8 カース・オブ・スリーピングビューティ
テーブルの上に置くと、鍵はごとりと重い音を立てた。箒でふわふわ浮遊する魔女、戸隠邦子は、それを興味深そうにしげしげと見つめた。
鍵を回収後は、丈と阿澄はその足で邦子の家を訪れた。いばら姫の魔女は「そろそろ来ると思ってたの」と言ってにこにこと出迎えてくれた。リビングのテーブルに三人分の紅茶がすでに用意してあったところを見ると、その予言めいた台詞もあながちただの見栄ではなさそうだ。
邦子は鍵を手に取って、くるくる回して一通り眺め回すと、元あった通りに鍵を置いて、一言感想を述べた。
「ふぅん。これが噂の魔法の鍵か。一見するとその辺の雑貨屋で五百円で売ってそうね」
丈と同じような感想だが、人に言われるとなんとなく癪に障るような気がするから不思議である。
「さて、こうして鍵を持ってきたということは、あなたは鍵を使うつもりなのね」
「使うかどうかはあんたの話次第だ」
「へぇ?」
「鍵が叶える願いに察しはついている。問題なのはその実現手段だ」
「鍵の魔法がお粗末なものだったら、使わないつもりなのね」
「そういうことだ」
丈の答えに、邦子は満足げに頷いた。
「うん、あなたは聡明だものね、そんなことを言い出すとは思ってたわ」
「方々から尽く馬鹿呼ばわりされているがな」
「そうね、私もそう言った覚えがあるわ。でも、撤回してあげてもいい……私に勝てたら」
愉快そうで、それでいて邪悪そうな笑みを浮かべ、邦子は丈をまっすぐ見据えた。何を考えているのか解らない不気味な笑みを、丈は睨み返す。
「そんなに身構えなくても大丈夫。白雪姫やラプンツェルみたいな無理ゲーじゃなくて、ちゃんと勝てるゲームを用意してあるわ。ゲームは公平じゃなくっちゃね。まあ、あなたは公平じゃないゲームでもなんとかしてきたけれど、最後くらいはちゃんとした勝負をしましょ。公正じゃないゲームは主催者側の負け、これ当然ね」
他の魔女はそういうのが解ってないのよねー、と邦子はぶつぶつ愚痴る。
「で、何をすればいい?」
丈が問うと、答える代わりに邦子は指をぱちんと鳴らした。
直後、肩にのしかかってくる重みに丈ははっとする。隣に座っていた阿澄が凭れかかってきたのだ。体をゆすってみるが反応はない。どうやら眠っているようだった。糸が切れたように突然眠ってしまうという状況には覚えがある。ラプンツェル・織部蓮華がそうだった。つまり、「いばら姫の魔女」の仕業である。
鋭く睨みつけるが、邦子はどこ吹く風という調子で、まったく悪びれる様子はない。
「眠ってもらっただけよ、そんな怖い顔しないで」
「なんの必要があった?」
「ここから先は刺激が強いから。だってほら」
ラスボスらしい真っ黒な笑みを浮かべて、邦子はのたまう。
「阿澄さんも、うっかり目の前であなたが死んだりしたらショックでしょ?」
「……」
本気なのか冗談なのか。どちらにしてもタチが悪いが、邦子の真意は測りかねた。
今までのゲームでも、命懸けのものは多かった。今回のゲームでも、邦子は先例に倣って命を懸けさせる気だとしても、おかしくはない。今までことあるごとに助けてくれた邦子とは百八十度違う態度。これが敵に回すということなのか、と丈は緊張する。
「ついてきて」
邦子が手招きする。丈は少し躊躇ったが、進まなければ解決しない。阿澄をソファに寝かせて、テーブルの上の鍵を、迷った末に阿澄の手に握らせた。お守り代わりに、阿澄に預けておくことにした。母の遺言は誰にも渡すなというものだったが、まあ幼馴染はノーカンだろ、という結論を勝手に出した。
リビングを出て、廊下を歩いていく。邦子はその前を箒に乗って進んでいく。やがて、廊下突き当りの引き戸を開けて、部屋に入った。
頼りない電灯が照らす薄暗い部屋、中央にテーブルが一つだけ置いてある。その他には椅子すらもない簡素な部屋だ。
テーブルを挟んで向かい合うと、邦子はスカートのポケットから小さな箱を取り出した。
「ゲームには、これを使う」
箱の表面にはスペードのマークが大きく描かれている。トランプだ。
「ババ抜きでもしようって言うのか?」
「惜しいね。やるのは神経衰弱です」
今のどこが惜しかったのか解らない。新手の嫌味だろうか、と丈はつい勘ぐってしまう。
邦子は新品の箱からカードを取り出す。神経衰弱ならこれをよくカットしてから場に並べるところだが、邦子はカードのうち半分以上を抜き取って箱にしまった。
「【トランプからはA~10を抜く……つまり、使うのは絵札だけね】」
「十二枚だけ?」
「【……を、四セット、四十八枚】」
そう言って、邦子はポケットからさらに、絵札だけのセットを三つ追加した。邦子のポケットがそんなに膨らんでいた記憶はないのだが、もしかしたら彼女の服のポケットは異次元にでも繋がっているのかもしれない、と丈はくだらない妄想を働かせた。いや、相手は魔女だから、一概にくだらないとも言い切れないのだが。
「【ここにジョーカーを一枚だけ追加。整理すると、使うのは絵札四十八枚とジョーカー一枚の計四十九枚】」
「へぇ……?」
「【この四十九枚で神経衰弱をします】。奇数枚で神経衰弱はおかしいって? この点はおいおい説明してくから」
邦子は四十九枚のトランプをカットして、場に並べながら説明する。丈は邦子の手元を気にしながら話を聞く。
「普通の神経衰弱は、数字を合わせればオーケーよね? でも、この神経衰弱は【数字とスートの両方をそろえてペアにしてね。ペアを揃えられたら、カードを手に入れて、ボーナスでもう一度プレイ。揃わなかったら、めくったカードを裏返して相手のプレイ。で、ジョーカーの扱いだけど。ジョーカーは一枚しか入れてないんだから、当然ペアにはできないわ。ジョーカーはめくられた瞬間、場のカードをシャッフルします】。最初っから覚えなおしってわけ」
丈は逡巡する。ここまでのルールに、不自然な点が、ないわけでもない。だが、何を狙っているのかは、いまいちわからない。
柄が似たり寄ったりの絵札、それもスートまで覚えるというのは、難易度が高い。視覚的な記憶があまり役に立たないのだ。しかも、うっかりジョーカーをめくったら覚えなおしとなると、すこぶる面倒なルールである。
「【ゲームは、ジョーカー以外のカードが場からなくなったら終了。お互い手に入れたカードの枚数を数えて、多かった方の勝ち】。ここまでは、まあ、変則的だけど普通に神経衰弱ね。ここから先が、魔女のルール」
場には四十九枚のトランプが並べられた。
「『いばら姫』では、国王夫妻の子どもの誕生会に、十二人の魔女が呼ばれたわ。けれど、呼ばれなかった十三人目の魔女が現れ、姫に呪いをかけた。『13』は呪いの数字なの。だから、このゲームも同じ。【Kをペアでそろえた場合、相手プレイヤーには呪いがかかる】」
「呪い?」
「そう。どんな呪いかは、かかってみてからのお楽しみ。大丈夫、一組そろえられたくらいで死にはしないから」
「……」
逆に言えば、二組以上からは死ぬ可能性があるとも取れる。
「ちなみに、姫にかけられた死の呪いを、十二人目の魔女が修正したって話なのよね。だから、それになぞらえて、【呪いのかかったプレイヤーが、呪いのKと同じスートのQをペアでそろえた場合は、呪いが解ける】。たとえば、ハートのKで呪いをかけられたら、ハートのQをそろえればいい。死にたくなかったらQをそろえればいいんじゃない?」
自分も参加するくせに、まるで他人事のように言う。
「【ゲームはさっきも言った通り、ジョーカー以外のカードが場からなくなったら終了だけど、これ以上やったら死にそうで怖いです、って時は降参してもいいわよ。あ、ものすごく当たり前の話だけど、電子機器等での撮影は勿論禁止】ね。以上が、『いばら姫の神経衰弱』のルール」
死なないように頑張ってね、と邦子は笑う。そして、悍ましい言葉を、とびきりの笑顔で続けた。
「もしも願いが叶わないなら、ひとおもいに殺してあげるってのも、アリだと思わない?」
最後のゲームはいろいろ考えたんですが、最終的にこんな具合になりました。いろいろな意味で怪しいです。




