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2 おおむね彼女の掌の上

「――それはそれは、大変な目に遭ったわねえ」

 他人事だと思って、けたけたと笑うのは、箒に乗って空を飛ぶ魔女、戸隠邦子である。盛大に笑われた丈は憮然とし、恥ずかしい出来事を聞かれた阿澄は俯いた。

 怪我が治ったら遊びに来い。そう誘われたので、丈と阿澄は邦子の家にやってきた。リビングに通された瞬間、邦子は事件の後日談について詳しく語るよう要求したわけだ。だが、丈はこんな話をする気でここへ来たわけではない。

「恥をさらしに来たわけじゃないんだから、そろそろ本題に入れ」

「そうねえ。惚気話も悪くはないけどね」

 ひとしきり笑うと、邦子は小さく息をつき、表情を切り替える。凛とした目が丈を見つめた。膝の上で両手を重ね、居住まいを正す。

「ええと、いろいろと聞きたいことはあると思うけれど、一つ、大事なことをはっきりさせておくね。私は別に、魔法の鍵は欲しくない。桐島御影の最高傑作であることには違いないけれど、私には必要のないものだから」

「……ってことは、あんたは鍵の使い方を知ってるんだな」

「ええ」

「なぜ、『ヘンゼルとグレーテル』に嘘の使い方を教えた?」

「あの子たちが、私を頼ってきたから」

 邦子は、魔女の世界では情報通で通っている。情報を求めて邦子を頼るのは、なにも丈だけではない。樫原真樹と美咲は、自分たちの抱える問題を解決するため、まず、邦子を頼ったそうだ。

「でも、話を聞いたなら、あなたも解ったはずよ。あの子たちの問題は、魔法じゃ解決できない。というか、してはいけない」

「ああ……その通りだ」

「そこのところを、なんとか解ってほしかったんだけどね。残念ながら説得は失敗。だから、魔法の鍵を手に入れるといいですよ、って教えた。私としては一つの賭けだったけれど、結果としてあなたは上手くやってくれたわね。感謝してるわ」

「俺に真樹を説得させるために、嘘の情報で俺たちをぶつけたのか」

「端的に言うと、そういうこと。身も蓋のない言い方をするなら、『全員私の掌の上だったのよ』というわけ」

「解らないな……あんたの行動と言葉は矛盾している」

「どこが?」

「結局、あんたは真樹たちを助けようとしたんだろう。少々やり方が黒幕めいているが、真樹たちのためだった……なんで、そう、悪ぶるんだ。あんたの正体についてもだ。今まで隠していたことを、思わせぶりなタイミングでバラして。魔法の鍵が欲しいわけではないのに、なんであんたはそんなに、ラスボスになりたがる・・・・・・・・・・?」

 丈の追及に、邦子はいかにも悪役じみた、黒い笑みを浮かべた。

「いや、だって、実際私はラスボスなのよ。あなたのための、最終関門。私は鍵は要らないけど、鍵の使い方は知ってる。……というか、たぶん、鍵の使い方を知る唯一の人間が私。あなたが魔法の鍵を使いたいと思ったら、私を倒すしかないのです」

「倒すしかない、ねえ。別に俺は、あんたと戦いたいとは思わないんだが」

「鍵の使い方、知りたくないの?」

「別に。俺は魔女じゃないから、魔法なんか使えないのが当たり前だ。だから、『魔法に頼る』という選択肢はない」

「だから、鍵は必要ない、か。でも、本当にそうかな」

 そんなことはない、と邦子は決めつけようとしているようだった。

「思い出してみるといいよ。桐島御影の遺言を」

 遺言――御影が丈にだけ遺した、最後の言葉。それを思い出すことで、何が解るのか。そして、その言葉を知るはずのない邦子が、なぜ思い出すことで何かが解ると、解っているのか。

 邦子は重ねて問うた。

「あの人は、何と言って、逝ったの」

「母さんの、最後の言葉は……

『捨ててはなりません。いつか必要になるときが来ます。それまで、大切にしてください。誰にも渡してはなりません』」

「そこにちゃんと、ヒントはあった。素直に受け取れば、すぐに解ることよ」

 全部見透かしているような態度の邦子は、しかし、答えを教えようとはしない。

 答えを見つけるのは自分だと言いたげに、丈に解答を迫る。

 捨ててはいけない――捨ててはいない。捨てるどころか、まだ隠し場所から発掘すらしていない。

 いつか必要になる――いつかっていつだ。使い方も解らないのに、必要なときがいつかなんて解るはずがない。

 大切に――一応大切にしている。律儀に遺言を守っているのだから。

 誰にも渡すな――奪おうとする奴は全員追い払った。誰にも渡していない。

「……誰にも、渡してはいけない……自分以外の、誰にも」

 誰にも渡してはいけないものを、使えるのは誰だ。

 そんなもの、桐島丈以外には誰もいない。

「つまり……母さんは、俺に鍵を預けたわけじゃなかった。鍵を狙う奴から鍵を守らせるために俺を選んだんじゃなかった。母さんは、俺に鍵をくれたんだ。いつか俺が使うようにと」

 そういうことか、と邦子を窺うと、邦子は満足げに頷いた。

「その通り。クソ単純なことに辿り着くのに、随分かかったね。まあ、魔法の道具を魔女じゃない人間が使えるわけがないっていう偏見とか、魔法なんて必要ないという頑固さが、邪魔になったんでしょうね」

「最初から、そう言ってくれればよかったんだ」

「それじゃ、意味がない。自分で辿り着いて、自分で必要として、自分で使わなきゃ、ね。ついでに、その『いつか』までに、魔女との戦いを経て成長することも、桐島御影は期待していたはずよ」

「何もかも、母さんの思い通りってわけか。気に入らない」

 自分が死んだ後のことまで計算して、読み切って、必要な準備をすべて済ませた。まさに「死せる孔明」みたいな話だ。死してなお、桐島御影は思い通りにことを動かしている。こうなってくると、酔った拍子に秘密を漏らした、という話も、そういう体を装って御影がわざとやったことなのかもしれない。

「やっと、話が見えてきた。あんたの正体も、なんとなく解った」

「へぇ? 言ってごらん」

 邦子は興味深そうににやにやしている。大した話ではないので、丈はもったいぶらずに答えてやる。

「四葉姉を介して俺があんたに接触するよう仕向けたのも、母さんの差し金だな? 差し詰めあんたは、母さんが対魔女戦用に用意しておいた秘密兵器ってところか」

 ほぼ確信をもって言ってやると、邦子は小さく微笑んで「よくできました」と囁いた。

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