ。だからぼくはひとりでここで遊んでなきゃいけないんだ」

 それは悲しい独白だった。

 

 *


 ひとしきり文句を垂れた女性は、それで満足したのか、自分の家に戻っていった。

 公園は再び平穏が訪れた。だがそれも束の間で仮初めだ。

「ねぇ亮太」

「うん?」

 女性が家に引っ込むまでぐすぐす言っていた亮太は、腕で涙を拭って由羽を見上げた。

「あのおばさん、誰? 親戚?」

「ううん。ちがうよ。おとうさんがオシゴトにいってるあいだ、ぼくのメンドウをみてくれるんだ」

 ──あれが面倒を見てるって態度?

 由羽は亮太に気づかれないようため息をついた。

 ──嫌々感満載じゃない、あれは。

「でもちゃんとゴハンたべさせてくれるし、トイレとかもちゃんとメンドウみてくれるんだよ」

 そう言う亮太の声は、どこか震えているように感じた。

 ──この感情は覚えがあるわ。

 祐一から聞いていた感情の一つ。

 それは恐怖。

 亮太は、あの女性を怖がっている。

「ねぇ亮太」

「なに?」

 亮太は顔を上げない。目を合わせない。

「今、私の顔見られる?」

「……ううん」

 亮太は力なく頭を振った。

「そっか」

 ──亮太は辛いんだ。

 お父さんは仕事。

 その間、亮太は先ほどの女性に預けられる。

 そして女性は、必要最低限の『面倒』を見る。

 最低限とはつまり、家の前にある公園に放置。何かあれば亮太が女性の家に戻るか、先ほどのように女性が出てくる。

 ただ、その関係はあまり良好ではないようだ。

 由羽はまだ人間の感情がなんであるのか、理解しているとは言い難い。

 この複雑な関係を打破する術を持ち合わせていない。

 なので由羽は、亮太の手を握った。

「え?」

「亮太。今日一日、私が一緒にいる。お父さんが帰ってくるまで一緒にいるよ」

 亮太の顔に輝きが戻った。歳相応の笑顔だ。

 ──子供はこうでなくちゃ。

 亮太が嬉しいなら私も嬉しい。

 これはなんでなんだろう。

 でもそんな疑問は亮太の笑顔を見れば吹き飛んでしまう。

 ──これが人間と接するってことなのかな。

 そんなことを思う由羽だった。


 *


 夕闇が迫り、公園から人気がなくなった。

 それでも亮太と由羽はそこにいた。

 亮太のお父さんを待っているからだ。

 途中、例の女性がちらちらと顔を出したが、何も言わなかった。

 亮太が公園にいてさえくれればそれでいい。

 そんな雰囲気だった。

「お父さんはいつも何時くらいに帰ってくるの?」

 由羽は公園に備え付けてある時計台を見ながら、亮太に尋ねた。

 時計台は午後五時を指していた。

 古びた照明灯がチカチカと点灯を始めた。まだ充分に明るいのだが、時間で勝手に点灯するようになっているようだ。

「そろそろだと思う」

 ──そろそろと言っても、普通の会社って五時半までだよね。

 そうなると、少なくとも六時頃まではここにいなければならない。

 と──。

「あー亮太、今日もいるねー」

 明るい声がした。

 見ると、学校の制服姿の女の子が公園の入り口に立っていた。

 見た目、高校生だろうか。

 やや茶色がかった長い髪が特徴的だった。

 ──あれ? この人、どこかで見たような……。

 少女は、訝しげな顔をする由羽を放置して亮太に歩み寄る。

「あ、亜由美おねーちゃんだ!」

 亮太は由羽と一緒に座っていたベンチから飛び降り、亜由美と呼ばれた女の子に駆け寄った。どうやら馴染みの人らしい。

「今日も一人でお留守番?」

 ──留守番?

 由羽はその表現に違和感を覚えた。

「うん。でも今日は一人じゃないよ。ユウも一緒なんだ」

「ユウ?」

 亜由美は首を傾げた。

 そして、ベンチに座っている由羽を見た。

 軽く会釈を返す由羽。

 そこで亜由美が何かに気がついたかのように声をあげた。

「あーーっ! あんた祐一の妹でしょ!」

「は? え?」

 一発で正体を見抜かれた由羽だった。


 *


「そういうことね」

 亜由美は、事と次第を亮太の足りない情報に加え、持ち前の想像力で補完して理解した。

「それならあんたにお礼言わなきゃね」

 すっと手を差し出す。

「いえ、私は何もしてませんし」

 由羽はなぜか敬語を使っていた。それがなぜなのか本人も理解していなかった。

「いいからいいから。握手、握手」

 半ば強引に握手させられる由羽。

「祐一の妹の話は聞いてたけど、まさかホントに会えるとはねー」

「あの、兄は」

「ん?」

 亜由美の対応は屈託がない。周囲に明るさを振りまいている、そんな雰囲気を纏っていた。

「何か失礼なことしませんでしたか?」

 由羽自身も余計な心配かな、とは思ったのだが、この世界で『兄』である祐一が何を成したのか興味があった。

 そして目の前にいるのは、祐一をよく知る人物なのだ。どこかで見たことがあると感じたのは、由羽が生まれる前に祐一が出会った人間だからだ。

 由羽が生まれ出でる時、ベースとなった祐一の記憶に亜由美との出来事が刻まれていた。

 もう分離してしまった二人だが、それ以前の記憶は共有している。だから亜由美を見知っていたかのような感覚に襲われたのだ。

 ──でも私は直接亜由美と話をしていないし。

 そんな思いから出た言葉だった。

「失礼? 失礼どころじゃないわ。あいつに言っておいてよ。今度会ったらタダじゃ済まさないって」

 亜由美はにこにこ笑いながら、恐ろしいことを言った。

「は、はぁ……」

 由羽は何と返していいかわからず、引きつった笑いを浮かべた。

「でもあいつには助けられたし。それに」

 亜由美は、由羽に顔を寄せた。

「……あんた達が何者なのかは聞かない。一見私らと同じようだけど、そうじゃない。でも私にはそれで充分なの。だから何も言わないでね」

 由羽は心の中で亜由美に感謝した。

 自分達と異なる存在でるはずの亜由美は、それを受け入れると言ってくれているのだ。

 純粋に嬉しいと感じた。

 ──ああ、そっか。

 祐一が通って来た道。

 それは、今の亜由美と自分のように感情や思想をぶつけ合い、獲得・理解してきたに違いない。

「ところで、亮太のことなんだけどさ」

「……って、はい!」

 急に話題が変わった。

「あいつ、いつもと違うんだよねー。由羽がいたからかな」

「そうなんですか?」

「いつもはね、ほら公園の前の家のおばさんいるでしょ? その人の顔色窺っておどおどしてんのよ。私がいればそんな態度は取らせないんだけどね」

「え? それはどういう意味……?」

「簡単よ。『お前男だろ! キン◯マついてんだろ!』って一喝。それで亮太はニッコリ笑うの。かわいいのよー」

「はぁ……あはは」

 ──さすがにそこまで言えないよ……。

 苦笑いするしかない由羽だった。


 *


 亮太は、二人の『お姉さん』がいるおかげで安心したらしく、ベンチに座る亜由美の膝の上に頭を置き、かわいい寝息を立てていた。

 由羽はそんな亮太を見つつ、決して本人には聞けない『事情』を亜由美から聞き出そうと考えた。何か自分にできることはないだろうか。そんな純粋な発想から生じた行動だった。

「亜由美さん」

「亜由美でいいよ。祐一も初めは亜由美お姉さんなんて呼んでたけど、最後の方は呼び捨てだったし。気にしないで」

「じゃ亜由美。亮太のことなんだけど」

「うん。亮太はちょっとかわいそうな子でね。家にはお父さんしかいない」

「ええ」

「それでお父さんは仕事がある。そうすると亮太は日中は一人になっちゃう」

「はい」

「亮太のお父さんは普通に仕事しているから、延長保育している幼稚園じゃないと入園できない。でもこの辺にそんな幼稚園はない。なんか色々事情があって親戚は頼れないらしくて、町内会のつてか何かで、あのおばさんが『当面』は『面倒を見る』ことになったらしいのよ。でもほら、あの人あんな感じでしょう?」

 亜由美は、亮太の『面倒を見ている』女性の家を顎で示した。

「そう、ですね」

 由羽は昼の女性の対応を思い浮かべた。

 どうしてもちゃんと『面倒を見ている』ように思えなかった。

『ごめんなさい! ぼくがここで転んで泣いてたのをこのおねーちゃんが助けてくれたんだよ! だから怒るのはやめて!』

 心の叫びとでもいうのだろうか。

 亮太のこの言葉は、数時間経った今でも耳に残っている。

「そう……そんなこともあったのね」

 亜由美が由羽からその話を聞かされると、亜由美の表情に影が落ちた。

「亮太も来年は小学生だから、今年さえ我慢すればと思ってたんだけどね。私もできるだけここに寄るようにしてるけど、さすがに毎日というわけにいかなくて」

「はい」

「もう一人くらい、亮太の面倒を見てくれる人、いえ、ちゃんと面倒を見てくれる人が現れれば問題は解決する」

 ──じゃ、それは私が。

 由羽はそう言いかけた。

 だが、その言葉は口から出る前に亜由美に封じられた。

「でもね、あなた達じゃダメなの。分かるでしょ?」

 そう。

 由羽も祐一も人間ではない。

 人間とは何か。何を持ってどんな感情を生じさせるのか。その探求途中にある存在。

 子供一人相手に、一年間もつきっきりでいられるはずはない。

「それにね、亮太は案外強いよ? 嘘泣きしたり、わがまま言うけど、ちゃんとしてるところはちゃんとしてる」

 それは理解できる。

 亮太は、自分があの女性の言う通りにしていれば、何も起こらないと思っている。そのためには自分の意思を犠牲にできる強い心を持っている。

 でも。

 まだ子供なのだ。

 子供は、子供らしく。

 元気よく走り回り、転んで泣いて、嬉しくて寂しくて、また泣いて。

 でも。

 それにはどうしたらいいだろうか。

 その答えは、亜由美が持っていた。

「だからね。たまに。たまーにでいいのよ。顔見せてあげて。きっと喜ぶから」

「……はい!」


 *


 どうだい? 初めて人間の世界に降りた感想は?


「そうね。難しいわ」


 意外だね。君の口からそんな言葉が出てくるなんてさ。


「そう? 人間が持つ感情って、ホント難しいわ。それこそこんな小さな」

 由羽は手を広げ、亮太の大きさを表現した。

「こんな小さな子供だって、必死で感情を持ってる。寂しかったり、嬉しかったり、痛かったり、悲しかったり。ホント色んな感情を持ってる」


 ふうん?


「問題は、表現方法なのよ。この感情はこの場面で許されるのか。それとも、別な感情表現の方がよりいいのか。私も今驚いているわ」


 それを『子供』がやってのけたんだね?


「そう。亮太はスゴイよ。自分が置かれている立場、環境を自覚してる。でも……」


 でも?


「亮太はホントは寂しいの。それを表に出さないようにしてるだけ。それに気づいているのは、きっと私と亜由美だけ」


 ふうん……で、どうするんだい?


「決まってるわ。私はこのまま人間の世界に留まるけど、たまに顔見に行く。そして喜ばせてやるんだ」


 君もだんだん面白くなっていくね。


「私が? そう、なのかな?」


 ああ、そうさ。まるで『祐一』みたいにね。


「ふうん……」


 *


 そして、すっかり日が落ちた公園では、亮太とお父さんが手をつなぎ、家路に就く姿があった。

 ぎゅっと手を握って。

 決して離さないように。


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