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第九話 家出する話

 今日僕は家を出た。

 出たと言っても転居とか転勤とかじゃない。僕は高校生だし、自分を養うお金もない。

 つまり。

 そう、家出したのだ。


 *


 その日は、朝から曇っていた。

 天気予報では曇りのち晴れとか言っていたが、とりあえず傘が必要ないことは分かった。

(とおる)へ。今日の晩御飯はカレーです。母より』

『透へ。今日も遅くなる。母さんへはうまく伝えてくれ。父より』

 僕は二つのメモを眺めつつ、パンを頬張っていた。

 僕の両親は朝が早い。

 通勤で片道三時間。

 意味が分からない。

 だって、通勤だけで往復六時間かかる計算になる。一日は二十四時間しかないにもかかわらずだ。

 ──バカバカしい。

 僕はメモを丸めて制服のポケットに突っ込み、家を出た。

 学校に行くためだ。

 僕の家は、通勤には不便だが、通学には便利だ。

 徒歩五分で校門をくぐれる。

 だから僕が起きるのはいつもギリギリだ。

 そして学校で『勉強』をして過ごす。

 そしてなんの部活動もしていない僕は、授業が終われば真っ直ぐ帰宅する。

 誰もいない家に。

 誰も迎えてくれない家に。

 そして、寝る時間までだらだら過ごす。まぁ大体十一時とか十二時だ。

 それでも通勤に三時間かかる両親は、僕と顔を合わせることはない。

 深夜の二時とかに大声でケンカしていることがあるようだが、イヤホンで遮られたその声は、どこか遠くにいるかのようだ。

 そして朝、僕が起きるとメモが二枚テーブルに乗っている。

 いつもの文字で。

 いつもの言葉で。

 だから僕は家を出た。

 僕が家出したって、きっと両親は気づかない。

 だって、僕と両親を繋いでいるのは、二枚のメモなんだ。

 それを読むか読まないか。

 読まれたのか読まれていないのか。

 それが分かるのは、きっと神様か何かだ。


 *


「誰?」

 僕が家出した日。

 僕が当て所なく歩いていると、目の前に女の子が立ち塞がった。

 僕は興味がなかったので、そのまま素通りしようとした。

 でも、足が動かなかった。

 だから、仕方なく、本当に仕方なくその子の名前を聞いた。

「私は高梨由羽(たかなし ゆう)。あなたは?」

「僕が名乗っても、君には関係ないんじゃないかな」

「それを決めるのは私。あなたじゃない」

 その女の子はなぜか偉そうな態度だった。髪の色がちょっと茶色がかり大人びて見えるが、背は低い。きっと中学生くらいだろう。

 僕は無視を決め込んだ。

 足さえ動けば問題ない。

 でも足は一ミリも動かない。僕の意思が足に届いていない。

「ねぇ由羽」

 僕はその女の子を呼んだ。

「僕の足、何をしたの?」

 由羽は返事をせず、ただ口元を歪めた。僕には、それが不快だった。

「由羽。君は僕の敵?」

「今のところ、敵じゃないわ。まずあなたの名前を教えて?」

 どうやら名乗らないと僕の足を返してくれそうになかった。

神崎透(かんざき とおる)。これでいいかい?」

「ええ、透君」

 由羽は満足したようだ。

 そして僕の足が動いた。

 なんの手品か知らないけど、僕の体を勝手に使わないで欲しい。

 僕は由羽の脇をそのまま素通りした。

 今度は『ちゃんと』足が動いた。

 僕は振り返ることなく、由羽を通り過ぎ、そのまま大通りに出た。

 ──さぁどうしようかな。

 お金はない。

 今日の昼ごはん分しか貰っていない。

 コンビニで弁当を買ったらそれでお終い。

 なんて素敵な家出だ。

 このまま電車で行ける所まで行ってみようか。

 それともバスにしようか。

「ねぇ透君」

 声を掛けられた。この声はさっきの子だ。確か……由羽。

「何?」

「透君は、家出したの?」

 随分ダイレクトな物言いだ。そういうシンプルさは嫌いじゃない。

「そう。今日は家出した」

「明日は?」

「家に帰ってなければ家出継続」

「なるほどね」

 由羽はそれで満足かい?

 僕の答えなんて全部適当なんだよ?

「でも、心配しない?」

 ──心配? 誰が? 誰の?

「説教する気?」

「そんなつもりはないわ」

「じゃ放っておいて」

「それなら質問に答えて。『心配しない?』」

「僕の両親なら心配しないよ」

「どうして?」

「どうして?」

 僕は質問をそのまま返した。

 だって、両親が心配するのは僕が家出したと分かってからだ。それはきっと週末にならないと分からない。なぜなら、僕と両親を繋いでいるのは二枚のメモしかないからだ。

「心配ないよ。だって僕の親はいつも家にいないから」

 早朝に家を出て、深夜に家に戻る。その間、僕は両親と顔を合わせない。お互いに見えないなら、それはいないも同然だ。

「そうかな?」

「そうさ」

 僕は由羽に背を向け歩き出した。

 でも、後ろから由羽がついてくる気配がした。

「なんでついてくるの?」

「別に?」

 ──ふうん?

 誰に頼まれたのか知らないけど、世の中暇な人がいるんだなぁ。

 僕は小さな曲がり角を見つけ、そこを曲がって全力で逃げた。

 でも、日頃の運動不足はどうしようもない。

 一〇〇メートル走って限界がきたけど、由羽をまくには充分な距離だと思った。

 だが。

「逃げようったってそうはいかないわよ?」

 目の前に由羽がいた。

 なんで?

 僕は全速力で一〇〇メートルも走ったんだぜ?

 なのに、なんで目の前にいるんだ?

「私から逃げようなんて一〇〇年早いわ」

 そんな長生きできないよ。

 僕は何となく、途方に暮れた。


 *


「だから何でついてくるんだよ」

「理由が必要?」

「別に」

「じゃぁ私も別に」

 そんな戯言を延々と繰り返し、僕と由羽は街を歩いていた。

 平日の街は、どこか違っていた。

 スーツ姿の男性が多い。

 どこか忙しなく感じるのはそのせいかも知れない。

「暑いわねー」

「僕についてくるからだよ。どこかで涼んでれば?」

「そうねー。そこのコーヒーショップ、入らない?」

「何で僕に同意を求めるの?」

「だって私お金持ってないし」

 ──何様?

「僕に奢れっての?」

「あら、デートなら男の子が出すべきじゃない?」

「だから、何でデートなのさ」

 由羽はそれに答えなかった。

 ただにまーっと笑うだけだった。

 僕は溜息と共に腹を括った。


 *


「こういう日って、アイスコーヒーが合う。そんな気しない?」

 由羽はアイスコーヒーを一口飲んで、変な感想を口にした。

「こういう日ってどんな日?」

「例えば……透君が家出する日とか」

「別に僕が家出しなくてもアイスコーヒーは飲めるよ」

 ──お金があればね。

「あー涼しい」

 由羽は満足そうだ。

 僕はすっかり軽くなった財布を見てげんなりした。

 家出を継続するか否か。

 そもそも、そんな重大な決意があった訳じゃない。

 いつもの日常が嫌になっただけだ。

 両親が書き置きしたメモが嫌になっただけだ。

「それはそうと、透」

 いつ誰が僕を呼び捨てにしていいと言った?

「平日に学生がこんなとこにいると、補導されるんじゃない?」

「……それはそれで、僕は構わないけど?」

「そうなの?」

「そうさ。だって、補導されたって、呼ぶ親がいない」

「それもそうね。私も呼ぶ親がいない。と言うか絶対来ない」

「何で?」

「説明すると長いわよー?」

 そう言って由羽はにまーっと笑う。

 この笑みだ。

 由羽がこの笑い方をするとロクでもないことに巻き込まれる予感がする。

「いいよ、興味ないし」

「あー! 今のセリフ、女の子に失礼だわ。撤回を要求する!」

「いいじゃん。今目の前にいるのは由羽だけだし」

「あー! もっと失礼なこと言った!」

 正直、面倒だった。


 *


 結局、コーヒーショップで小一時間粘った。

 アイスコーヒー二杯で一時間。

 僕もよく粘ったと思う。

 由羽はどうだか知らないけど。

「そういえばお腹空かない?」

「由羽は頭が弱いの?」

「……もう一回言ってみなさい。その口、もぎとってやる」

 それはさておき、確かにお腹は空いた。

 でも、食事分のお金はアイスコーヒー二杯に化けたので、もう何もできない。

 そうか。

 もうどこにも行けないんだ。

 これから僕は、どうしたらいいんだろう?

「透はさ」

 なぜか前を歩く由羽が、僕を呼んだ。

「何で家出しようと思ったわけ?」

「理由はないよ」

「じゃ質問変える。何で家に戻ろうとしないの?」

「それ、同じ意味じゃない?」

「大違いよ」

 由羽は立ち止まり、僕に向き直った。

「透は高校生。今の時間、本当は授業中。でもここにいる。どうして?」

「由羽は質問が多いね」

「話を逸らさない!」

 なぜかその言葉に逆らえなかった。

「……僕が家出したのも、家に戻らないのも、理由は同じだよ。僕の家には誰もいない。逆に誰かいても誰も気づかない。だから家を出たし戻らない。これでいいかな?」

「でもお腹は空いている」

「そうだね」

「それに透は感情を表に出さない。何を隠しているの? 表に出すのが怖いの?」

 僕が怖がってるだって?

 バカバカしい。

 いくら僕が明るく振舞っても、どんなに元気に走り回っても、きっと誰も気に留めない。

 見てくれないし、感じてくれない。

 それなら、何もしなくても同じじゃないか。

「だからって何もしないのと何かをするのは違うことじゃない?」

「それを認めてくれる人がいればね」

「じゃあ私が認める。それじゃダメ?」

 それは唐突だった。

 由羽の目に真剣さが宿っていた。

 僕はなぜか後ろめたさを感じ、目を逸らした。

「いくら由羽が認めたって、意味ないよ」

「どうして?」

「そもそも、僕は誰なんだい? 神崎透という名前はあるけど、それは記号じゃないか。住所も、血液型も生年月日も、全部ただの記号じゃないか。僕そのものを表す何かにはなり得ない」

「でも、透は透じゃない。他の誰かにはなれないわ」

「本当にそう思う? 僕が本当は健二郎だと言ったらどうする? 僕を知らない人に別な名前を言ったら、それはその人にとっての僕は透じゃなくなる。違う?」

 由羽は答えなかった。

 ただ、寂しそうな目をしていた。

「ああ、勘違いしないで。由羽の前では僕は『透』だよ。これは保証する」

 ──あれ?

 なんで今、僕は言い訳をしたんだ?

 今日はどうもおかしな日だ。

 家出はするし、由羽には出会うし、アイスコーヒーは奢らされるし。

「透は」

 由羽は静かに言葉を紡ぐ。

「一緒にいたい人はいるの?」

「いない」

「じゃあいて欲しい人は?」

「いないよ」

「透は一人なの?」

「……そうだね」

「いつも一人なの? 周りに誰かいないの?」

「いないね。いつも僕は一人だ」

「そっか……」

 由羽はそう言うと、空を見上げた。

 僕もそれに倣う。

 いい天気だと思った。

 ──天気予報は当たったみたいだ。

「ねぇ由羽?」

 僕が視線を戻すと、そこに由羽はいなかった。

「あれ?」

 僕は辺りを見回した。

 でも由羽の姿がない。

 さっきまでそこにいた由羽がいない。

 街並みは何一つ変わっていないのに、由羽だけがいなくなった。

 僕は急に不安を感じた。

 人が急にいなくなる?

 そんなバカな。

 それとも僕は朝からずっと幻を見ていたのか?

 アイスコーヒーを二つも頼んで。

 街をずっと一緒に歩いて。

 それが全部、幻なのか?

 僕の中で、感じたことのない『何か』が沸き上がる。

 単純な感覚で言えば『寒い』。

 そんなことはない。今日の天気予報じゃ気温は二〇度を越えると言っていた。決して寒い訳がない。

 ならこの感覚はなんだ?

 誰か。

 誰でもいい。

 教えて、この感覚を。

 ──それは『寂しさ』よ。

 突然頭の中に由羽の声が響いた。

 なんだって? よく聞こえなかったよ。もう一度言ってくれないか。

 ──何度でも言うわ。それは『寂しさ』。透が『いつも自分は一人だ』と言った瞬間から、世界は透を切り離した。

 世界が、切り離す?

 ──そう。だから透は、いつも一人。透が望んだように、いつも一人で、誰も隣にいない。

 僕が望んだ?

 そんな。

 僕はそんなこと、望んじゃいない。

 僕はこの世界の住人なんだ。

 ──もう遅いわ。

 遅い?

 ──だから私は何度も透に聞いた。

 何を?

 ──なぜ家出したのか。なぜ家に戻らないのか。一緒にいたい人はいるのか、いて欲しい人はいるのか。

 そう、だね。

 ──でも透はそれらを全部拒否した。だから私は『透は一人なの?』と尋ねた。これが最後だったの。

 最後?

 ──そう。世界がその住人たる人間を受け入れるか否か。その問いかけをあなたは全て拒否したの。そして自分の名前すら否定した。ただの記号だと言った。

 そう、だったかな?

 ──だから透は、もうすぐ透じゃなくなる。私が透を透と呼べなくなる。

 そんな……僕は僕なのに、なんでそんなことを言うのさ。

 ──見て、自分の手を。

 手?

 僕は自分の手を見た。そして愕然とした。

 透けて見える!

 ──世界があなたを消去し始めた。あなたはもうこの世界の住人じゃなくなる。ただの『あなた』になる。

 そんな、そんな、そんな。

 ──どんな感情も示さず、どんな状況でも一人で、名前すら与えられない。そんな存在になるの。でもそれは、あなたが望んだの。

 違う! 僕はそんなの望んじゃいない!

 ──それならなぜ、私の質問に『ちゃんと』答えなかったの? 自分は一人じゃ生きていけないって、なんでその言葉を口に出さなかったの?

 それは……。

 ──もう私にはどうすることもできない。世界を相手にはできない。

 そんな……。

 じゃあ僕は消えてしまうの?

 ──そう、消えるの。この世界から。

 そんな、そんな……。


 *


 僕は一切の闇の中、膝を抱えその闇を漂っていた。

 上も下も分からない。

 世界から切り離された僕は、どこに行くこともできず、ただ闇に浮かんでいる。

 どうしてこうなってしまったのか。

 何を間違えたのか。

 僕はただ家出しただけなのに。

 それ以前から僕は一人だったのに。

 それをあの『由羽』が現れて。

 何が一緒にいたい人がいるか、だ。

 何が世界を拒否した、だ。

 そんなの僕の勝手じゃないか。

 誰にも迷惑なんかかけていないのに。

 そうさ、僕が家出したって、誰も心配なんかしない。誰も気づきもしない。誰も悲しみもしない。

 両親だって、きっと気づきもしない。

 メモを読んだのか読んでいないのか。

 それすらきっと気にしない。


 ──闇に漂いしモノよ。


 何? それは僕のこと?


 ──汝の名はすでになく、汝を表すモノもすでにない。ならば汝は誰か。


 僕の名前は……。あれ? 僕は誰だ? 名前が、思い出せない……!


 ──ならば今一度問う。汝は『神崎透』か。


 神崎、透……? それは僕の名前?


 ──そうだ。だが汝はその名前を拒否した。汝を象るモノを拒否した。それはなぜか。


 だって僕は一人なんだ。僕がいなくなっても誰も気にしないし、誰も悲しまないんだ。それなら僕の名前なんて意味がない。拒否したんじゃない、無意味なんだよ。


 ──だがその選択により、汝はこの闇にいる。それは汝が望んだことか?


 違う。そんなの望んじゃいない。僕を元の世界に帰してよ。ここは僕がいたい世界じゃない。


 ──それはできぬ。汝は世界から拒否された。もう元の世界には戻れぬ。


 そんなバカな。僕は由羽の質問に答えただけだ。それなのに、なんでこんなことになるんだよ! お願いだ。僕を元の世界に帰して……。


 ──由羽。世界の人間を導くモノ。その質問は世界の質問に等しい。


 そんな……。由羽はそんなこと一言も言ってなかった。そんなのずるいじゃないか。こんなことになるんならちゃんと答えたよ。人間を導くモノのすることじゃないよ!


 ──……ならば、汝に今一度問おう。


 何をさ。


 ──汝は『神崎透』か。


 そうだ。僕は『神崎透』だ。


 ──では『神崎透』よ。お前を表すものは何か。


 名前だ。僕は『神崎透』だ。


 ──それだけか?


 いや、違う。


 ──ならば申すが良い。汝を表すもの全てを。


 住所も、生年月日も血液型も、全部僕だ。僕そのものだ。


 ──では、お前は一人か。


 違う。僕は一人じゃない。両親がいる。


 ──両親とは顔を合わせることがないのではないか?


 そ、それは……。


 ──自分がいなくなっても、両親は気づかない。汝は由羽に、そう申したはずだ。


 そ、そんなことはない。週末になれば僕がいないことに気づく。それに。


 ──それに?


 毎日僕がちゃんと早起きすれば、ちゃんと帰ってきたら顔を出せば、それだけで僕がいることに気づいてくれる。


 ──それをこれからすると言うのか?


 ああ、そうだ。


 ──それは『神崎透』がその生き方を変え、世界と向き合うことに他ならない。そう捉えて良いのか。


 ああ! そうだ! 僕は一人じゃ生きていけない。僕は僕だけじゃこの世界にいられない。だから僕を帰して!


 *


 僕は街中にいた。

 ねっとりとした空気、雑踏、排気ガスの匂い。

 何よりも、見たことのある景色。

 そこにいるだけで安心する。

 僕は自分の両手を見た。どこも透けていなかった。

 ──戻ってきたんだ。

 足に伝わるコンクリートの感触。

 顔に感じる、やわらかな日差し。

 目の前を通り過ぎる人、人、人。

 ──今まで気にしたことはなかったけど。

 人間を見ると安心する。自分がその一部だと実感できる。

 ──僕は一人じゃなかったんだ。

「あ、そうだ」

 僕は、ポケットの中にある二枚のメモを取り出した。

『透へ。今日の晩御飯はカレーです。母より』

『透へ。今日も遅くなる。母さんへはうまく伝えてくれ。父より』

 今まではこのメモが父さんと母さんと僕との接点だったけど、それは違うんだ。

 ──そう。違うんだ。

「家に、帰ろう」

 僕は誰に言うでもなく呟き、足を家に向け歩き出した。


 *


「透は、気づいてくれたかな」


 多分、大丈夫だよ。君の荒療治が効いてる。


「荒療治? 私は本当のことを言って、透はそれに答えただけ。そんな乱暴なことしてない」


 でも結局、彼は世界から拒否され、我々が再度チャンスを与えなかったら戻れなかったよ?


「いいえ」


 なんで断言する? その根拠は?


「透は初めから気づいてた。私の質問に答えたのは、本心じゃなかった。でも、その重要性までは認識していなかった。だから私は聞いたの。『透は一人なのか』って」


 ……どう聞いても荒療治に聞こえるのは気のせいかな?


「……ちょっとは反省してるわよ」


 でも、彼のような人間はきっとたくさんいる。由羽はそれを一人一人導くのかい?


「そんなことはしないわ。面倒だし」


 じゃどうするんだい?


「透が変わったのなら、それは世界が透を認めたことになる。そうすれば、透と同じような人間はいずれ、それに気づくはず」


 そうかな。


「そうよ。だから余計な心配は無用」


 どこまで信じていいのやら……。


 *


 僕は晩御飯のカレーを食べ、食器を洗い、両親の帰りを待った。

 そして午後十一時。

「ただいまー」

 珍しく二人揃っての帰宅だ。

 もちろん僕は、イヤホンなんかしていない。

 僕の両親を迎えるために。

「お帰りなさい」

 この言葉を伝えるために。

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