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第十話 思いと幸せとその時間

 祐一しかいない色彩のない空間の中、天の声は言う。


 それで、結局君は人間の何を知ったんだい?


「まぁ、色々だよ」

 祐一は半ばうんざりしながら、これまで幾度となく繰り返されてきた質問に返答した。

「会っただけの人間が、それぞれ違う考え方を持ってる。決まりごとなんてどこにもない。今僕が知っているのはそれくらいだよ」


 じゃあ旅は続けないとね。


「まぁそうだね。でもこれは終わらないかも知れない。先が見えない。もしかしたら、ずっと続く無限ループなのかも」

 祐一は頭の後ろで腕を組んだ。

 人間に会っただけ、考え方、感情、行動それぞれが違う。そして祐一はそれらを解きほぐし理解しなければならない。

 そうしないと、由羽が黙っていないからだ。

 ケンカはもうこりごりだった。


 でも、楽しいんだろう?


「そうだね。知れば知っただけ次が知りたくなる。人間はやっぱり面白いよ」


 由羽も同じことを言っていたよ。


「そりゃそうさ。僕と由羽はそもそもが同じだ。感じ方だって同じとは言わないけど、きっと面白いと思ってるはずだよ」


 しかし、我々の世界で『兄妹』という概念が生まれるとはね。


「僕も最初は驚いたよ。理解出来なかった。アイツが『お兄ちゃん』なんて僕を呼んだとき、その時の感情が何なのか分からなかった」


 まぁ、親兄弟とかそういう概念がないからね。『家族愛』なんて考えたこともなかったよ。


「そうでしょ? でもあえて言うなら、僕と由羽が『兄妹』なら、貴方は『お父さん』になるんじゃないかな?」


 お、お父さん?


 祐一は、一瞬、空間が揺らいだように感じた。

 ──もしかして、動揺したのかな?


 そりゃまた随分飛躍した発想だね。


「そうかな。そんなに遠い発想じゃないと思うけどな。それとも僕たちを生み出したから『お母さん』になるのかな?」


 ま、まぁそれはさておき。


「ふうん?」


 由羽が外に出たがってるよ? そろそろ替わってあげたらどうかな?


 祐一は、はたと気がついた。

 そう言えば。

 最後に交替したのはいつだっただろうか。

 一〇年前? 二〇年前?

 祐一は青くなった。


 由羽の堪忍袋の緒が切れる前に謝った方がいい。


「それは命令?」


 いや? これは助言だよ。


「『お父さん』からの?」


 その問いに対し、天からの答えは返ってこなかった。


  *


「や、やあ由羽。久し振り」

 おそらく二〇年振りの兄妹の再会だ。

 本来は感動的なシーンになるはずだが、彼らの事情がそうさせなかった。

「遅いっ! 一体今の今まで何やってどこほっつき歩いてたのよっ! こっちは二〇年間ずっと待ったんだからねっ! 二〇年よ二〇年っ!」

 由羽は開口一番、祐一を罵倒した。

「いや、それには色々事情があってさ」

「お黙りっ!」

 ぴしゃり。

 由羽は祐一の言い訳をばっさりと切って捨てた。

「そりゃ確かに『交替制』を言い出したのは私。それはいいの。何年かおきに人間の世界での活動とこっちの世界での活動を交替する。私たちはそうやってシステムの維持をする」

「そうだね」

「そうだね?」

 由羽の言葉に剣呑さが宿った。

 ──あ、こりゃダメだ。

 祐一はその一言で、由羽の怒りを鎮めることをあきらめた。

「あんたはシステム維持の退屈さを分かってない!」

 怒濤の口撃が始まった。

「そりゃ、ここじゃ一日とか一年とかそんな単位は存在しない。だから待つことについてはそんなに気にならない。でもね、人間の世界を体験した今、どうしたって数えちゃうのよ。ああ、今日が終わったなぁって。今年ももう終わりかなぁって。もうね、指折り数えるのよ? 両手じゃ足りないから足の指まで使って。その間私はここに縛り付けられて、あんたは人間の世界で色んな出会いがあって、そこであははうふふと楽しく過ごす。自分の『妹』を放っておいてよ? いくら何でも不公平じゃない? それに、そこに『兄』やら『妹』やらの区別があって、優先されるのはいつもあんた。『お兄ちゃん』が先。見なさいよ、お隣さんはもう二〇〇年、いやもっとか? それくらいの期間ここにいるのよ? 信じられる?」

「いや、ここはそもそもそういう場所だし」

 祐一は言ってからしまったと思った。

「そもそも?」

 由羽の口撃は止まらない。

「そうよ。ここは『そもそも』そういう場所。世界を維持するために手を尽くす。人間を監視し、導き、自然の驚異を諭したりする。星自体のコントロールもする。それらには細心の注意が必要だし、一度組み込まれたらそのシステムから原則抜けることはない。だから私たちが特別なのは分かるの。分かるけど、その例外、前例を作ったのは『そもそも』祐一、あんたじゃない!」

 由羽が言う二〇年間、祐一は人間の世界でだらだらだらだら過ごしていたわけではない。それなりにちゃんと理由がある。

 人間が生まれて成人するまで。

 その期間密着する必要があったのだ。

 これは新しい試みだった。

 人間が生まれ、育ち、大人になる。

 その間で揺れ動く感情や思考は、今後システムを維持する上で貴重なサンプリングデータになるはずだ。

 と説明した所で由羽の怒りが収まるはずはない。

 事前に『ちゃんと』『正確に』説明しなかったのは祐一のミスだ。

 ──妹って案外面倒だなぁ。

 そう思わずにいられない祐一だった。

「あ、今面倒だと思ったなーっ!」

 確かに面倒だった。

「そんなことはないよ。全然考えたこともない」

 嘘だった。

 嘘だが、ここは貫き通さないと、この先何日も何週間も罵倒し続けられることになる。

 以前、由羽を五年放置しただけで、人間の世界の時間で換算して丸三ヶ月罵倒され続けた実績がある。

 祐一はため息をついた。

 このままでは、せっかく『仕掛け』たサンプルが無駄になりそうだった。

 なので祐一は『兄』としての強権を発動した。

 つまり。

 謝った。

 ただひたすらに謝った。

 そのかいあって。

 同じく二〇年での交替という条件で、やっと許しを得たのだった。


 *


 人間の世界と由羽の世界では、時間の概念が違う。

 人間の世界の二〇年ともなれば、赤ちゃんが大人になってしまう時間だ。

 だから由羽は焦っていた。

 過去、一度会った人間がどう変化したのか。

 もしかしたら忘れているかも知れない。

 でも覚えていてくれるかも知れない。

 それを確かめたかった。

 もし覚えていてくれたのなら、その間に『何が』あったのか。

 その人間がどう『変化』したのか。

 楽しかったのか、悲しかったのか。

 辛かったのか、苦しかったのか。

 それらを聞きたい。

 そして知りたい。

 散々『兄』を罵倒した由羽だったが、二〇年という時間は、その確認にはもってこいの期間でもあった。

 ──さて。

 どこに行こうかな。

 由羽はそう思いつつ、二〇年前に出会った親子をずっと気に掛けていた。

 

 *


 二〇年前。

 由羽は、ある親子に出会った。

 母親と赤ちゃん。

 父親はいなかった。

 自分には『親』という概念がない。『兄』であれば、かなり特殊だが、いないこともない。

 だから理解しようとした。

 親子。

 母と子供。

 そこには一体どんな感情が潜んでいるのか。

「この子はきっと幸せになるわ」

 子供をあやしながら、母親はそう言っていた。

 幸せ──。

 由羽にはそれが何なのか分からない。

 それなら確かめよう。

 その時、そう心に決めた。

 だからずっと気にしていた。

 次に人間の世界に降りたら、あの赤ちゃんはどうなっているだろうか。

 自分のことを覚えているはずはないが、それはそれで新たな出会いに繋がる。

 新しい感情や思考を知ることが出来る。

 そんなことを思いながら、人間を探す。

 偶然見つける可能性はそんなに高くない。

 でも、きっと出会える。そんな確信めいたものが由羽にはあった。

 ──見つけた!

 高台で寂しそうに下界を見下ろす女性がいた。

 もちろん遠目なので、あの時の赤ちゃんなのかどうか確信は持てない。だが、なぜか見つけた瞬間に『あの時の赤ちゃんだ』と思ったのだ。

 ──まぁ人違いだったとしても、それはそれでいいかな。

 そんなことを思いながら、姿を消して女性に近づいた。

 高台のせいか風が舞い、女性の綺麗な黒髪が棚引いた。

「由羽さん、ですね?」

 その女性は振り返ることなく、由羽の存在に気付いた。

 気配は絶っていたはずだった。

 ──え?

 由羽は慌てた。

 姿を消して気配を絶てば、どうやっても人間に関知されるはずはない。自分達はそういう存在だからだ。

 それなのに、その女性は由羽に気付いた。

 ──そんなことって……。

 とはいえ、バレたものは仕方がない。

 由羽は姿を現し、女性に近づいた。

「なんで分かったの?」

「私が赤ちゃんの時のこと、覚えてます?」

 忘れるはずがない。

 ──この子はきっと幸せになるわ。

 女性の母親は、由羽にそう言った。

 そして今、その赤ちゃんが目の前にいる。

「……覚えてる」

「それなら私も忘れるはずがない。そうでしょう?」

 女性は大人の微笑みを浮かべつつ振り向いた。

 ──ああ、そっか。

 二〇年。

 その間に『兄』である祐一がこの世界にいた理由。

 ──見守っていたんだ。

 幸せになることを。

 この子の母親が言っていた『幸せ』が何なのかを由羽に知らせるために。

「くっそー、あのバカ『兄』めぇ」

 由羽は、恨めしそうに天を見上げた。

 迂遠で分かり難く、それでいて優しさに満ちた『仕掛け』。

「戻ったらタダじゃ済まさないからなー」

 由羽はぶすっとした声で恐ろしいことを呟いた。

「でも、祐一さんと由羽さんのおかげで、私は『幸せ』を手に入れましたよ」

 女性はそう言い、左手を由羽に見せた。

 そこには、飾り気はないが、どこか暖かい雰囲気を放つ『指輪』が嵌まっていた。

「それが『幸せ』?」

「ええ、そう」

 女性は、これ以上ないくらいのとびっきりの笑顔になった。

 それを見た由羽は理解した。

 人間が人間に与えられる最高の感情を。


 ──そっか、これが『幸せ』かぁ。


 そこにある笑顔。

 誰がどう見ても、その笑顔は『幸せ』そのものだった。


 *


 新たな出会いが始まる。

 今日も今日とて、天より好奇心の塊が舞い降りる。

 世界は今日も平和に違いなかった。


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