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4 願いの鍵

「で、丈のお願い事ってなんなの」

 夏休みの宿題を解いていたと思ったら、阿澄は唐突にそんなことを尋ねてきた。部屋はいつものように、丈のアパート。つい先日ぶっ壊れた冷房だが、快気祝いにとはじめが新しく買ってくれた。これでやっと快適環境到来かと期待したのも束の間、やってきたのは壊れかけの中古冷房だった。相変わらず、丈の部屋の冷房は効きが悪い。

 丈はじわりと額に滲んだ汗を拭いながら、阿澄に問い返す。

「急に何なんだよ」

「だって、気になるじゃない。結局、魔法の鍵はなんのためにあるのか。丈のお母さんがわざわざ残してくれたわけでしょ。丈へのプレゼントでしょ」

「プレゼントねえ……」

 丈はテーブルに頬杖をついて、先日邦子と話をしたとき、別れ際に邦子が言っていたことを思い出す。

「あらかじめ言っておくけれど、魔法の鍵にはメリットもあるけど、デメリットもあるよ。あの鍵は、御影から君へのギフト。贈り物(gift)であると同時に、毒(Gift)でもあるってことよ」

 と、実につまらない洒落を交えて忠告してくれた。言っていることが抽象的すぎて、普通の人間なら何を言っているかさっぱりだと怒るところである。

「で、丈のお願いってなんなの」

 阿澄は同じ台詞を繰り返した。

「特に」

「なによそれー。なんかあんでしょ、なんか」

 言いなさいー、と阿澄は丈のシャツの襟をひっつかんでゆっさゆっさと揺さぶった。阿澄の追及を軽く聞き流しながら、丈は思案していた。

「鍵ってさぁ……」

「ん? 何?」

「……鍵って、何のためのものだと思う?」

「はぁ? だから、それを明らかにするために今あんたの願いについて……」

「そうじゃなくて、一般的な鍵のこと」

「……?」

 阿澄は丈から手を放して、逡巡するふうだ。乱れた襟を直して、丈は説明する。

「たとえば、グリム童話の『白雪姫』に出てくる魔法の鏡は、世界で一番美しい者を写すものだ。目の前の景色以外を写しているあたりが魔法なんだが、何かを『写す』ということ自体は、本来の鏡の用途からかけ離れているわけじゃない」

「ええと、つまり……魔法の鍵も、一般的な鍵の用途、イメージから、さほどかけ離れていない使い方をするはず、ってこと?」

「まあ、そういうこと」

「うーん、鍵って、普通扉を開けるものよね。あるいは、閉じるんでもいいけど」

「やっぱ、そうだよな」

 当然すぎることだが、阿澄の意見をもらえたことで、丈は確信する。

 魔法の鍵はおそらく、何かを「開ける」あるいは「閉じる」ものだ。あるものを「開ける」か「閉じる」かすることが、丈の願いと直結する。

「本当はさ……」

 言おうか言うまいか迷ったが、最終的に、丈は阿澄に告げておくことにした。

「たぶん、鍵が何のために用意されたのか、察しはついてる」

「え! じゃ、じゃあ、やっぱりなにか、どうしてもの願い事があるのね? それ、私が聞いちゃってもいいのかな」

 さっきまで「言え」と問い詰めていたのに、急に弱気になって遠慮し始める阿澄に、丈は苦笑する。

「それが自分の願いかどうか、いまいち実感がわかない。だから、俺に願いがあるのとは、少し違う。ただ、問題なのは俺の願いが何かじゃなくて、俺の願いが何であると母さんが考えたかなんだ。母さんが、俺の願いとして何を想定していたのか……今なら解る」

 丈の身近には、その願いを、すでに叶えた人間がいた。その人間を、御影も当然知っている。その人間を見たことで、御影が、「息子が同じことを願うかもしれない」と考えるのは、自然なことだ。

「その願いって、なんなの。魔法がなきゃ、叶えられないことなの?」

「まあ、俺個人の力でなんとかするのは、結構難しい問題だ。だが皮肉なことに、魔法が存在するからこそこの願いは叶わない、ともいえる」

「?? 教えてくれるつもりなら、もっと解りやすく教えて」

 阿澄は頭の上に疑問符を浮かべ、頬を膨らませる。

 丈は居住まいを正し、阿澄に向き直る。ちらりと視線を巡らせると、目に入ったのはとあるプリント。阿澄が書いた、夏休み後に提出する予定の、レポート。

 きっとこの推測は、正しいだろう。そう思いながら、丈は自分の推論を口にした。

「鍵が叶える願いはおそらく……『魔法特区から脱出すること』だ」

短くてごめんなさい<m(__)m>

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