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7 もう待たせない

 きっとほかの姉もそう言うだろう、と四葉は言ってくれた。

 四人の姉は、きっと丈を笑顔で送り出してくれる。だが、それは丈の迷いを断ち切るには足りなかった。

「姉さんたちは……」

 丈がぼそりと呟くと、四葉は首をかしげて、続きを促した。

「はっきり言って意地悪ばかりするし、ひねくれ者だし、喧しいし、みんながみんな性格に難ありって感じだけど」

「おいこら」

「でも、やっぱり俺は、姉さんたちが大切だ」

「…………」

「阿澄と姉さんたち、どっちかを選んでどっちかを捨てるのは無理。でもそんなこと、きっと母さんだって解ってたはずなんだ。だから、どっちも捨てなくていい方法を、用意してくれた……そのはずだ」

 阿澄も言っていた。誰も悲しまなくていい、誰も犠牲にしなくていい方法で、道を開いてくれるんじゃないかと信じている、と。魔法は人を幸せにするのだと。

 阿澄と話をして。四葉と話をして。ようやく進む方向が見えてきた。

 残る関門は一つだけ。

「全部確かめてくる」

「全部?」

「ああ。魔法の鍵は、本当に『魔法』を齎してくれるのか。確かめてくる。――『いばら姫の魔女』に、挑んでくる」

 丈の決意に、四葉は「そう」と短く答えた。それから「遅い」と罵った。四葉はにやりと人の悪い笑みを浮かべる。

「女の子を待たせる男は、死刑」

「肝に銘じよう」

 丈は立ち上がり、ケータイで連絡を取りながら部屋を出る。留守番は四葉に任せておいて平気だろう。

 やがて、阿澄が電話に出た。今から会えないかと伝えたところ、阿澄は快諾した。

 待ち合わせは、いつもの通り、白川公園で。



 蒸し暑い八月の昼下がり。相変わらず、さびれた公園は閑散としている。時計下で待っていると、阿澄が小走りにやってくる。チェック柄のワンピースを着て、髪には赤いリボンを結んでいる。

「……お前、そんなリボン持ってたっけ?」

 他に話すことはいくらでもあるはずなのだが、丈は思わず最初にそんなことを聞いた。阿澄は嬉しそうに髪をいじって、

「これ? ぶっきーに貰った」

「ぶっきー?」

「白雪さん」

 予想外の名前に丈は目を剥いた。白雪「吹雪」からとって「ぶっきー」なのだろうが、ついこの間まで、顔を合わせた瞬間に泥沼の争をしていたというのに、いつの間にそんな渾名で呼び合うまでになったのか。女の友情は解らないものだ。

「それで、話って」

「鍵のこと。回収しておこうと思って」

「使うの?」

「使うかどうかは、戸隠の話次第。気分的には、ちゃんと使える鍵であってほしいとは思うんだけど」

 結局のところ、まだ結論は出ていない。だが、もし桐島御影が遺した鍵が、本当に「魔法」の鍵であるならば、丈はそれを使おうと決めていた。姉に背を押され、幼馴染に手を引かれ、丈はきっと鍵を使う。

「そういうわけだから、この前の返事をしておく」

「?」

 阿澄はすぐには解らなかったらしく、怪訝そうに眉を寄せた。

「お前がこの前、密室で小躍りしながら言った……」

「小躍りしてないッ!」

 一瞬で顔を真っ赤にして阿澄が抗議する。

「か、からかわないでよ、こんな時まで……」

 そうやって恥ずかしがっている顔も可愛いなんて言ったら、阿澄は怒るだろうか。怒るかもしれない。だが、怒っているところも嫌いじゃない。

 全力で怒って、ぼろぼろに泣いて、底抜けに明るく笑う――そんな幼馴染の表情が次から次へと脳裏に浮かんで、丈は小さく笑った。

「俺も好きだから。だから、お前と一緒に外に行きたい。……以上」

 言った。言ってしまった。言った途端に恥ずかしくなって、丈は片手で顔を覆い隠す。

 十秒くらい、阿澄は固まっていた。それから、丈の足を思い切り蹴っ飛ばして、「女の子を待たせる奴は死刑だぞ」と笑った。

「……そういうわけだから。ええと、まず、鍵を回収する」

 強引に話題を変えて、丈はひとまず気を落ち着ける。体が熱いのは夏のせいだということにする。

「いいよ。それで、鍵って結局、どこに隠してあったわけ?」

「ああ、聞いてみると、何のひねりもない場所なんだけど」

 言いながら、丈は阿澄を促し歩き出す。白川公園で待ち合わせたのは、目的の場所が近いから、というのもあった。

「母さんが墓まで持ってった。文字通り、な」

「お墓?」

「ああ。貴金属の副葬品は嫌がられるってのにさ」

「ええと、つまり、どういうこと」

「『鍵は私の体に呑みこまれています』……以上が鍵の在処に関する遺言だ。その後鍵がどうなったのかは、自然に推測できる。遺体と一緒に焼かれたんだ。魔法の鍵ってくらいだから溶けちゃいないだろう。あとは、遺骨と一緒に収骨されて、今は墓の中って寸法だ」

 骨壺の中には、遺骨の他にも、棺や副葬品の灰、釘などの燃え残りなどが入っているらしい。鍵の一本くらい、骨と一緒に気にせず収められたことだろう。もしかしたら、ただの骨に見えるような魔法がかかっていたかもしれない。なんにしても、桐島御影は安全な場所に鍵を隠して逝ったのだ。

「えっ、じゃあ、もしかして今から墓荒らし?」

「荒らさないよ。手続きすれば割と簡単に返してもらえるらしい」

 さすがに、息子に墓荒らしをさせる計画を立てはしないだろう。


 はたして、方々から狙われ続けた鍵を、丈はようやく回収した。魔女たちの中で「最高傑作」とまで謳われた鍵だ、どんな仰々しいものかと思えば、右手に収まるくらいの小さなものだった。円筒状の軸に小さな突起がついていて、持ち手は王冠のようなデザインの装飾がされた、アンティーク調の鍵。そのへんの雑貨店で売っていそうな外見に、少し拍子抜けした。

 ただ、手に持ってみると、ずしりと重かった。

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